ⅩⅩⅢ
平民街は店の数が少なく主に住居が多かった。家は日本の長屋のような作りをしており、道の両脇に建てられている。家の屋根や壁の色は全て統一されていて、まるでヨーロッパのような美しい街並みだった。
そこにいる人達も、男性はシャツとズボン。女性はミモレ丈のワンピース。とシンプルな服装ではあるが、お洒落で見た目も綺麗な人達が多かった。
それにしても行き交う人が皆、美男美女とは。街人も乙女ゲーム仕様なのだろうか。
「シヴィル様。露店はまだ先ですよ?」
「え!?」
ボーッとそんなことを考えて立ち止まっていたわたしを見て、オーディはくつくつ笑っている。もしかして変な顔でもしていたのかもしれない。
「団長!」
近くの住居から出てきた…これはまたスマートでダンディーな中年男性が、オーディを見るなり駆け寄ってきた。
「今日も街の警備ですか?」
「いや。今日は私用だ」
カトレバス国の街の警備は、実は魔法騎士団が行っている。どうやら男性は、オーディがいつものように警備で平民街に来ていると思ったようだ。
わたしは、オーディが街の警備も携わっていたことに驚いた。確かに街の警備は魔法騎士団の仕事の一つではあるが、彼はわたしの護衛が主な仕事である。本来であればその仕事がおろそかにならないよう、護衛騎士団員に限っては街の警備から除外されるのが普通なのだが…後でオーディに聞いてみよう。
「団長…まさか…この綺麗な人は婚約者ですか?」
「ああ」
どうやら男性は、隣にいたわたしにようやく気付いたようだ。彼はわたしをまじまじと見て言った。男性の言葉にオーディは、はにかむように笑って頷いた。
「団長がそんな表情をするのも分かります。なんて…羨ましい。うちの女房とは本当に月とすっぽ「あなた。私が何だっていうの?」
見知らぬ声が聞こえたと思えば、男性の後ろから…ふくよかな女性が現れた。彼女はいつからそこにいたのだろうか?わたしは彼女に全く気付かなかった。どうやら男性も同じだったようで、大きく目を見開かせて驚いていた。
「夫がせっかくのデートのお邪魔をしてしまってすみません。ほらあなた。まだ仕事残ってるでしょ!行くわよ」
おそらくこの人が男性の奥さんであろう。ここの人達は皆スマートな人達ばかりだったので驚いた。
彼女は男性のシャツの襟首をガシリと豪快につかむと、ズルズルと男性を引きずっていった。
遠ざかる男性の姿を見ながら、ムウラ王妃やコーネリアを思い出した。王族も貴族も平民も、女性が強いのは変わらないのだなとわたしは思った。
「…行きましょうか」
オーディが街の警備に携わっていることも気になったのだが、今は早く露店へ行きたいという気持ちの方が強かった。彼とはいつでも話すことが出来る…わたし達はそのまま真っ直ぐ住宅街を歩いた。
「ここが露店の集まる広場です」
「すごく賑やかだね」
住宅街を抜けると、そこには大きな広場があった。
広場には多くの露店が並んでおり、中央にある噴水近くには大道芸人達が演奏をしていて、まわりは多くの人で賑わっている。
「まぁ!騎士団長様!」
近くを歩いていた若い女性がオーディに気付くと、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。
「最近お見掛けしなかったので寂しかったんですよ」
そう言った彼女の目は、とろんとしてオーディを見ている。どうやらここにもオーディのファンがいたようだ。しかしオーディ目当てなのは彼女だけではなかったようで、彼に気付いた女性達が次々とオーディのまわりに近付いてきた。
「きゃあ!騎士団長様!」
「まさか。こんなところでお会い出来るなんて!」
「今日はどうなさったのですか!?」
気付いたときにはオーディのまわりには女性達で溢れ、わたしは彼女達に遠くに押し出されていた。ここからではもう彼の姿は見えない。
それにしてもオーディは学院だけでなく、街の人にも人気があるようだ。わたしがもし王子姿でここにいれば、彼よりも女性が集まるかもしれない。と考えてしまうのは、王子生活が長かったせいだと思いたい。
とにかく今はオーディには近付けないため、わたしは一人で広場を見てまわることにした。
露店といわれてわたしは、レジャーシートのようなものを敷いて、商品を並べているフリーマーケットのようなものを想像していたのだが。ここの露店は全て屋台だった。
屋台には主にアクセサリーや日用雑貨等が多かったが、焼き菓子や軽食等の食べ物も売られていた。
たくさんお店があるので、どの店から見ようかと迷ってしまう。とりあえず気になるところからいってみようと広場を見回していると、ふと露店商の中に見知った顔を見つけた。
しかし…わたしが思うその人物は、まさかこんなところにいるはずがないのだが。とりあえず確かめてみようと、わたしはその露店に近付き、男性におそるおそる声を掛けてみた。
「グリーバ聖下?」
「し、シヴィル様?!」
わたしが名前を言うと、男性は驚いた表情でわたしを見た。やはりわたしの思い違いではなかったようだ。
「教皇のあなたが「わわっ!あちらの教会の中で話しませんか?」
実はここにいる露店商は…教会のトップである教皇のグリーバ聖下である。
艶のあるエメラルドグリーンの髪は三編みに束ねてあり、髪と同じ色の目は小動物のようにパッチリしている。見た目はどうみても可愛いらしい女性にしかみえないのだが、この人は立派な中年男性なのだ。
教皇とタイタム王は幼馴染で、昔から城に訪ねてくることがあった。しかし教皇は隣国の大聖堂にいるはずだ。カトレバス国の平民街に彼はなぜ露店商をしているのだろうか?
「まさかここでシヴィル様にお会いするとは思いませんでした」
「それはわたしの台詞です。隣国にいる聖下がなぜここに…しかも露店商をされているのですか?」
教皇に促され、わたし達は広場の近くにあった小さな教会に入った。広場の方は人で賑わっているが、ここは人気がなく静かだった。
「露店商なら街の人達の様子も見られますし、皆ともふれ合えると思ったのですが、自国で同じことを行おうとしたら大司教に止められてしまいました」
「それは…あなたの身を案じたのではないでしょうか?」
教皇が街中で露店商をしていたら、確実に混乱が起こりそうな気がする。この国で言えば、タイタム王が露店商をしているようなものだ。
「大司教に同じことを言われました。しかしわたしの身を案じるような危険な国であるならば、民にも危険だということが言えます」
「…大司教は何と答えたのですか?」
「私が露店を出したら、タダ同然で品物を与えて、まわりの露店商達に迷惑をかけることになりそうだからやめて欲しい。と言われました。私も露店商の人達のことを考えないのは愚かであったと思います」
確かにこの教皇ならやりかねない。
彼は自分のことよりも、他人の幸せを優先させる。しかし時々それが裏目に出てしまうことがあるのだと、以前教皇と一緒に城を訪れた大司教が頭を悩ませていた。
「でしたらなぜここで露店をしているのですか?」
「露店商の人達に迷惑がかからない値段を設定することを伝えたのですが、それでも大司教には反対されてしまいまして。ここへ来ました」
「…そ、そうですか」
ここに隣国の大司教がいれば突っ込んでくれるのだろうが、いくらわたしでも教皇にそんなことは出来ない。
あいにくカトレバス国にいる大司教はレモラン猊下くらいだ。しかしレモラン猊下は、教皇を熱心に崇めているので無理であろう。
「それならわたしも一緒に手伝います」
「本当ですか!?ありがとうございます」
教皇は満面の笑みでわたしの手をとって言った。
「教皇が何か問題を起こさないよう、隣で見張っておけば安心かもしれない」とわたしが密かに考えていたことを彼は知らない。




