ⅩⅩⅡ
わたしはコーネリアからお茶会に誘われ、アニエスを連れてバーンクル家に来ていた。
「頭が…ズキズキ…するわ」
「え?私は大丈夫だよ」
しかし誘った当の本人は、部屋のベッドでぐったりしていている。わたし達に気付いた彼女は横になったままこちらに顔だけ向けて言った。
昨日のお花見であれだけ飲んだのだ…二日酔いにもなるだろう。しかしわたしの隣に立っているアニエスは言葉通りピンピンしている。
「アニエスは…病気自体…かからなそうよね」
コーネリアがそう言ったのは、アニエスも同じ量を飲んでいたのに平気だったからだろう。彼女は元気そうなアニエスを妬ましい様子でジッと見ていた。
「殿下。…今日のお茶会は別の日でも宜しいですか」
コーネリアはアニエスからわたしに視線を移すと、申し訳なさそうに言った。
「そうだね。今日はゆっくり休んだ方がいいよ。アニエスお茶会はまたそのときにね。送っていくから」
「うーん。仕方ないですよね。分かりました」
コーネリアがこの状態では、お茶会どころか話をするのも辛いだろう。わたしはそのままアニエスを家に送った後、城の自室へと戻った。
部屋に戻ると、わたしはすぐに着ていた服を脱いだ。
お茶会のときはドレスを着ていることが多いのだが、今日は男物の服装だったため、ケットにコルセットを外す手伝いをしてもらう必要もない。わたしは下着姿のまま部屋のベッドにダイブした。
ガチャ
わたしがベッドにうつ伏せになったのと同じタイミングで、ノックもなく突然扉が開いた。きっとケットが掃除をするために部屋に入ってきたのだろう。彼女には「今日はバーンクル家でお茶会がある」と言ってあった。
「ッ!?失礼しましたッ!」
バンッ!
しかし聞こえたのはケットの声ではなかった。振り返って開いたドアの方を見れば、部屋に入ってきたのはオーディだった。オーディはわたしの姿を見ると、顔を真っ赤にさせて慌てて扉を閉めた。
部屋のベッドは扉を開けて正面にある。わたしはそのベッドに下着姿のままうつ伏せになっていた。
ということは、彼にこの姿でお尻を向けていたことになる。それではオーディも慌てて扉を閉めるのは当たり前だ。流石にこの姿を見られたのは…恥ずかしい。ケットだと思って油断していたことをわたしは後悔した。
オーディは部屋を出ていったものの、足音は聞こえなかった。おそらく扉の前にいるのだろう。わたしはベッドの上で固まっていると、扉の向こうからオーディの声が聞こえた。
「し、シヴィル様。突然申し訳ありません。実はお渡ししたいものがあって…」
渡したいものとは一体何だろうか?
とにかくこのままでは仕方がない。わたしは先程の服に着替え直すと、おそるおそる部屋の扉を開けた。
「その…申し訳ありませんでした。今日はコーネリアのところへ行っていると思っていましたので…」
扉を開けた先には顔を真っ赤にさせたオーディが立っていた。彼の手元には可愛くラッピングされた大きな箱がある。渡したいものというのはこの箱のことだろうか?
「…コーネリアは二日酔いで…今日はなくなったんだ」
「まぁ…あれだけ飲めば…そうですね…」
オーディの顔はまだ赤かったが、昨日のコーネリアの飲みっぷりを思い出したのだろう。彼はため息混じりにいった。
「でもわたしがいないのを知ってて…部屋に何の用だったの?」
「本当は…シヴィル様が帰ってくる前に部屋に置いておこうと思ったのですが…」
わたしがジッとオーディを見ると、彼は先程から持っていた大きな箱をわたしに差し出してきた。
「開けていいの?」
「もちろんです」
箱は薄い桃色の和紙で包まれていて、金色と銀色のリボンが巻かれていた。綺麗なラッピングだったので、なんだか開けてしまうのが勿体無い。わたしは紙を破かないよう慎重に開けた。
「プッ」
すると突然オーディが吹き出した。…何かおかしいことをしただろうか?キョトンとしてわたしは彼を見た。
「すみません。シヴィル様もやっぱり、前世は俺と同じ日本人だったんだなと思ったらつい」
そういえば、プレゼントのラッピングを綺麗にとるのは日本人だけだと聞いたことがある。海外の人は嬉しさを表現するためにビリビリに袋を破くらしいが、こんな綺麗な紙を破くなんてわたしには出来ない。ニコニコしながらわたしを見ているオーディを尻目に、わたしは紙を破くことなく箱を開けることに成功した。
「これって…ドレス?」
箱に入っていたのは、真っ白なドレスだった。胸元と裾には花の刺繍が施されてあり、背中には大きなリボンがついている。裾は後ろに引きずってしまうくらいに長かった。
花の刺繍は桜だろうか?桜の刺繍のドレスは珍しい。素敵なドレスだとは思うが、こう裾が長くては、普段着るどころかパーティにも着ることは難しいだろう。せっかく貰っても着る機会がないのでは勿体ない。オーディにどう伝えようか迷っていると、彼はわたしに思いがけない一言を言った。
「結婚式のときのドレスです」
「へ!?」
てっきり普段着用のドレスだと思っていたわたしは、その言葉にポカンとしてしまった。わたしの表情を見てオーディはわたしの考えてたことを察したのかもしれない…彼は苦笑していた。
「俺が見立てたドレスですので、シヴィル様のお気に召すかは分かりませんが…」
この世界の流行のドレスは分からないが、このドレスはとても素敵だとわたしは思う。それにオーディがわたしのためにドレスを選んでくれたのだ。そのことがなんだか嬉しくて、わたしは思わずオーディに抱きついた。
「ありがとうオーディ」
「ッ!」
「…オーディ?」
…何の反応もないオーディを不思議に思い彼を見上げると、オーディは顔を真っ赤にさせたまま硬直していた。
*
今日で春休みが終わり、明日から三年目の学院生活が始まる。
「シヴィル様…その髪は…」
わたしの髪はだいぶ伸びていたので、今朝ケットにバッサリと切って貰った。今のわたしの髪の長さはベリーショートで、オーディよりも短い。わたしの髪を見たオーディは驚愕していた。
「ケットに頼んで切って貰ったんだ」
「そ、そう…ですか」
オーディはがっくりと肩を落としているが、わたしもまだあと一年は王子として生活していかなければいけない。以前アニエスのBL本が流行った頃、女子生徒からわたしを「可愛い」という声が多かったのをわたしは気にしていた。
「でもシヴィル様はショートでも可愛いです」
「やっぱりオーディに比べたらそう見えるよね…筋肉もつけた方がいいかな」
「えっ?い、いえ。そのままで十分です」
「まぁ…今からつけても間に合わないよね」
もし今から鍛えたとしても、筋肉がつくのは王女になってからになってしまう。ムキムキの王女にはさすがになりたくはないので諦めることにした。
「ところでシヴィル様。今日もまたコーネリア達と約束をしてるのですか?」
「今日はしてないけど、ちょっと街に行ってみようと思うんだ」
「街ですか?」
「この前コーネリア達と商人街までは行ったけど、平民街には行ったことがなかったから」
「…平民街ですか?…あまりお勧め出来ませんが」
「もしかして治安が悪いの?」
街の外ではあるが…ルドラの誘拐事件もあったし、アニエスも目立つ服装をしていれば狙われると言っていた。治安が悪いのであれば、警備を見直さなければならないし、見過ごすことは出来ない。
「いえ。シヴィル様がルドラを助けた時以来警備が強化されていますから、その心配はありません」
「それならどうしてお勧め出来ないの?」
「…シヴィル様が平民街にいたら、たちまち男達の注目の的です」
真剣な顔をして何を言うのかと思ったが…おそらく前にコーネリア達が言っていたように、わたしの着るドレスが目立つということだろう。しかしシンプルなワンピースをわたしは持っているので、その心配はない。
「大丈夫だよ。平民街に行くときは目立たない服を着ていくから」
「…いえ。そういうことでは」
オーディは言葉を濁していたが、このまま言い合っていても仕方がない。とりあえずわたしはクローゼットからワンピースを取りに行った。髪は…ムウラ王妃のウイッグをまた借りよう。
以前、オーディとフリードの前で服を脱いだことがあった。あの時は下に服を着ていたから脱げたのだが…オーディはわたしがまた着替え始めると思ったのだろう。彼は慌てた様子で後ろを向いた。
まだ着替えるつもりはなかったのだが…
あの姿を見られた後では今更恥ずかしくはない。オーディも後ろを向いているし、わたしはそのまま着替えることにした。
「オーディ。もう大丈夫だよ」
振り向いたオーディはなぜか疲れきった表情をしていた。わたしが着替えている間、彼は「あの後にこんなの…生殺しだ…」と呟いていたが、一体何があったのだろうか?
「…それで平民街のどちらへ行かれるのですか?」
とりあえず一通り準備が終わったが、平民街に行くことは決めたものの、どこへいくかは決めてはいなかった。ここに商人の娘でもあるアニエスがいれば、色々な場所を聞けたのかもしれないが…今はアニエスはいない。
「どこか面白そうなところはある?」
「そうですね…この時期でしたら、露店が出ているかもしれません。案内しましょうか?」
「うん。お願い」
わたしが平民街へ行くことを渋っていたのに、彼はしっかり答えてくれる。何だかんだ言ってオーディもわたしに甘いなと思った。




