ⅩⅡ
「まだ迎えが来ないなんて…おかしいわね」
過ぎてしまえば時間は早く感じるものだ。学院生活も一年が経ち、気づけばもう春休みになっていた。
今日はエルフの迎えの馬車が来る日のはずなのだが、約束の時間を過ぎても、迎えの馬車は来ない。
「気が変わったのではないですか?」
「シヴィ。エルフは必ず約束は守る種族なの、それは絶対にないわ」
そうは言っても、午前中の約束のはずが、太陽はもう西に傾いている。そろそろ日が暮れそうだ。
「ガルマン!」
ムウラ王妃は、迎えの馬車が来ないことを心配に思ったようだ。彼女は宰相の名前を呼んだ。
「御呼びでございますか?」
「近くに迎えの馬車がいないか、様子を見てきてもらえる?」
「かしこまりました」
ガルマンが部屋から出ていくのを見届けると、ムウラ王妃はオーディを見て言った。
「オーディ。エルフの馬車は暗晦の森を通ってくるわ。あなたはそっちを見てきてくれるかしら?」
「承知致しました」
暗晦の森にはキュクレイがいる。もし馬車の行方が分からなかったとしても、彼に聞けば分かるかもしれない。
「わたしも行きます」
「シヴィ。オーディと離れるのが辛いのね。いいわ、行ってらっしゃい」
この真面目な状況でもそんなことを言うとは。実はムウラ王妃は、エルフのことを心配していないのではないだろうかと疑ってしまう。
「じゃあオーディ。行こうか」
「はい」
*
この森に来るのは二回目だ。
相変わらず森の中は暗く、静寂に包まれていた。春だというのに、どの木にもまだ葉がついていない。
「この森…以前と雰囲気が違いますね」
普通の人が暗晦の森に入ったとしても、違いには気付かないだろう。オーディがそう言ったのは、この森にキュクレイの幻術魔法がかけられているからだ。
幻術といっても、桜の木が見付からないようになっているだけで、森は普通に通り抜けられる。とりあえず馬車が通りそうな道を歩いてみた。
「それにしてもここは静かだね。春なのにまだ葉もついてないのも不思議だよ」
「暗晦の森は一年中暗く、植物も育たないので、生物が全くいませんからね。薄気味悪く思うかもしれません」
「え?ここの木は一年中葉がつかないの?」
「?そうですよ」
なんということだろう。アドラは一年中葉がつかない森の中に、あの目立つ桜を塔の入り口にしていたようだ。冬だから木に葉がついていないだけだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「いないようですね。一度戻りますか?」
道を辿っていると、森の出口に出てしまった。
もしかしたら、馬車はまだ通っていない可能性もある。どちらにしろわたしはキュクレイを訪ねてみようと思った。
「ちょっと待って。会いたい人がいるんだ」
「もしかして…例の攻略対象者ですか?」
わたしが頷くと、オーディは怪訝そうな表情でわたしを見た。そんなオーディに苦笑を浮かべると、わたしは転移魔法を使った。
*
「シヴィル?何の用だ?」
「なっ!?シヴィル様を呼び捨てにするなんて」
「こいつは誰だ?」
キュクレイの部屋に突然現れたというのに、ソファーに座っている彼は、驚くことなくわたしに言った。
キュクレイがわたしを呼び捨てにしたことで、オーディは怒っているようだ。しかしわたし達は今、彼の部屋に不法侵入していることをオーディは気付いているだろうか?
「彼はわたしの専属騎士だよ」
「あぁ。そういえば王族には護衛がつくんだったな。しかし魔法が使えるお前には必要なさそうに思えるが」
「わたしは彼がいて助かっているよ」
「シヴィル様」
キュクレイはわたしとオーディを交互に見て、ため息をついた。わたしは思っていることを言っただけなのだが、何かおかしかっただろうか?
「いちゃつくなら、よそでやってくれるか?」
「?何言ってるの。それよりこの森にエルフの馬車が通らなかった?」
「エルフ?いや。通っていないが…アドラ何か知っているか?」
そう言ってキュクレイはアドラに視線を移した。
「いえ。しかしエルフの住む辺りには、時期によって魔物も多いと聞いております。それで来られないのでは?」
「そういえばあの里は山岳地帯の森にあるからな。人からも見つかりにくいし、魔物も身を潜めるのに最適なんだろう」
「ちょっと待って。キュクレイはエルフの里に行ったことあるの?」
キュクレイの話だと、エルフの里がまるで何処にあるのか分かるように聞こえる。オーディも同じように思ったらしい。キュクレイをジッと見ている。
「昔に一度だけ…な」
キュクレイは遠い目をしている。エルフの里で何かあったのだろうか?
「それよりも、だ。なぜエルフの馬車が来ることが分かる?本来、エルフは人間と関わることも、まして人間の住む国に来ることはないはずだが」
「それは…」
こうなった経緯をキュクレイに説明する。わたしの話を聞き終わると、キュクレイは眉間に皺を寄せていた。
「…シヴィル。王子には嫁がない方がいい」
「それは俺も同感です」
理由を話せば、馬車を一緒に探してくれるのではないかと思ったのだが、キュクレイが反応したのは、王子との結婚のことだった。なぜかオーディも便乗して否定しているが。
「エルフの王子は確かに優しいが…あいつはだいぶ病んでいるからな。嫁いだら監禁されるんじゃないか。俺もあいつには悩まされたからな」
キュクレイが遠い目をした理由は王子だったようだ。彼の様子を見て、わたしは即答した。
「わたし、エルフの里に行くの諦めるよ」
エルフの馬車が迎えに来なくて良かったと思った。
とにかくもうエルフの里には行くことはないと決めたわたしは、キュクレイにお礼を言って、オーディと城へ戻った。
*
翌日、わたしは温室のテラスで一人お茶を飲んでいた。
一人でのんびり出来るのは久しぶりだった。
普段賑やかなコーネリアとアニエスも、わたしがエルフの里に行っていると思っているため、城に来ることはなかった。
しばらくすると、ケティが焼きたてのスコーン持ってやってきた。ケティがテーブルにスコーンを置くと、美味しそうな匂いにつられたわたしは、すぐにスコーンに手をのばした。
「シヴィル殿下。今朝方来た伝書鳩に殿下宛の手紙がありました。こちらがその手紙です」
わたしがスコーンを食べていると、ケットがわたしに手紙を差し出した。わたしは空いている方の手で手紙を受け取ると、すぐにその手紙を開けてみた。
書き出しにはこう書かれていた。
『シヴィル王女 へ』
一瞬誰のことかと思ったが、どうやらわたしのことらしい。送り主を確認してみると、エルフの王子からだった。
『はじめまして。
まずはあなたにお詫びをしなければいけません。昨日は申し訳ありませんでした。どうやら御者が貴女を迎えに行く日を勘違いしていたようです』
まさかただの勘違いだったとは…
昨日は皆心配して、迎えの馬車を捜索していたというのに。
ムウラ王妃はエルフは約束は守る種族だと言っていたが、今回のようなそそっかしいエルフであれば、他にも約束を破ることがあったのではないかと思う。
『お詫びに明日私が貴女を迎えに参ります』
この一文を見たわたしは、キュクレイに教わった奇術魔法を使い、紙と羽ペンを出した。この魔法は意外と使える。
ペンをとり、わたしは紙に一言。
『王子殿下 へ
申し訳ありませんが、エルフの里に行くのはお断り致します
カトレバス国王子 シヴィル より』
と書いた。
「ケット。これを今朝手紙を持ってきた伝書鳩の足にくくりつけてくれる?」
「かしこまりました」
これでもう、わたしがエルフの里に行くことはないだろう。
わたしは再びスコーンに手をのばした。冷めてしまっても、このスコーンはサクサクしていて美味しかった。
*
身体が揺れている。わたしは温室にいたはずなのだが…いつの間にか寝てしまったらしい。
ゆっくりと目を開けると、すぐそこにオーディの顔があった。
「!?」
この状況に気付いたわたしは目を見開いた。
今わたしは、オーディに両腕で抱き抱えられている。いわゆるお姫様抱っこというものだ。以前、書庫にいたはずのわたしがベッドにいたのは、オーディが運んでくれたのだと知った。
それにしても…寝ていたなら起こしてくれたらいいものの、もう16歳というのに…精神年齢はもっと上だが。この歳で寝ながら運ばれるというのは、さすがに恥ずかしい。
オーディはコーネリアといたからか、昔から面倒見も良い。悪く言うと過保護過ぎる。
しかし彼にとって、わたしは妹のような存在なのかもしれない。そうなればこの過保護さにも説明がつく。
ジッとオーディを見るが、彼は前を見ていて、わたしが起きたことに気付いていないようだ。
「はぁ。どうしたら俺の気持ちに気付いてくれるんだ」
一瞬、わたしに気付いたのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。ただの独り言のようだ。
オーディが言っているのは、前に聞いた好きな人のことだろうか?オーディは中々教えてくれないため、わたしは協力したくても出来ないでいる。わたしは彼の好きな人を探るため、狸寝入りをしようと思った。
しかしその後、オーディは何も言わなかった。
彼が急に立ち止まったので、部屋の前についたと気付く。彼は片手で器用にわたしを抱き締めるように抱えて、扉を開けた。
「本当に…可愛い寝顔だな」
わたしをベッドに降ろすと、オーディはわたしの頬を撫でた。彼はやはりわたしのことを妹のように思っているようだ。
「…シヴィル様」
ギシッとベッドが沈んだかと思うと、突然わたしの唇に柔らかい感触が襲ってきた。
こ、これは…まさか…
一体どういうことだろうか。彼はわたしを妹のように思っているのではなかったのか?わたしの頭は混乱していた。
わたしは目を開けられなかった。
しばらくすると部屋の扉が閉まった音がして、ホッとする。どうやらオーディが出ていったようだ。
わたしはゆっくりと目を開けた。まだ唇にはあの感触が残っていた。不安なことはなかったはずなのに…わたしの心臓は婚約パーティのときと同じくドキドキしている。
まさか…オーディの好きな人は…わたし?
明日からわたしは、どんな顔をしてオーディに会えばいいのだろうか。




