ⅩⅠ
いつものように身支度を整え、家族と一緒に朝食をとる。
城から学院はそれほど距離が離れていないため、わたしは他の学院生のように寮には入らず、城から学院に通っていた。
城から出ると、わたしを送る馬車が停めてあり、オーディが馬車の前に待機している。わたしの姿が見えると、彼はにっこりと笑った。
「お手を」
馬車に乗ろうとすると、オーディがわたしに手を差し出してきた。わたしが女性であれば…いや女性なのだが。この手を借りることがあっただろう。オーディは気を使ってくれたようだが、王子が馬車を乗るのに男の手を借りるのはおかしい。下手な噂が立てば、騎士団長の評判も落ちるであるう。彼には悪いが、わたしは手を借りず、そのまま馬車に乗り込んだ。
わたしが馬車に乗ると、続けてオーディも乗り込む。彼はわたしの向かいに座ると、悲しそうにこちらを見た。これではまるでわたしが彼を苛めているようだ。
「オーディ。気を使ってくれるのは嬉しいけど…男は馬車に乗るとき手を借りないものだよ?」
「あ、そ、そうですね。申し訳ありません」
オーディはハッとして答えた。この様子だと、彼はわたしが王子であることを忘れていたようだ。
しかしオーディがそう思うのは無理もない。わたしはお茶会でドレスを着てからというもの、コーネリアとアニエスだけでなく、家族にもせがまれて、冬休み中はほとんど女性の姿で過ごしていたのだ。
「シヴィル様の髪、ずいぶん伸びましたね」
「あー。やっぱり長いよね」
オーディが、急にわたしをジッと見ていると思ったら、わたしの髪が気になっていたようだ。今のわたしの髪は、肩に届くほど長い。
「帰ったら、ケットに切って貰おうかな」
「だ、駄目ですッ!」
突然大声をあげるオーディにわたしは驚いた。オーディはわたしの表情をみて「驚かせてすみません」と目を伏せる。なんだかオーディはいつも謝ってばかりいる気がする。
「オーディ。立場もあるから人前では難しいと思うけど、今みたいに二人きりなら、そんなに気遣わなくても大丈夫だよ。コーネリア達もそうだしね」
「コーネリア達は気遣わなすぎです」
オーディに、少しくらいは力を抜いてほしいと思って言ってみたのだが…彼は元々真面目な性格だったのだろうか?そう思ってふと聞いてみる。
「オーディは前世も真面目だったの?」
「え!?」
俺は…と言ってオーディは言葉を詰まらせた。
「真面目ではなかったですよ…両親に迷惑ばかりかけていましたから」
「そうなんだ。わたしは…どうなんだろう。全く覚えていないから」
「その方がいいと思いますよ。俺は結局、迷惑かけたまま、親孝行出来ずに、ここへ転生してしまいましたからね。今もそのことがずっと引っ掛かっています」
「…そう」
オーディは前世のことを思い出しているのだろう、彼は苦渋の表情を浮かべている。彼を励ます言葉も見付からず、わたしはこれ以上この話をすることをやめた。
「ところでオーディは、コーネリア達みたいに好きな人はいないの?」
コーネリアのことは彼の様子からして吹っ切れてはいるようだが、コーネリアもバハルトと婚約をしたし、アニエスも実は最近シルファといい雰囲気になっている。フリードは好きな人が出来れば、すぐに告白しそうだ。オーディはどうなのだろうか?
「…います」
「え!?誰?」
驚いた。オーディにはもう好きな人が出来たようだ。コーネリアに失恋してから時間も経っていないというのに、彼は意外にサバサバとしていた。
わたしが興味津々に聞くと、オーディは困った表情を浮かべる。もしかしたら言いづらい相手なのか。まさか男…ではないとは思いたい。
「そ、それよりも…シヴィル様。春休みにお見合いをされる話は本当ですか?」
話をそらした。しかしなぜその話をオーディが知っているのだろうか?お見合いではなく、エルフの城に行くだけだが。
「それって誰に聞いたの?」
「コーネリアに」
ムウラ王妃ではなく、コーネリアと言われて驚いた。ということは、アニエスも知っているということだろうか。
「本当なんです…ね」
「話が大分飛躍してるけどね」
わたしが答えるのと同じタイミングで、馬車の揺れが止まった。どうやら学院に到着したようだ。
「シヴィル殿下。おはようございます。ついでにオーディも」
「シヴィル殿下。おはようございます。あぁ、オーディもいたんだね」
馬車を降りると、そこにコーネリアとフリードがいた。コーネリアはいつも通りの反応だが、婚約パーティ以降、フリードはオーディに厳しい気がする。
朝から険悪な空気になるのは免れたい。
「コーネリア。フリード。あまりオーディを虐めないであげてね」
「オーディ。まさかあなた…とうとう言ったの?!」
「シヴィル殿下!オーディより私の方が貴女を幸せに出来ます!」
「それはない!」
わたしがオーディを庇うと、二人は驚いてそんなことを言った。どうやら二人は何か誤解をしているらしい。フリードに関しては、全く意味の分からないことを言っていたが、オーディには分かったのだろうか?彼はフリードの言葉に食いついた。
「一体何の話?」
わたしがポカンとしていると、二人は誤解していたことに気付いたようだ。コーネリアはホホホと誤魔化し笑いをし、フリードはなぜか安堵している。
「と、とりあえず。教室に行きましょう。また遅刻してしまいますよ」
「そ、そうね」
「それもそうだね…それでは殿下。また後で」
オーディに促され、わたし達は教室に向かった。
正直、ルドラに話し掛けられたくないため、教室にはギリギリで入りたいと思っていたのだが…とにかくルドラの視界に入らないよう、オーディの陰に隠れることに徹する。
「シヴィル殿下。オーディ様。おはようございます」
「おはよう。ルドラ」
「お、おはよう」
今日も無理だった。教室に入るとすぐに、ルドラはわたし達のところへやって来て挨拶をしてくる。
あの衝撃的な告白を受けてから、わたしはルドラの顔をまともに見ることが出来なかった。
実は、ルドラがわたしを避けていたとき、ルドラの負担にならないようにと、ムウラ王妃に頼んでルドラの専属執事を取り下げてもらっていた。おかげでルドラがついてくることはない。あのとき勘違いして行動したわたしに、拍手を送りたい。
「今日も素敵です。貴方の執事のままであったなら…着替えから全て、お手伝いすることが出来たのに…本当に残念です」
ルドラはわたしに告白をしてから吹っ切れたのか…あの素直で真面目な彼とは思えない言葉を、わたしにかける。毎回続くその言葉に、今日もわたしの背中に悪寒が走った。
オーディにはルドラの言葉は聞こえていなかったようだ。わたしの険しい表情に彼は首を傾げている。
とにかくルドラから離れたいと思ったわたしは、ルドラの言葉を無視し、自分の席についた。この席がルドラから離れていて良かったと心底思う。
*
授業終了の鐘の音が鳴り、わたしはルドラに話し掛けられるよりも早く、教室から出た。オーディも、最初はわたしがルドラを避けていることに驚いていたが、もう慣れたようだ。全速力で駆け出すわたしの後を、さすが騎士団長様。ぴったりと着いてきている。
「はぁ。疲れた」
「…前々から思っていたのですが、何故ルドラを避けているのですか?」
コーネリアには話したが、内容が内容なだけに、オーディにはルドラのことを話してはいなかった。少し迷ったものの、わたしはオーディにも正直に打ち明けることにした。
「ルドラに…愛してるって告白されたんだよ…彼は男のわたしが」
「こ、告白!?」
まだ話している途中だというのに、オーディは驚きの声をあげた。
「そ、そそそそれで。シヴィル様は何と?」
「わたしは…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
中々話が進まない。オーディはなぜか大きく深呼吸をし始めた。
「…ど、どうぞ」
もう話しても大丈夫なのだろうか?わたしは再び口を開いた。
「ルドラは同姓愛者だったよ。男のわたしを愛してるって」
「なっ!?」
「さっきも、わたしの専属執事に戻れれば、着替えから全てお世話出来るのにって言われたよ」
「…コーネリアとアニエスが喜びそうですね」
あのルドラが。とオーディも驚きを隠せないようだ。とにかくわたしが避けている理由をオーディは納得したようだ。
「ところで、シヴィル様はわたしに好きな人がいるかと聞かれましたが、シヴィル様は…どなたかいますか?」
「えっ!?わたし?特にいないけど」
「好みのタイプは?」
「タイプ…ドワーフとか?」
「えっ!?」
オーディの質問に、わたしはまるでお見合いみたいだなと思った。彼はわたしの好みのタイプを聞いて驚いている。
「ど、どうしてドワーフなのですか?」
「ドワーフというか…この世界は女性みたいな美男子ばかりだし、筋肉があってガッチリしている人に、わたしは憧れるんだよね」
「お、俺は?」
「オーディも美男子だよね。筋肉もあって背が高いけど、ガッチリというか、スラッとしているし」
「まさか…この外見が裏目にでるなんて…」
オーディは落ち込んでいる。しかし世の女性が全てわたしと同じわけではない。実際、オーディは容姿だけでなく。優しくて真面目な上、最小年齢で魔法騎士団長になったこともあり、女性からは根強い人気がある。
王子のわたしも、この容姿で女性からはモテるのだが、オーディには敵わない。
「でもあくまでわたしのタイプだから、他の女性はオーディみたいな人が好きだと思うよ」
「そんな…シヴィル様でなければ、意味ありません」
なぜわたしのタイプにこだわるのか謎だが、万が一オーディがわたしのタイプの外見になったとしても、その整った顔立ちでは似合わないと思った。
「オーディはそのままが一番格好いいと思うよ」
「ッ!」
とりあえずオーディを励まそうと、わたしは出来る限りの笑顔で言った。オーディは何故か顔を真っ赤にさせてる。
「うーん。ないと思ってたけど、こうやって見るとオディ×シヴィも有りもしれないわ!」
この声は…
声のする方に目を向ければ、そこにはやはりアニエスがいた。
「いつからいたの?」
「ええっと。ルドラ様が同姓愛者だったところからです!」
「結構最初からいたんだね」
彼女は隠密魔法を使えるようになったのだろうか?オーディも全く気付かなかったようで、そこにアニエスがいたことに驚いている。
「シヴィル殿下。実は、殿下の好みのタイプの男性が一人この学院にいますよ!」
「えっ!誰?」
「魔法騎士団副長のイクシオ様です!」
まさかの名前にわたしは驚いた。イクシオは攻略対象者の一人のはずだ。彼はオーディ達のように美形だと思っていたのだが。
「イクシオはダメだ」
「そうですね。私もお勧めしません。彼はドMですからね。やっぱり男性はフリード様のように、Sっ気がないと!」
「そうじゃない。あいつは異常なくらいコーネリアが好きだからな。他のやつには見向きもしない」
「なるほど!コーネリアのSっ気に惹かれたというわけですね!」
とりあえずファンプリのキャラは全てが濃いことを学んだ。もしわたしが結婚することがあれば、キャラの薄そうなサブキャラを選ぼうと思った。
「そういえば!シヴィル殿下。エルフの王子様とお見合いされると言う話は本当ですか?」
「コーネリアから聞いたの?」
「はい!それでいつ行かれるんですか?」
わたしがエルフの城へ行くという話は、案の定アニエスにも伝わっていた。アニエスは目をキラキラしながらわたしを見ている。
「春休みに」
「羨ましいです!エルフの王子様は魔王様と同じくらい強いんですよ。それに女性にすごく優しくて。なぜ攻略出来ないのか、制作者にハガキを送ったくらいです!」
「そ、そうなんだ」
「でもエルフの王子様とはどうやって知り合ったんですか?エルフの住む場所は隠されたところにあって、会いたくてもこちらからは会えないはずですよ」
「…俺も気になります」
つまりムウラ王妃はエルフの城のある場所を知っていたから、王子に会えたということか。彼女がエルフというのは半信半疑であったが、アニエスの話を聞くと、どうやら本当のことのようだ。
「ムウラ王妃がハーフエルフだったからだよ」
「なッ!?」
「キャー!ということはシヴィル殿下もエルフの血縁なのですね!素敵ッ!」
何を言っても動じず、素直に受けとめて喜ぶアニエスを、わたしは羨ましく思う。
「シヴィル殿下!お土産期待してますね!あと、エルフの里に向かうまでの道は魔物が出るので、気をつけて下さい」
「里?」
「エルフの王子様は、エルフの里にある小さなお城に住んでいるんですよ!里は広くはないですが、幻想的ですごく綺麗なんです。あぁ!私も行きたかったです!」
エルフの里が何処にあるのか分からないが、魔物が出るとなると、ここからはかなり遠いのかもしれない。しかし、わたしもオーディも魔法が使えるし、魔物に関しては心配することはないと思った。
エルフの王子に会うことに、最初は気が乗らなかったわたしだが、アニエスの話を聞いて少し興味がわいてきた。
結婚の話も直接断ればいい。本来入れないエルフの里に行くことが出来るのだから、楽しもうとわたしは思った。




