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わたしは、キュクレイの本の文字を解読出来ないまま、冬休みを終えてしまった。結局あの文字は、どの解読書にも載っていなかった。


昼休みになり、わたしはコーネリアと二人で食事をしていた。今日は中華にしてみたのだが、オーディとアニエスは和食。フリードは洋食が良かったようだ。珍しく、皆離れて食事をした。


「これは。アニマペインの文字ですね!まさか生で見られるなんて…」

「アニマペイン?」


わたしはコーネリアに、ダメ元で本の文字のことを聞いてみた。驚いたことに、コーネリアはこの文字のことを知っていたようだ。今までのわたしの苦労は一体何だったのだろう。


それにしてもコーネリアはいつも以上に興奮している。まさかアニマペインは…攻略対象者とでもいうのだろうか。


「アニマペインは隣国にいる奇術師です。ファンプリで会えると、全ての攻略者の好感度がMAXになる激レアキャラなんですよ」


どうやらアニマペインは攻略対象者ではなかったようだ。


それにしても、全ての攻略者の好感度がいきなりMAXになるとは。恋愛になるまでのドキドキを楽しむ乙女ゲームでは、あるまじき行為なのではないだろうか。


「でも隣国なら、わたしたちと同じ言葉を使うよね?その奇術師だけ、違う言語を話すということ?」

「そうではないんですよ。アニマペインも私達と同じ言葉で話します。ただ書に記した奇術魔法だけは、他人に見られても大丈夫なよう、暗号文字で書いてあるんです」


まさか個人が考えた文字だったとは…どの解読書にも載っていないはずだ。


「ちなみに、アニマペイン様は魔王のお母様ですよ」


なるほど。だからキュクレイはあの本を持っていたのか。

どうやらわたしは…彼にからかわれていたようだ。


しかしコーネリアのお陰でわたしは、奇術師のアニマペインの存在を知ることが出来た。次の休みの日に、わたしは彼女に会ってみようと思い、コーネリアに聞いた。


「アニマペインは隣国のどこにいるの?」

「アニマペイン様に会うのは…難しいと思いますよ。彼女は隣国出身ですが、世界を転々と出歩いていますので」


そう聞いてわたしはガッカリした。

キュクレイの思うツボになるのは(しゃく)に障るが、次の休みはキュクレイの塔に行ってみようと思った。



外はまだ薄暗い。わたしはベッドから出ると、すぐにクローゼットに向かった。

いつものシャツに袖を通し、ロングカーディガンを羽織る。下にストレートのズボンを履き、短い髪を簡単に整えてから、わたしは転移魔法を使った。


わたしの目の前には今、気持ち良さそうにねているキュクレイがいる。…さて、この魔王をどうやって起こしてあげようか。

わたしはキュクレイの四体を、ツルで巻き付け動きを封じた。


「!?」


さすが魔王。気付かれないように上手く魔法を使ったつもりだったが、彼はすぐに魔法をかけられたことに気付き、目を覚ました。


「…何者だ」


頭もツルに拘束されているキュクレイは、わたしの姿を見ることが出来ない。彼は低い声で言い。わたしに殺気を向けた。

そんなキュクレイの前に、わたしはニコニコしながらベッドに近付いた。


「し、シヴィル?」

「おはよう。キュクレイ」


キュクレイはわたしと気付くと、赤い目をパチクリとさせこちらを見た。


「…この魔法はお前の仕業か?」

「そうだよ。キュクレイから渡された本を解読するのに、残りの冬休みを全てつぎ込んだんだよね」

「…悪かった」


わたしが怒って拘束したことを、キュクレイは気付いたようだ。わたしがそう言うと、彼はすぐに謝った。


「本を渡したときに話そうしたのだが。お前が可愛い反応をするものだから、ついからかいたくなった。すぐに俺の所へ来ると思っていたが…本当に悪かった」


つまり、わたしの反応を見て楽しむのに、からかったということか。しかし、わたしの腹の虫はまだおさまらない。

わたしは貼り付けた笑顔のまま、キュクレイに近付いた。


「ッ!シヴィル…やめろッ!」


わたしは拘束されているキュクレイを全力で…くすぐった。

いくら魔王でもくすぐりには弱かったようだ。彼は必死に耐えている。


「くッ!やめ!ッッッ!」

「反省してる?」

「し、してるッ!」


わたしはくすぐるのをやめ、彼の拘束を解いた。

キュクレイはベッドから起き上がると、涙目でこちらを見た。


「あの本は…俺の母が書いたものだ。あの本には奇術師の魔法が載っている」

「結局、あの言葉は何語なの?」


コーネリアに聞いて分かってはいたが、アニマペインの名前を出せば、彼は怪しむだろう。わたしは何も知らないように装い、キュクレイに聞いた。


「…あれは母の考えた言葉だ」

「へぇ。じゃあ城の書庫の解読書を全部みてもないはずだね」

「…お詫びにこの奇術魔法を教える」


ということで、わたしはキュクレイに奇術魔法を教わることになった。


奇術魔法には、生命体ではない物質を呼び寄せたり、転送させるものがあった。以前キュクレイが使ったのは、この魔法だったようだ。

他には、動物を操る魔法。それに空を飛べる魔法もあった。幼い頃は空を飛ぶことに憧れていたが、実際に飛べるとなると、羽根もなく浮いてる姿は、かなり目立つ気がする。


「奇術魔法は人を魅せるのに使うもので、実用性がないものが多いが、俺達の他には誰も使えない魔法だからな、覚えておいて損はないと思うぞ」


人を魅せるということは、奇術は前世の世界でいうマジシャンと同じ意味なのかもしれない。唯一違うのは文字通り、種も仕掛けもないということだ。


「あぁ…そうだ。好きな食べ物を出せる魔法もあったな」

「マッチは使わないよね?」

「マッチ?使わないが」


好きな食べ物が出せると聞いて、わたしはマッチ売りの少女を思い出した。キュクレイは突然マッチの話が出てきて、きょとんとしている。


その後、好きな食べ物が出せる魔法も教わると、わたしはキュクレイに別れを告げて、自室へ戻った。



キュクレイの住む塔は、一日中暗いため、時間が分からなくなる。戻ってきた部屋の中はまだ明るく、窓からは強い日差しが差し込んでいた。太陽の高さを見ると、昼頃のようだ。


トントンと扉をノックする音が聞こえる。ケットだろうか?わたしが「どうぞ」と声をかけると、扉がゆっくりと開けられた。


「シヴィル殿下。ようやく起きたんですね」


入ってきたのはコーネリアだった。どうやら彼女は、わたしが昼まで寝ていたと思ったらしい。


「こんにちは、コーネリア。今日は兄上に会いに来たの?」

「そ、それもありますが。今日は殿下にお話したいことがあって」


バハルトの話をしたときのコーネリアはいつも顔が赤くなる。コーネリアは赤くなった頬を隠しながら、わたしを見て言った。


「殿下はオーディのことをどう思いますか?」

「オーディ?騎士団長として努力しているし、わたしにもよくしてくれてるから、わたしは彼がいて助かっていると思ってるよ」

「…」


真面目に答えたつもりなのだが、何か悪かったのだろうか?コーネリアは無言でわたしを見ている。


「フリードのことは?」

「コーネリアやアニエスには厳しいけど、気遣ってくれているし、優しい人だと思うよ」

「完全に騙されてますね」


フリードを毛嫌いしているコーネリアは、嫌そうに言った。そんな顔をするなら聞かなければいいのにと思う。


「ルドラは?」

「その名前、出さないでもらえる?」

「…何があったのですか?」


ルドラの名前が出て、今度はわたしが嫌そうな顔をする。コーネリアはわたしの反応に意外だったようで、不思議そうに聞いてきた。そういえばルドラのことをコーネリア達には話していなかった。


「…以前ルドラに、男のわたしを…愛してるって告白を受けたんだ」

「そそそ、それって!?まさかルドラは本当に」


思った通りコーネリアは「じゃあ生でBLが見られるってこと!?」と言いながら、嬉しそうに部屋の中を飛び跳ねている。


「こうしてはいられないわ!アニエスのところに行かなくちゃ。それでは殿下、失礼します」


そう言うとコーネリアは部屋を飛び出して行った。

結局話とは何だったのだろうか?わたしは近くにあったソファーに腰を下ろした。


しばらくすると、また扉をたたく音がした。今度は誰だろうか?

わたしが声をかけると、「失礼致します」とケットが入ってきた。


「シヴィル殿下。ムウラ王妃様がお呼びでございます。すぐに王妃様のお部屋へいらして下さい」


ケットはわたしに頭を下げると、すぐに部屋から出ていった。


ムウラ王妃がわたしを呼ぶときは、いつも何かがある。

…しかもなんだか今回は、いつも以上に嫌な予感がする。

わたしは重い腰をあげ、ソファーから立ち上がると、ムウラ王妃の部屋に向かってゆっくり歩き出した。



「母上。お呼びですか?」


ムウラ王妃の部屋の扉をノックすると、「シヴィね。さぁ早く入って」と声がした。扉を開け、わたしの部屋にあるものより立派なソファーに座るムウラ王妃に向き合う。


「とりあえず座って」


ムウラ王妃はニコニコしながら、向かいにあるソファーにわたしを促す。今日の彼女はすごく機嫌が良さそうだ。


「コーネリアが学院を卒業したら、バハルトとコーネリアは結婚するでしょう?シヴィ。あなたも卒業したら、結婚式を挙げましょう!」

「は…い?」


やはりムウラ王妃はとんでもないことを言い出した。それ以前に、性別を偽っているわたしが、一体誰と結婚をするのだろうか?


「実は良い人を見つけたのよ!この世界で最も美形と呼ばれる種族なの!」


その人のことを思い出しているのだろうか?ムウラ王妃はうっとりしているが、種族という言葉はどうも引っ掛かる。まさか相手は人間ではないというのだろうか。


「母上。わたしは結婚する気はありませんよ?」

「その相手はなんと!エルフの王子よ!」

「は?!」


彼女はわたしの話を聞くつもりはないようだ。それにしても、まさかエルフが出てくるとは思わなかった。エルフは存在していたのか。わたしの驚いた顔を見て、ムウラ王妃は満足そうにしている。


「オーディから、シヴィがエルフやドワーフに興味があることを聞いたのよ!心配しなくても、エルフは私達の言葉も話せるから、安心して頂戴」


どうやらこの思いつきの切っ掛けはオーディだったらしい。

わたしのとっさの言い訳が、後から仇となって帰ってきたようだ。


「エルフの王子は本当に美しい上に、とっても優しいのよ!シヴィのことを話したら、是非お嫁に迎えたいって言ってたわよ」

「ちょっと待ってください。母上は何故エルフの王子をご存知なのですか?」

「あら?言ってなかったかしら?わたしもエルフなのよ。ハーフだけどね」

「えぇっ!!」


ムウラ王妃は、いつも想像をはるかに上回ることを言ってくる。まさか王妃がハーフエルフだったとは。

エルフと聞くと、尖っている耳を想像するが、ムウラ王妃は普通の耳をしていた。わたしはジッと彼女の耳を見る。


「ハーフエルフは人と同じ姿をしているから、見分けがつかないの。だからシヴィ。貴方にはエルフの血が流れているのよ。エルフは魔法が得意だから、あなたにも覚えがあるんじゃないかしら?」


そう言って、ムウラ王妃はニヤリと笑った。どうやら彼女は、わたしが魔法を使えることを知っていたようだった。

今までシヴィルはチートキャラだと思っていたが、それは種族が違ったからだとはじめて気付いた。


「まだ冬休みが終わったばかりだから、しばらく先になってしまうと思うけど、春休みになったら迎えをお願いしてあるから、エルフの城に行って、王子と話してくるといいわ。」


本当にムウラ王妃は仕事が早い。オーディにエルフやドワーフに興味があると話したのは、最近だったというのに。


「母上。わたしはやはり…」

「エルフは魔法の種族だから、色々な魔法を見られるかもしれないわよ」

「行きます!」


つい魔法という言葉に釣られて答えてしまった。

しかし結婚が決まったわけではない。話すだけなら特に問題はないだろうとわたしは思った。

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