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わたしは、キュクレイの本の文字を解読出来ないまま、冬休みを終えてしまった。結局あの文字は、どの解読書にも載っていなかった。
昼休みになり、わたしはコーネリアと二人で食事をしていた。今日は中華にしてみたのだが、オーディとアニエスは和食。フリードは洋食が良かったようだ。珍しく、皆離れて食事をした。
「これは。アニマペインの文字ですね!まさか生で見られるなんて…」
「アニマペイン?」
わたしはコーネリアに、ダメ元で本の文字のことを聞いてみた。驚いたことに、コーネリアはこの文字のことを知っていたようだ。今までのわたしの苦労は一体何だったのだろう。
それにしてもコーネリアはいつも以上に興奮している。まさかアニマペインは…攻略対象者とでもいうのだろうか。
「アニマペインは隣国にいる奇術師です。ファンプリで会えると、全ての攻略者の好感度がMAXになる激レアキャラなんですよ」
どうやらアニマペインは攻略対象者ではなかったようだ。
それにしても、全ての攻略者の好感度がいきなりMAXになるとは。恋愛になるまでのドキドキを楽しむ乙女ゲームでは、あるまじき行為なのではないだろうか。
「でも隣国なら、わたしたちと同じ言葉を使うよね?その奇術師だけ、違う言語を話すということ?」
「そうではないんですよ。アニマペインも私達と同じ言葉で話します。ただ書に記した奇術魔法だけは、他人に見られても大丈夫なよう、暗号文字で書いてあるんです」
まさか個人が考えた文字だったとは…どの解読書にも載っていないはずだ。
「ちなみに、アニマペイン様は魔王のお母様ですよ」
なるほど。だからキュクレイはあの本を持っていたのか。
どうやらわたしは…彼にからかわれていたようだ。
しかしコーネリアのお陰でわたしは、奇術師のアニマペインの存在を知ることが出来た。次の休みの日に、わたしは彼女に会ってみようと思い、コーネリアに聞いた。
「アニマペインは隣国のどこにいるの?」
「アニマペイン様に会うのは…難しいと思いますよ。彼女は隣国出身ですが、世界を転々と出歩いていますので」
そう聞いてわたしはガッカリした。
キュクレイの思うツボになるのは癪に障るが、次の休みはキュクレイの塔に行ってみようと思った。
*
外はまだ薄暗い。わたしはベッドから出ると、すぐにクローゼットに向かった。
いつものシャツに袖を通し、ロングカーディガンを羽織る。下にストレートのズボンを履き、短い髪を簡単に整えてから、わたしは転移魔法を使った。
わたしの目の前には今、気持ち良さそうにねているキュクレイがいる。…さて、この魔王をどうやって起こしてあげようか。
わたしはキュクレイの四体を、ツルで巻き付け動きを封じた。
「!?」
さすが魔王。気付かれないように上手く魔法を使ったつもりだったが、彼はすぐに魔法をかけられたことに気付き、目を覚ました。
「…何者だ」
頭もツルに拘束されているキュクレイは、わたしの姿を見ることが出来ない。彼は低い声で言い。わたしに殺気を向けた。
そんなキュクレイの前に、わたしはニコニコしながらベッドに近付いた。
「し、シヴィル?」
「おはよう。キュクレイ」
キュクレイはわたしと気付くと、赤い目をパチクリとさせこちらを見た。
「…この魔法はお前の仕業か?」
「そうだよ。キュクレイから渡された本を解読するのに、残りの冬休みを全てつぎ込んだんだよね」
「…悪かった」
わたしが怒って拘束したことを、キュクレイは気付いたようだ。わたしがそう言うと、彼はすぐに謝った。
「本を渡したときに話そうしたのだが。お前が可愛い反応をするものだから、ついからかいたくなった。すぐに俺の所へ来ると思っていたが…本当に悪かった」
つまり、わたしの反応を見て楽しむのに、からかったということか。しかし、わたしの腹の虫はまだおさまらない。
わたしは貼り付けた笑顔のまま、キュクレイに近付いた。
「ッ!シヴィル…やめろッ!」
わたしは拘束されているキュクレイを全力で…くすぐった。
いくら魔王でもくすぐりには弱かったようだ。彼は必死に耐えている。
「くッ!やめ!ッッッ!」
「反省してる?」
「し、してるッ!」
わたしはくすぐるのをやめ、彼の拘束を解いた。
キュクレイはベッドから起き上がると、涙目でこちらを見た。
「あの本は…俺の母が書いたものだ。あの本には奇術師の魔法が載っている」
「結局、あの言葉は何語なの?」
コーネリアに聞いて分かってはいたが、アニマペインの名前を出せば、彼は怪しむだろう。わたしは何も知らないように装い、キュクレイに聞いた。
「…あれは母の考えた言葉だ」
「へぇ。じゃあ城の書庫の解読書を全部みてもないはずだね」
「…お詫びにこの奇術魔法を教える」
ということで、わたしはキュクレイに奇術魔法を教わることになった。
奇術魔法には、生命体ではない物質を呼び寄せたり、転送させるものがあった。以前キュクレイが使ったのは、この魔法だったようだ。
他には、動物を操る魔法。それに空を飛べる魔法もあった。幼い頃は空を飛ぶことに憧れていたが、実際に飛べるとなると、羽根もなく浮いてる姿は、かなり目立つ気がする。
「奇術魔法は人を魅せるのに使うもので、実用性がないものが多いが、俺達の他には誰も使えない魔法だからな、覚えておいて損はないと思うぞ」
人を魅せるということは、奇術は前世の世界でいうマジシャンと同じ意味なのかもしれない。唯一違うのは文字通り、種も仕掛けもないということだ。
「あぁ…そうだ。好きな食べ物を出せる魔法もあったな」
「マッチは使わないよね?」
「マッチ?使わないが」
好きな食べ物が出せると聞いて、わたしはマッチ売りの少女を思い出した。キュクレイは突然マッチの話が出てきて、きょとんとしている。
その後、好きな食べ物が出せる魔法も教わると、わたしはキュクレイに別れを告げて、自室へ戻った。
*
キュクレイの住む塔は、一日中暗いため、時間が分からなくなる。戻ってきた部屋の中はまだ明るく、窓からは強い日差しが差し込んでいた。太陽の高さを見ると、昼頃のようだ。
トントンと扉をノックする音が聞こえる。ケットだろうか?わたしが「どうぞ」と声をかけると、扉がゆっくりと開けられた。
「シヴィル殿下。ようやく起きたんですね」
入ってきたのはコーネリアだった。どうやら彼女は、わたしが昼まで寝ていたと思ったらしい。
「こんにちは、コーネリア。今日は兄上に会いに来たの?」
「そ、それもありますが。今日は殿下にお話したいことがあって」
バハルトの話をしたときのコーネリアはいつも顔が赤くなる。コーネリアは赤くなった頬を隠しながら、わたしを見て言った。
「殿下はオーディのことをどう思いますか?」
「オーディ?騎士団長として努力しているし、わたしにもよくしてくれてるから、わたしは彼がいて助かっていると思ってるよ」
「…」
真面目に答えたつもりなのだが、何か悪かったのだろうか?コーネリアは無言でわたしを見ている。
「フリードのことは?」
「コーネリアやアニエスには厳しいけど、気遣ってくれているし、優しい人だと思うよ」
「完全に騙されてますね」
フリードを毛嫌いしているコーネリアは、嫌そうに言った。そんな顔をするなら聞かなければいいのにと思う。
「ルドラは?」
「その名前、出さないでもらえる?」
「…何があったのですか?」
ルドラの名前が出て、今度はわたしが嫌そうな顔をする。コーネリアはわたしの反応に意外だったようで、不思議そうに聞いてきた。そういえばルドラのことをコーネリア達には話していなかった。
「…以前ルドラに、男のわたしを…愛してるって告白を受けたんだ」
「そそそ、それって!?まさかルドラは本当に」
思った通りコーネリアは「じゃあ生でBLが見られるってこと!?」と言いながら、嬉しそうに部屋の中を飛び跳ねている。
「こうしてはいられないわ!アニエスのところに行かなくちゃ。それでは殿下、失礼します」
そう言うとコーネリアは部屋を飛び出して行った。
結局話とは何だったのだろうか?わたしは近くにあったソファーに腰を下ろした。
しばらくすると、また扉をたたく音がした。今度は誰だろうか?
わたしが声をかけると、「失礼致します」とケットが入ってきた。
「シヴィル殿下。ムウラ王妃様がお呼びでございます。すぐに王妃様のお部屋へいらして下さい」
ケットはわたしに頭を下げると、すぐに部屋から出ていった。
ムウラ王妃がわたしを呼ぶときは、いつも何かがある。
…しかもなんだか今回は、いつも以上に嫌な予感がする。
わたしは重い腰をあげ、ソファーから立ち上がると、ムウラ王妃の部屋に向かってゆっくり歩き出した。
*
「母上。お呼びですか?」
ムウラ王妃の部屋の扉をノックすると、「シヴィね。さぁ早く入って」と声がした。扉を開け、わたしの部屋にあるものより立派なソファーに座るムウラ王妃に向き合う。
「とりあえず座って」
ムウラ王妃はニコニコしながら、向かいにあるソファーにわたしを促す。今日の彼女はすごく機嫌が良さそうだ。
「コーネリアが学院を卒業したら、バハルトとコーネリアは結婚するでしょう?シヴィ。あなたも卒業したら、結婚式を挙げましょう!」
「は…い?」
やはりムウラ王妃はとんでもないことを言い出した。それ以前に、性別を偽っているわたしが、一体誰と結婚をするのだろうか?
「実は良い人を見つけたのよ!この世界で最も美形と呼ばれる種族なの!」
その人のことを思い出しているのだろうか?ムウラ王妃はうっとりしているが、種族という言葉はどうも引っ掛かる。まさか相手は人間ではないというのだろうか。
「母上。わたしは結婚する気はありませんよ?」
「その相手はなんと!エルフの王子よ!」
「は?!」
彼女はわたしの話を聞くつもりはないようだ。それにしても、まさかエルフが出てくるとは思わなかった。エルフは存在していたのか。わたしの驚いた顔を見て、ムウラ王妃は満足そうにしている。
「オーディから、シヴィがエルフやドワーフに興味があることを聞いたのよ!心配しなくても、エルフは私達の言葉も話せるから、安心して頂戴」
どうやらこの思いつきの切っ掛けはオーディだったらしい。
わたしのとっさの言い訳が、後から仇となって帰ってきたようだ。
「エルフの王子は本当に美しい上に、とっても優しいのよ!シヴィのことを話したら、是非お嫁に迎えたいって言ってたわよ」
「ちょっと待ってください。母上は何故エルフの王子をご存知なのですか?」
「あら?言ってなかったかしら?わたしもエルフなのよ。ハーフだけどね」
「えぇっ!!」
ムウラ王妃は、いつも想像をはるかに上回ることを言ってくる。まさか王妃がハーフエルフだったとは。
エルフと聞くと、尖っている耳を想像するが、ムウラ王妃は普通の耳をしていた。わたしはジッと彼女の耳を見る。
「ハーフエルフは人と同じ姿をしているから、見分けがつかないの。だからシヴィ。貴方にはエルフの血が流れているのよ。エルフは魔法が得意だから、あなたにも覚えがあるんじゃないかしら?」
そう言って、ムウラ王妃はニヤリと笑った。どうやら彼女は、わたしが魔法を使えることを知っていたようだった。
今までシヴィルはチートキャラだと思っていたが、それは種族が違ったからだとはじめて気付いた。
「まだ冬休みが終わったばかりだから、しばらく先になってしまうと思うけど、春休みになったら迎えをお願いしてあるから、エルフの城に行って、王子と話してくるといいわ。」
本当にムウラ王妃は仕事が早い。オーディにエルフやドワーフに興味があると話したのは、最近だったというのに。
「母上。わたしはやはり…」
「エルフは魔法の種族だから、色々な魔法を見られるかもしれないわよ」
「行きます!」
つい魔法という言葉に釣られて答えてしまった。
しかし結婚が決まったわけではない。話すだけなら特に問題はないだろうとわたしは思った。




