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その村には人魚が沈んでいる  作者: 小波
第一章 生け贄の花嫁
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7.

 順調に打ち合わせを終え、帰り支度を始めた俺に、大叔父は少し待っていろとの言葉を残して席を立った。手持ち無沙汰でその場にいると、今まで黙って話を聞いていた公彦が顔を寄せて来た。


「蓮子ちゃんのことだが」


 声を低める。


「どうして加世と外に出した?」


 俺は公彦の顔を見返した。


「言ったとおりだ。登記の件は蓮子に関係ないだろう」


「違う。わかってんだろ、加世とのこと。オレとお前がいる前でならともかく、二人っきりにするなんて……。自分の嫁さんが可愛くないのか?」

「加世の話は昔のことだ。蓮子には関係ない。……第一、それはお前も同じだろう」


 俺が冷たく答えると、公彦はばつの悪そうな表情を作った。首筋をかいて言い訳をするようにつぶやく。


「そりゃあ……確かに女に関しちゃ、オレだってあまり人のことは言えないが。いくらなんでも、昔の女と直接……」


 そう続けた後、急にその目を光らせる。


「そうだ。お前、まさか不能なんじゃないだろうな」


 俺は露骨に眉をしかめた。


「何の話だ」


 公彦は食いつくように言葉を続けた。


「おい、とぼけるな。朝の話だ。蓮子ちゃんのあの反応、お前、あの子にまるっきり手ぇ出してないだろう。やった、なんて見えみえの嘘をつくなよ。こちとらそのくらいお見通しだ。──わかってんのか? 式は明後日なんだぞ。式に出るなら夫婦にならなきゃ、蓮子ちゃんはよそ者だ。それをお前……」


 興奮気味の公彦の声音に俺は深く息を吐いた。


「わかりきったことを聞かせるな。昨日は二人とも疲れてたんだ。いくら何でもそんな気になるか」


 公彦は、まるで信じられない物を見るような目つきで俺を凝視した。そしてつぶやく。


「……お前、本当に男か?」

「大きなお世話だ」


 縁側から大叔父の太い声が響いて来た。そして笑いさざめくように答える加世の涼しげな話し声。公彦はもう一度顔を寄せると、早口で、だがきつく言い放った。


「とにかく今夜はやるんだぞ。でなけりゃ夫婦だと認められない、西浦の式にも出られないんだ。不能だろうが何だろうが、これは当主の義務なんだからな。……ったく、こんな男が主だなんてこれから先が思いやられる」


 大げさにため息をつく。俺は仏頂面のまま、大叔父達が来るのを待った。

 加世と蓮子の二人を引き連れ、大叔父が笑顔で座敷にもどった。手ずから運んで来た箱を黒檀の台の上に置き、大叔父は慎重な手つきでその桐の箱の蓋を取った。うやうやしく中から取り出したものは、羽二重の袱紗に包まれた白木の鞘の懐剣だった。

 大叔父はまるで押し頂くように俺の前に懐剣を置くと、おごそかな表情で頭をたれた。そしておもむろに口を開く。


「今回からは貢生君、君が正統な持ち主となる。孝一郎君が亡くなった後、やむなくわしが後を引き継いだが、これでやっと肩の荷が降ろせたよ」


 心底ほっとしたような大叔父の言葉に、俺は無言で懐剣を手にした。今年のために作り変えられた匂うがごとき白木のつかに、くっきりと押された西浦の焼印。

 重い手ごたえを感じながらも、俺は静かに大叔父に伝えた。


「お役目、ご苦労様です」


 確かに仮の間とはいえ、大儀な役目だっただろう。おぞましい歴史があるだけに、定められた真の持ち主がこれを所有すること以上に、仮の持ち主としての体面や心痛は、想像を絶するものであったに違いない。──無論仮とはいえど、その役目にまつわる甘い汁は吸い放題だっただろうが。

 安堵に包まれた大叔父の目に、かすかに惜しむかのような影があるのを読み取って、俺はその唇を引き結んだ。

 今度は、俺の番だ。

 俺は脇の蓮子を見やった。感情の読めない表情をして、うつむき加減で収まっている。加世と二人で帰って来てから、まだ一度も口を聞いていない。


「蓮子。お前に預けておく」


 俺の唐突な提案に、蓮子は大きく目を見開いた。腰を浮かして大叔父が言う。


「いや、貢生君、それは……」

「いいのではないですか」


 冷ややかともとれる声音が、大叔父の狼狽をせき止めた。


「もともと儀式で当主に御神刀を渡すのは、一番近しい女性の役目。ちょうど良い機会です。これで、私も儀式のたびに家へ呼ばれずにすみます」


 あくまで冷静な加世の言葉。その表情は能面のようで、ただでさえ人形じみた顔立ちが余計に作り物のように思えた。

 公彦が小さくため息をついた。そしてつぶやく。


「孝一郎さんの後の当主は、仮の親父がやもめのまんまだったからな。嫁いだ加世がずっと役目を続けられるわけでもないし。まあ、ちょうどいい潮時なんじゃないか」

「お前らがそう言うんなら別だが……。しかし……」


 大叔父はさらに言いかけたが、加世の冷たい一睨みで苦しい語尾を濁してしまった。

 だが、自らが反対の言葉を止めておきながら、加世の眉根がわずかにゆがんだ。それは憤懣やるかたない思いがにじみ出ているようだった。


「私が持っていいのですか?」


 意味が理解出来ないままに改めて問う蓮子の言葉に、俺は黙って手の懐剣を蓮子の腕へと押しつけた。とまどいの表情を見せながらも蓮子はそれを受け取ると、丁寧に袱紗の中に包んで元の通りに箱に収めた。


「さて」


 どこか重苦しい雰囲気を払拭するように公彦が言った。


「用事がすんだら、オレはちょっとばかり出かけたいんだが。温泉まで野暮用があってね」

「お前はまた、こんな時に……」


 しかめ面をした大叔父が説教口調で言いかける。それをなだめて俺は言った。


「それでは、私達もこれで」

「おう、じゃ、またな」


 明るく答え、公彦が片目をつむって見せる。俺は苦笑いをして席を立ちかけた。──その時。


「貢生さん」


 ぴんと張り詰めた声の響きが俺達の動きを止めた。


「本当に、私がいなくても大丈夫ね?」


 俺は加世の顔を見た。仮面にも似たその表情に、どこか俺にすがるかのような影がかすめる。それを黙って読み取って、俺はゆっくりとうなずいた。


「ああ。大丈夫だ。必要ない」


 加世の表情に再びいつもの静けさがもどった。水面に現れた大きな波紋は、まるで何もなかったようにもとの静寂に帰っていた。


「それでは」


 黙り込んでいる蓮子をうながし、俺は改めてその場に立ち上がった。ふと大叔父が気づいたように言う。


「ああ、そうだ。貢生君、姉さんにもたまには顔を見せるように言ってくれないか。昔っから出不精だったが、最近はことにひどくなって……」


 最後にぐちるように言われて、俺は静かにうなずいた。


     *


 屋敷にもどると、午後の日差しがもっとも厳しい時刻になっていた。

 土壁の脇に立つ赤松の影から薄汚れた半纏に股引、手甲姿の堅三が現れた。この暑いさなかに松葉摘みをしていたらしく、詰めた赤松の深緑色の葉先が、庭のそこここに散らばっている。使い込まれた高枝ばさみを片手に軽く会釈すると、堅三は母屋の西を指差した。手ぬぐいで汗を拭きながら、はさみを松の根元に置く。


「ああ、わかった。行こう」


 俺がうなずくと堅三は首を振り、俺の後ろに立っていた蓮子の姿を指し示した。


「私……ですか?」


 蓮子が目を丸くする。堅三は大きくうなずいた。


「私に、何を……」


 とまどう蓮子に俺が答えた。


「まだお婆様に直接お会いしたことはないだろう。お前と話がしたいらしい。行くぞ」


 足を踏み出した俺の行く手を、堅三の無言の視線が阻んだ。堅三は何の行動も起こさず、ただ俺の顔を見ていた。

 俺は言った。


「わかってる。俺は部屋まで送るだけだ」


 堅三は静かにうなずいた。 

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