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その村には人魚が沈んでいる  作者: 小波
第二章 祭り
29/37

13.

 父親役は重々しい振り付けの舞を披露すると、守り神役に扇子を捧げた。村人達から歓声が沸き起こる。息子役は伏せたまま動かず、残りの二人が両手に榊の枝を持ち、息子役の背を撫で上げる。


「息子は守り神に喰われ、村に安寧な秩序が訪れた。父親は新しく妻を娶ってその子を自分の跡取とした。──それ以来村の大事の際は、当主は神に生贄を捧げて西浦の安泰を願うんだ。……言っただろう。祭りは今でも村の起源と同様に行われていて、うちの当主がつかさどると。今年は俺が役目を引き継ぐ大事な年だったんだ」


 俺は最後の禁忌を破った。

 村の人間以外の者に、村の掟を話してはならない。破った者がたどる運命は、この村の人間であるならば五歳の子供でも知っている。


「生贄は本家の血を引く者の中から選ばれる。だから、今まで本家の人間は村人達に敬われて来たんだ。本家の血筋が絶えてしまえば村の存続は望めない」


 大喝采の中で神楽は五人が合わせて舞い踊り、大団円を迎えようとしていた。俺は額の汗を拭った。喉が渇いて、声がかすれる。


「生贄はまず、赤ん坊から選ばれることになっている。情が移らないように、あらかじめ大事が決まっていると、赤ん坊は生まれてすぐにその年の当主に殺される。そして遺体が御神体へと改めて捧げられるんだ。──子供が生まれる予定がなければ、次の生贄は当主に遠く、もう子供の望めない者からと優先順位が決められている」

「それじゃ、姉さんの赤ちゃんは……!」


 愕然とした表情で、蓮子が唇だけでつぶやいた。

 俺は無力感にあえいだ。

 東野蓉子は俺の引継ぎのためだけに、生まれたばかりの赤ん坊を殺された。彼女は本当に子供が生まれるまで何も知らされてはいなかったのだ。

 そして、舞は終幕を迎えた。

 予定通りに大叔父が自分の席から立ち上がり、舞台から広場のやぐらへと向かった。再び大きな拍手が沸き起こる。大叔父は手を上げてそれに応えると、やぐらの前へと進み出た。

 すらりとした体躯の若い衆が二人、揃いの白装束で登場し、素早い動作でやぐらの前に白絹で覆った台を置く。大叔父は儀式の台に立ち、上に用意されていた二枝の榊を手に取った。細い紐で二枝をつなぐと、その中央に薄手の木綿で作られた四手を結びつける。

 若い衆がはしごを二つ、やぐらの両端に立てかけた。そして大叔父から榊を受け取り、さながら猿が木によじ登るように、身軽な動作でするするとはしごを登っていく。儀式の一番の見せ場になるため、人々は皆、息を飲んで二人の作業を見守った。二人はそれぞれやぐらに沿って立てられた棒に手を伸ばし、その先端にしっかりと榊の枝をくくりつける。


「これからやぐらに火をつける。榊の間に渡された四手が起こった風で高く浮けば、村は一年安泰だ。だが必ずそうなるように、棒の長さは慎重に調整されている。もしも間違って四手に火がつけば……」


 大叔父がたいまつを渡されて、やぐらの下部に火を着けた。

 人々がしんと静まり返る。小さかった火はやぐらに順調に燃え移り、頂上で垂れ下がっていた四手は風にあおられ、ゆっくりと天に向かって浮き上がる。

 次第にやぐらは音を上げ、轟々と燃え盛った。火のはぜる様子を息を飲みながら見守る村人達の姿に、俺は感慨を禁じえなかった。

 何も疑わず、このまま平穏な日々が続くものと信じる人々。ここにおいては村のしきたりそのものを変えようと考えた、俺の方が異端者だったのだ。

 木綿の四手は見事に空高く舞い上がった。人々から今までの間でもっとも大きな歓声が上がった。だが。

 次の瞬間、四手は炎の舌先に捕らえられてしまった。見る見るうちに燃え尽きる。

 紐がぷつりと二つに分かれ、なおも燃え上がる無残な様子に広場の人々はやぐらを指さし、口々に話し始めた。


「今年は村に……」

「儀式が知らせて……」


 次第に声高になるその話し声を、炎はあおるように燃え続ける。


「皆、静まれ!」


 その時やぐらの前に立ち、まるで成り行きを観察するように村人を見ていた大叔父が、得意の大声を張り上げた。


「静まれ。──皆、その目で見ただろう。村の行く末を占う四手は、村に異変が起こると示した。これは大変な出来事だ。慎重に審議せねばならん。だが、わしは儀式の示す異変に心当たりがある」


──そうか。


 俺は納得の息をついた。これは運命のいたずらなどではなく、俺の立場を悪くするために大叔父が仕組んだことだったのだ。

 大叔父の声が広場じゅうに響き、騒がしかった広場の中が水を打ったようにしんとなる。そこに朗々と言葉が続いた。


「今年は皆もかねがね待ち焦がれた、本家の当主が生まれる年だった。しかし儀式は災いを示した。……わしは今ここに告発する。新しい当主はこの村に災いをもたらす者だったのだ」


 互いに顔を見交わして、大叔父と舞台上の俺を村人たちが見比べる。その目が次第に険しいものへと明らかに塗り替わって行く。

 大叔父が声高に訴えた。


「ここにいる西浦貢生は、時期当主という立場にありながら、本日取り交わすはずだった契りの儀式を済ませる前に、花嫁に御神体の秘密を漏らした」


 広場を囲む人の波から大きなどよめきがわき起こった。大叔父の声がさらに熱を帯びた。


「あまつさえ、御神体を殺し奉って村を消し去ることを考えていた、とんでもない裏切り者だったのだ」


 さらなる衝撃、そして明らかな殺気さえ感じる鋭い視線。俺と蓮子は微動だにせず、ただことの行く末を見守った。

 大叔父は叫んだ。


「だがしかし西浦貢生は、本家直系の唯一の男子に当る。この者をただの裏切り者として簡単に処分することは、代々続いた本家の血筋をあたら途切れさせることになる。……よって、皆に提案する。この者を一度当主の座に据え、正式にわしに本家を引き継ぎ、新しく西浦の本家を開いて、この者を御神体への供物に捧げようと思う。──異存はないか」


 人々の異様な熱気に煽られ、歓声は今や最高潮に達した。


「用意の物を」


 大叔父は再び声高に言った。いつの間に打ち合わせを行ったのか、燃え上がるやぐらの前の白絹で覆った儀式の台に、若い衆の手で幾種類もの四手と榊が載せられる。


「さあ、儀式を。災いの起こる前に!」


 人々の沸きあがるような歓声。


「……手順も何もあったもんじゃないが、これが一番手っ取り早い方法でね。順序がどうのと蓮子ちゃんに口うるさく言わなくてもよかったな」


 背後から公彦の声がした。振り返るとその手に三方を捧げ持ち、上には鋭く光る御神刀が載せられている。


「さあ、蓮子ちゃん。君がこれをあそこまで持って行くんだ。儀式の際に御神刀を渡すのは、最も近しい女性の役目だ。二人で台の前まで進み、そこで貢生にこの御神刀を渡せばいい。後は貢生が知っている。──貢生、分かっているだろうが引継ぎの儀式が済み次第、すぐに当主の辞退を申し出るんだ。そして親父を次の当主に推薦しろ」


 にこやかな微笑み。だが公彦は蓮子がそれを受け取る際に、念を押すことを忘れなかった。


「刃物が手元にあるからといって、くれぐれもおかしなことを考えないように。切り札はまだこちらにあるんだぞ」

「……!」


 蓮子は立ち上がり、頭一つ分高い公彦の顔を睨みつけた。公彦はいつものようにおどけたしぐさで肩をすくめ、大叔父が通った道を指し示した。


「行くんだ。蓮子ちゃん、そして次期御当主様」


 俺はゆっくり椅子から立つと一歩前に進み出た。思ったように足が動かず、額から汗が流れ落ちる。その時、公彦に肩を叩かれた。


「鎮痛剤だ。武士の情けだ」


 手渡しで受け取った錠剤を、俺は躊躇なく飲み下した。

 俺達は舞台を降りた。人々のざわめきがひどく遠くに聞こえて来る。


「今のは本当に鎮痛剤なの?」


 隣の蓮子がつぶやいた。三方を捧げ持つ左手の白い包帯が目立つ。


「ああ」


 俺は渇いた喉を湿らすために、無理やり唾を飲み込んだ。


「今さら嘘をついて何になる。殺すつもりなら、とっくの昔に始末しているはずだ」

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