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残像
全てが赤かった。
男の怒号と女の絶叫、視界を切り裂いて落下する二つの影。──水音。
覚悟はしていたはずだった。だが、想像よりもその音は低く、不吉な響きを帯びていた。芯から突き上げる震えに襲われ、倒れ込むように膝を着く。抑えても抑えても歯の根が合わず、舌を噛み切る恐怖さえ覚える。
全てが赤かった。
身を引き絞るような静寂の後、圧倒的な力に阻まれた悲鳴が水面に響き渡った。あがくしぶき、声にならない声、おぞましい腐水の匂い、そして……。
込み上げるえずきに耐え切れなくなり、身を二つに折って胃の中のものを吐き出す。いや、まるで何かに引きずり出されるかのように、勝手に汚物が喉の奥から地面へと撒き散らされる。
──嫌だ──!
発作的な嫌悪が、びりびりとしびれるように全身を襲った。息も出来ず、かすむ両目から熱い涙をほとばしらせる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだ!!
その時。
背後で、がさ、と藪をかき分ける音がした。とびのいて振り向く。あたかも追いつめられた小動物のごとく。はねる鼓動、凍りついた視界。そこには。
……全てが赤かった。