夢
一人の女性がいた。
彼女はすらっとした体で、
長い髪をなびかせ、淡い黄色のワンピースを着ていた。
彼女は俺の正面に向かい、
両手でこちらの手を握っている。
繋いだ両手は離れないように、しっかりと繋がれ、
小さく踊るように舞い、彼女はこちらに笑いかけてきた。
周りの景色は夜だったが、キラキラした小さい光に
包まれ、まるで世界が祝福してくれているような
そんな風景が漂っていた。
「ねぇ、ユウくん・・・
私たち、ずっとずっとこのまま一緒にいれるかな?」
彼女は少し顔を赤らめて、こちらの気持ちを
確かめてきた。
「あぁ、ずっと一緒だ。
俺がお前を一番の幸せ者にするよ」
あえて、クサいセリフを吐いてみたが、
彼女の心には強く響いたみたいで、
下に俯き、小さな声で「嬉しい」といった。
俺が繋いだ手を強く握ると、
彼女も握り返してきた。
「えへへ、力強いね。
えいっ!えいっ!」
強く握り返してきているつもりだが、
こちらは、全く痛みを感じない。
女の子って本当にか弱い生き物だと思う。
「ふぇ?どうしたの?」
俺がパッと手を開くと、彼女は情けない声を上げ、
驚いた表情で、こちらを見上げてきた。
その直後、俺は両手を広げ、彼女を迎え入れた。
俺は、彼女がして欲しいことに気づき、
彼女は僕のしたいことに気が付いた。
彼女はすぐに俺の胸に飛び込み、
「うぅ~」と顔を埋め、左右に首を振った。
まるで子犬みたいだな・・・
そう思いながら、僕は彼女の背中を左手で支え、
空いた右手で、頭を撫でた。
「ユウくんの、体あったかい。
胸の音も聴こえるよー。
すごくドキドキしてる。」
彼女は照れ臭そうにそう言った。
「なぁ俺たち、このままずっと
一緒にいれるかな?」
そう言うと彼女はクスクスと
笑いながら
「それさっき、私が言ったのと
同じだよ!」
と言い、頬っぺを俺の体に押し付け、
つぶれた顔でこちらを見上げていた。
「ずっと、ずっとこのままが続けばいいね
ずっと、ずっと・・・」
彼女が少し真剣な顔をしてそう言うと、
すごく優しい気持ちになれた。
本当にずっと続けばいいな・・・。
しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
突然、後頭部に強い衝撃が起き、視界が暗くなった。
何か強い力で掴まれているようだ。
振り返ろうとするが、体が思うように動かない。
両手を振りまわり、力を振り払おうとするが、
衝撃は納まらず、頭部を左右に振られ
意識が飛んでいきそうになった。
「おい!、、、おい!!」
遠くから声が聞こえる。
図太く品がない、聞いたことのある声だった。
嫌な声だ。
先ほどまでの気持ちとは打って変わって
嫌悪感に心が蝕まれた。
「おい!!」
その声に、
気持ちを抑えることがができなくなった。
「やめろ!!」
ユウヤは声を荒げ、首を掴んでいるものを
払いのけた。
その瞬間、先ほどまでと体の感覚が打って変わり、
急に全身が冷え、胃のあたりが気持ち悪いように感じがした。
ユウヤがハッとした時には、時すでに遅しだった。
「吉田君、それは私のセリフじゃないのかな?」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
ユウヤは、更に血の気が引いていくのがわかった。
ゆっくり頭を上げ、振り返るとそこには、
晃部長の怒り狂った形相があった。
「昼前に、昼寝とは立派なものだ。
さぞかし今月の売り上げ、いや、今年度の売り上げも期待して
いいんだろうな。せっせと皆が仕事をしているというのに・・・
それなのに君と言ったらどうだ、こんな時間から!
あぁそうか、つまり君にはさぞかし素晴らしいプランが用意できているんだろうな。
非常に期待しているよ。なんせ君だけまだノルマ達成できて
いないんだからな!!」
晃部長の大きな声が、ユウヤの頭に響いた。
毎回、毎回ネチネチとよくも飽きもしないで、
説教ができるものだ。逆に、こんな体力があることに対して、
尊敬するよ、まったく。
「おい!聞いているのか!営業部にいないと思ったら、
どうしてわざわざ開発のフロアまで来て、居眠りしてるんだ!!」
「はい!申し訳ございません!
サンプルを取りに来て、説明を受けているうちに、
ついウトウトしてしまいまして・・・。
すぐに戻ります!!」
ユウヤが謝罪を述べるが、晃部長は容赦なかった。
「君にとっては難しい内容でも、みんなは容易にこなしてるんだ。
難しいことを意味なく難しいと考えてるからダメなんだ。
理屈で考えろ!」
「はい!失礼しました!」
晃部長は、フンッと鼻を鳴らし、
「さっさと戻ってこい」と言うとフロアから出て行った。
周りが小さく笑い、ヒソヒソ話をしている中、
ユウヤは急いでサンプルを手に取り、
顔を真っ赤にして、その場から立ち去った。
「ほんっとムカつくよな、晃のやつ!!」
ユウヤは昼休みの屋上で、声を荒げた。
「いや、ユウヤ、あれはどう考えてもお前が悪いぞ。」
笑いながら、ヨシキはそう言った。
「お前を幸せにしてやる、、、とか何とか言って、
私もさすがに震えたわ、おえー、気持ち悪いー。」
そう言って、ミサもケタケタと笑った。
「お、俺、そんなこと言ってたのか!?」
ユウヤが焦って聞くと、
二人は顔を見合わせ、更に噴き出して大笑いした。
「言ってたよ、部長が近付いて、皆がドキドキしながら
息を潜めてるときに、、、ずっと一緒だ!的なこと言うんだもん!
あれは衝撃、天才だったわ!部長がまるで疫病神にでも
憑りつかれたー!みたいな顔してるんだもん、今年一番笑ったわ!!」
ミサがそう言い大笑いしていると、
ヨシキが少し真剣な顔つきになり
「まぁミサ、あまり言いすぎるな。
部長の怒りは十分わかる。売り上げのことだけを
言ってるんじゃないんだ。その姿勢が見られているんだ。
モノが売れないってのは、自分だけじゃなく、
内容や需要に原因があるってこともある。
ただ、その姿勢をきちんとしていないと、
良いタイミングが訪れないんだ。だから、お前の・・・」
「わかってるって、そんなこと。」
ユウヤはヨシキの話を遮った。
「わかってるんだけどな、なんだかなぁ・・・」
正直仕事なんてどうでもよかった。
ヨシキやミサとは昔からの腐れ縁で、ずっと一緒にいた。
3人そろって同じ大学卒業し、2人は開発者として会社に入社。
俺は別の会社に入ったが、上手く馴染めず、すぐに辞めた。
その後、しばらくの間フラフラとしていたが、
ついに親の堪忍袋が切れ、家を追い出された。
そんな時に、ミサがアパートを探してくれ、
ヨシキは、自分の会社に頼み込んで、
営業ならと仕事を見つけてきてくれた。
「ほんとさ、2人にはすごく感謝してるよ。
でも俺、こんなだからさ、仕事も上手くいかないし、
家にいても1人だし。なんかさ、感情がなくなっちゃうというか」
ユウヤは力のなく空笑いすると、ヨシキがタバコに火をつけ、
思い切り吸い込み、上に向かって吐き出した。
煙は、空に広がり、すぐに消えていった。
「ちょっと、ヨシキ、、、禁煙」
ミサがそう注意すると、
小さく、「ごめん」と言ってタバコの火を消した。
3月も末に差し掛かり、ユウヤも仕事を始めて2年になる。
ユウヤなりに頑張っているつもりはある。
しかし、結果が残っていないことに焦りを感じていた。
3人の勤める株式会社アイセルは、国内最大の医療機器メーカーで、
病院内の治療機器や検査機器などの高度医療機器から、
院内の管理システムの設計まで、ハードからソフトまで携わっている会社だ。
そんな中、3人は30人程度のチームで、細胞系に分類されるフロアで
仕事をしている。
「第一、売れるもんかね、こんなカプセル、胡散くせー。」
ユウヤのその一言で、ヨシキに火がついた。
「おいおい、わかってないな。これは体に不要な細胞を分解して、
病気の治療、延命にも繋がる代物だぞ。」
開発者としての尊厳からか、ヨシキは力説しようとしたが、
「国に認知されてないんだから、俺にはダイエット食品にしか見えないけどな。」
というユウヤの言葉に、ヨシキは虚しく頭を抱えて溜息をついた。
「二人とも止めなさいって。もう13時になるよ。」
ヨシキが言い返す前にミサがそう言い、
時計を確認すると、もうそろそろ昼休憩が終わる頃合いだった。
ユウヤは気怠そうに立ち上がり、屋上からの景色を眺めた。
あの小さく見える1人1人に、それぞれの人生があり、生活をしている。
無限にも見えるその数に、意味があり、一つの社会となっている。
まるで細胞が集まり、一つの物体になるように。
自分もその細胞だと感じる度に、ユウヤは嫌悪感に包まれてしまう。
些細なことを比べ合い、競争し、成長を重ねることに、何かの意味があるのだろうか。
ユウヤは自分が見ていた夢のことなど、もう忘れ、
社会の歯車が回っているのを見つめていた。