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コンコン。「メアリー様、宜しいですか?」「勿論」「では失礼して」ガチャッ。
露出度ほぼ絶無のメイド服(常々苦情は出しているが、一向に買い替える気配は無い)を纏った元店主は、私達へ向かい優雅に一礼。そうしてから前方の車椅子を押し、乗せた人物ごと静々と室内へ。
「いい加減にしろ、女!これは立派な誘拐だぞ!!」
「何だいランファ、この強面ハゲ野郎は。お前には稀少ウイルスの採取を頼んでおいた筈だが……若しや」
「期待に添えなくて申し訳ありませんが、御想像の薄い本展開は外れです」
「残念至極。だったら彼氏か?フン、よく見りゃ意外とイケメンじゃないか」
年の頃は二十代後半から三十代前半。鏡の代用品として充分なツルツル頭に、彫りの深い面構え。険しい表情を緩め、髪を多少伸ばせば中々にモテるだろう。
(ふむ。肉体労働者だが、にしてはバランスの良い引き締まり方だ。私生活でも日常的に鍛えていると見た)
ロープで強制的に車椅子へと縫い付けられたハゲは、私とランファを交互に睨み付ける。眼差しに宿る憎悪は一朝一夕の物ではなく、彼の半生の苦難を雄弁に語っていた。
「それも不正解です。そもそもタイプじゃありません」
「ふーん。なら何故、こんなおっかないハゲを土産に?」
「好きで剃っている訳ではない!」
歯を食い縛り叫ぶ様は、宛ら臨戦体勢の狼だ。先見の明のある相方で助かった。非拘束状態では、女二人(+乳児)には到底抑え切れない所だ。
「今朝採取に行った建設会社で、彼だけ採血させてくれなかったんです。同僚の方に聞き込みを行った所、健康診断も一度として受けていないそうで」
ぐっ!会心の笑顔で親指を突き出す。
「これは怪しいと思い、クロロフォルムを不意打ちで嗅がせ連行した次第です。さあ、観念して下さい!」
「チッ……やれる物ならやってみろ。どうせ無駄だろうがな」
顰めた顔を背け、ヤケクソ気味に許可を出す男。
「了解だ。ランファ、こいつのプロフィールは?」
「どうぞ」
渡された履歴書のコピーに目を通し、面接官さながらに尋問を開始する。
「コンラッド・ベイトソン、か。中々良い名だな。御両親はさぞや考えて付けられたに違いない」
「……どうだかな」
一層鋭い舌打ち。成程、親子仲は悪い、と。
「現在の会社に勤めて三年、前職も工事現場か。余程体力に自信があるんだな。因みに、以前の所を辞めた理由を訊いても?」
「何だっていいだろう。プライバシーの侵害だ、この犯罪者共め」
「そう頑なにされるとますます怪しいな。こっちは善意で病気に罹ってないか検査してやろうと言ってるんだ。有り難く思え」
そう口にした瞬間、男の態度が若干変化した。片眉を上げ、そんな事を調べてどうするつもりだ?不審げな質問に、私に先んじてメイドが口を開く。
「くれぐれも他言無用でお願いします。―――実は私達、医学界では未発表の超致死性細菌、“スカーレット・ロンド”を治療出来るウイルスを探しているんです。そこにいらっしゃるキュー様の将来のために」
「うー?」
話題に上った本人が肩越しに顔を出し、てかてか頭に手を伸ばそうとする。
「こんな幼子が、か……?そうか……事情は分かった。だがそれなら、尚更私では力になれない」
肩を落とし、尚も拒絶の態度。私はそんな奴に頗る素敵な微笑みをくれてながら、後ろ手でワゴンの注射器を掴む。
「そんな事は無いさ。ランファ」
「はい」
助手が手早く袖を捲り、消毒薬を浸したガーゼで肘の内側を拭う。助産師修行の成果か、すっかり手慣れた物だ。
「おい、止めろ!?」
ガタガタガタッ!必死に抵抗するも、当然手首のロープは些かも緩まない。グッジョブ、流石は我が家のメイドだ。
「けっけっけ」
ブスリ、ちゅー……注射器内に吸い上げられる、見慣れた深紅の液体。
「悪役みたいな笑い方しないで下さい。大丈夫ですか、コンラッドさん?」
今にも気絶寸前の背を優しく叩き、声を掛ける。
「そんなに注射がお嫌だったんですか?お詫びに後でスコーンと紅茶を御馳走しますから、あと少しだけ堪えて下さい」
「だらしない野郎だな。この程度の痛み、キューだって普通に我慢出来るぞ」
「………」
「おい。まさか、チビってんじゃないだろうな?その車椅子はうちの備品だぞ。クリーニング代を」
「し……心配無い。少し、気が遠くなっただけだ……」
溜息。
「早く針を抜いてくれ……尤も『これ』を見ればそんな気、失せるに違いないがな……」
「何勿体振ってやがる、禿筋肉達磨の分際で」
「だからこれは剃っているだけだと」
だが望み通り注射針を引き抜いた、次の瞬間。何故奴がこうも強固に拒否していたのか、まざまざと立ち現れたその理由に、私達は驚きを隠せなかった。