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 どうやら世間と言う奴は、私の想像以上に末期老人の処理で困っていたらしい。


―――久し振りだな、メアリー。相変わらず物騒をやっているようで何よりだ。


 旧友の経営する裏組織、“シルバーフォックス”。略して“銀狐”を通じ、コンラッドは律儀に週二で被験者を運んで来た。奴の弁に因れば、介護施設から幾許か非合法な謝礼も出るため、普通の人身売買よりかなり安く付くらしい。

(ケッ……腐ってやがるな、世の中も私も……)

 人体実験解禁令に、意外にもメイドと“金”は何の反論もしなかった。裏で子供達が直訴したのか、それとも―――とうとう来るべき時が来た、とでも思っているのか。

(にしても、問題はあいつ等だな……)

 助手志願の四人は実験を重ねる毎、それぞれにめきめきと頭角を現していた。

 桜には事前投与の抗生物質と毒薬、それに解剖器具の準備を一任していた。研究室内の薬品を僅か一週間で暗記した才女だ。しかも既に被験者の体重に見合い、精確無比な処方まで行いやがる。

 被験者の運搬作業はアダムの仕事だ。コンラッドや私に手伝われながらだが、十に満たない奴は気概と体力、何より娘への並々ならぬ愛情でこの重労働をこなしていた。

 本人のたっての希望で、肝心要の“赤”の投与はジョシュアに任せた。眉一つ動かさず猛毒を注射する様は、正に死神の名に相応しい。

(しかし、あれもつくづく謎な奴だ) 

 奴が時折アドバイスと称し実践する切開方は、明らかに正規医術のそれではない。寧ろ純粋な最適解、人体の『切断』を追求した物だ。釈然とはしないが実に参考になる。思わず張り倒したくなる程に。


「ケッ……あぁ、くそっ!」


 “紫”の助言のせいばかりではない。キューのメス捌きは、傍目にも常軌を逸していた。

 娘の右手が閃く度、恰も自ら開いたかのように体内への道を現す皮膚。ほんの少量の出血で分離し、掠り傷一つ無い臓器。いっそ芸術的ですらある神業に、思い出すだけで寒気が止まらなかった。

 そして貪欲な彼女は、解剖時間以外にも私の知識と技術を吸収し続けている。先輩であるメイドを遥か越え、今やすっかり一番助手だ。

(だが、そろそろ潮時だ。いい加減切り出さないとな……)

 当初立てた仮説通りだ。数撃てば当たるとの投与も、決して抗体を生成し得なかった。そろそろ別なアプローチを模索するタイミングだ。餓鬼共の情操教育的な意味でも。

 我が実妹、ルーシーが『ホーム』を訪れたのは、渋々その提案が可決された翌日の事だった。




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