29
「では、次は私が。構わないかな?」
「どうぞ」
「いいなあ、皆ぽんぽん話せて」
如何にも残念そうな姫君に一礼し、忠臣が口を開く。
「尤もこれは実体験ではなく、私の師から聞いた話なのだが」
「お師匠様?へえ、初耳です」
と言うより、彼が過去を語る事自体が珍しい。
私の指摘に、そうだね、語り部は蟠り無く肯定。
「彼の世話になったのは、私がまだ子供の頃だったからね。まぁ、その話はまた今度にしよう。とにかく彼の生家には、代々一族に伝わる人形があって」
「ははあ、読めたぞ。大方髪が伸びるとか、寝ている間に金縛りに遭う類だろ?ハッ!そんな子供騙し、誰が怖がるかっての」
強がる少年に苦笑し、“金”は続ける。
「人形は厳重に、魔除けの札が貼られた桐箱に保管されていた。が、ある日押入れで遊んでいた男の子が、偶々札を剥がしてしまったんだ」
「封じの札って、また定番な……」
呟きの大部分を占める純粋な好奇心。この気弱な女の子にオカルト耐性があるなんて、実に意外だ。元々植物の声が聞こえるし、超常現象には慣れっこなのかしら?
「―――翌朝。変わり果てた姿と化した少年は、押入れの布団の間から発見された。彼の五つの首には、荒縄で縛られたような痕。それも余程強い力で引っ張られたのだろうね。首が千切れた胴体は、生前より縦横共五十センチも伸びていたそうだよ」
「へ、へえ……」
リアルにその血塗れ死体を想像したらしい。ランプの灯に照らされたアダムの顔色は、又もや真っ青だ。
「慌てて家族が件の桐箱を調べてみると、予想通り。人形の口端からは、一筋の赤い物が伝っていた。まるで今し方まで血を啜っていたかのように……ね」
コホン。
「その人形、元の持ち主も夭逝だったらしい。納屋で遊んでいる最中、運悪く農作業用の縄が身体中に絡まって―――それは恐ろしい死相だったそうだ」
「ば、馬鹿馬鹿しい……所詮は伝聞の又伝聞じゃないか。その師匠とやらだって、手前で直接死体を見た訳じゃないんだろ」
震える歯牙を悟られないよう、わざと寝返りを打つ。
「どうせ大人共の吐いた、悪戯防止用の嘘に決まっている」
「確かにね。でもだからと言って、呪いが存在しないとは言い切れないだろう?」
溜息。
「ひょっとするとこの宇宙には、怨みを具現化するウイルスが蔓延しているのかもしれないよ」
「そいつは面白い仮説だな、コンラッド。だが私としては、素直に幽霊がいた方が面白いぞ。あと魔界とか、名状し難き外宇宙とかな。ロマンが満載だ」
はっはっは!
「非科学的だ。俺は実体のある物しか信じない」
「じゃあ現実主義者のアダム向けに、今度は僕が実際遭遇した怪物の話をしてあげよう」
あら、次はジョシュアね。未だに謎が多いけど、心霊現象にも遭遇済みなんて本当に不思議な子だわ。
「えっと、二十年位前かな。地元新聞にも載った話だから、確認したければ御自由にどうぞ」
「話自体よりお前の方が余程ホラーな気がするのは、俺の気のせいか?」
「当たり前じゃないか」
あっさり否定し、本題に入る“紫”。
「事件当時、僕は墓守のおじさんと暮らしていたんだ。家は墓地の手前、当然滅多に人なんて通らないトコ。―――何で住処にしたかって?別に深い意味は無いよ。強いて言うなら近所付き合いの希薄さだね。僕みたいな可愛らしい居候は、目立っちゃ色々と都合が悪いのさ」
えへへ。本人はわざとらしいと思っているだろうが、私には充分無邪気な笑みに見えた。
「最初の一週間は、一晩に二、三個の墓が掘り返される程度だったんだ。でも週を重ねるにつれ被害は倍数的に増え、哀れおじさんの仕事はドンドン増えていった。ま、僕にまで作業が回ってこなかったから別にいいけどね」
「ケッ、万年只飯食らいのくせに」
「夢を配り歩いていると言ってよ。ところが税金泥棒共が幾ら調べても、棺や死体に異常は一切無し。愉快犯にしては悪質だよね」
「桜ちゃん、税金泥棒って誰?」
「多分警察官の事だと思うよ」
ひそひそ。
「仮に心霊現象と人為的原因を除くと、残る可能性としては近所の犬が遊んでいたとか?」
コンラッドさんの仮説を、馬鹿言え、専門家がバッサリ。
「腐肉と蛆虫塗れの土なんざ、鼻の利くあいつ等が好き好んで触るかよ」
「ふむ、それもそうだね。しかしだとすると、犯人の意図が皆目分からないな」
一同が首を捻る中、そろそろ……と一本の腕が挙げられた。




