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「おう、やっと来たか餓鬼共!待ち草臥れたぞこっちは!!」


 特殊加工の施された、血染めの白衣。その異様な衣装を纏うメアリーの第一声に、最初に反応したのは“蒼”だ。

「んな事知るか。おい、あんたがここの主だな?」

 顎で隣に立つ私を示す。

「こいつに頼まれて仕方なく来てやったが、俺はお前等と慣れ合うつもりは無い。三ヶ月経ったら山へ戻る、こいつと一緒にな」

「グルルル」

「ほう、そいつが例の脱走したライオンか。さっき警察から電話があったぞ。見かけたら近寄らず、速やかに通報しろだとさ。はっはっは」

 笑いながらのらりくらりと近付き、よーしよし、躊躇無く頭を撫でる。

「ふむ、イメージより肉付きが良いな。ハンバーグにしたらさぞや美味そうだ」

 ぷにぷに。

「特にこの肉球の辺りが」

「おい!?」

「アダム、大丈夫。メアリー様のいつもの冗談ですよ」ランファはそう弁解後、一拍置き、「冗談、ですよね?」かなり不安そうに問うた。

「ジョークの基準がおかしいだろ……チッ、とにかく手を離せ。折角助けたのに挽肉にされてたまるか」

「はいはい」

 あっさり手を離し、続いて私へ視線を向ける。

「それで、随分派手にやらかしたらしいなコンラッド。奴等、今夜にも乗り込んで来そうな口振りだったぞ」

「だろうね。しかし人を煙に巻くのは得意だろう、メアリー?」

 苦笑。

「一つ宜しく頼むよ」

「ああ、泥の大舟に乗ったつもりでいろ。はっはっは!」

 それでは些か困るのだが。しかし天才の彼女の事だ。何だかんだ言って巧くやってくれるだろう。

 横一列に子供達を長テーブルへ着席させ、私はジョシュアの向かいへ。最奥に女主人が座り直した瞬間、ドタドタドタッ!キッチンの方から耳慣れた、賑やかで軽い足音が聞こえてきた。


「まあ、キュー様!?私が準備しますってば!!」「いいのいいの!あ、もう皆来てたんだね!!」


 ドンッ!テーブル中央に置かれる、スコーンが山と乗ったバスケット。主食を運んで来たキューは新しい家族達に向き直り、レディらしく優雅に一礼した。 

「初めまして、三人共!私はママの一人娘のキュクロス・レイテッド。今日から宜しくね!」

 挨拶するなり手前に座るアダム、の背後に控えていたクローディアを発見してピョン!大きくジャンプ。

「まあ、凄く大きい猫ちゃん!この子もキャリアなの?」

「俺の友人のクローディアだ。ついでに言えば猫じゃなくてライオン」

 溜息。

「お前か、スカーレット何とか言う難病の娘ってのは。何だ、全然元気そうじゃねえか」

「ママと違ってまだ発症してないからね、アダム君。でも」

 差し伸べかけた自分の右手を、左手で以って包み隠す。

「私の血に触れたら最後、九十九パーセント以上即死しちゃうの。だから皆、充分注意してね。大切な家族が死ぬのは嫌だもの……」

 沈鬱な表情の異性に、さしもの人間嫌いも若干心を痛めたようだ。顔を伏せ、分かった、分かったからそう暗い顔するな、慰めを囁く。

「あと、俺の事は呼び捨てでいい。別に学校や施設じゃねえんだしな」

 二人の会話の間に、メイドがクロテッドクリームと苺ジャム、マーマレードを持って来た。耳を澄ませば微かにシュー……、キッチンの薬缶の音も聞こえる。ティータイムの準備は完了間近だ。

「俺はもういいだろ。こいつ等にも挨拶してやれよ」

「あ、そうだった!」

 パンッ!手を打つと同時に笑顔を取り戻し、早速隣席の少女へ向き直る。

「あなたが桜ちゃんね。女の子同士仲良くしようね!」

「あ、はい……こちらこそ宜しくね、キュー。その、色々迷惑掛けるとは思うけど……」

「別にいいってそんなの!そうだ。部屋に皆の荷物を置いたら、早速『ホーム』探検ツアーを開催しようと思うんだけど。いい、ジョシュア?」

「僕は構わないよ、姫君」

「私も参加するわ。薔薇園や花壇の皆には、今日中に挨拶して来るつもりだったし」

「ふふ、二名様御案内だね。アダムは?」

「……クローディアの寝床を作って、時間が余ってたらな」

「グルル」

 窘められたのか、舌打ちで返す少年。そうだ、ジョシュアが手を叩く。

「Dr。近い内に僕等のウイルスの解析結果を教えてよ。実験したいなら協力もするし、ね?」

「あ、私もお願いします」

 おずおずと手を挙げる桜。

「今まで当然のように使っていたけれど、この機会にちゃんと勉強しておきたいです。そうすればさっきみたいな時も、もっと役に立てるかも……」

「ケッ、物好きな連中だな。―――ああ、俺は別にどっちでも構わんぞ。話せない動物位は知っときたいが、今の所特段困ってもいないしな」

 三者三様の返答に、おう、だったら早速明日にでも個別面談と行こうじゃないか、主は満面の笑みで答えた。

「お待たせしました」

「手伝うよ、ランファ」

 メイドと協力で紅茶を配り終えたキューはようやく定位置、メアリーと直角に位置する席に着いた。湯気の立つカップを掴み、さて、メアリーは珍しく真剣な顔で前口上を開始する。

「取り敢えずお前達、遠路はるばる御苦労だったな。着いて早々トラブルもあったようだが、それもいっそこの場に相応しい肴だ」

「えっ?トラブルって何、ママ?」

「私なんかより当事者共に喋ってもらえ。ランチ兼ティータイムは始まったばかりなんだからな」

「ああ、それもそうね!ふふ」

 屈託無く笑う娘を尻目に、メアリーはカップを頭上に掲げた。


「ま、ここはお前等が嫌う外の世界じゃないんだ。自分の家だと思って気楽にしろ―――とまあこんな所か。じゃあ、まずは腹ごしらえだ」

 ニヤァ。

「先に忠告しておいてやるが、もたもたしてると私が全部平らげちまうぞ。弱肉強食がこの『ホーム』の掟だ。よーく肝に銘じておけ、餓鬼共!!」


 宣言と同時に左手を閃かせ、頂のスコーンを鷲掴む。ノリに付いていけない少年約一名を除き、遅れて私達も一斉に腕を伸ばした。




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