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「全く、この度し難い阿呆め」「あぁ?」「お前の事に決まってるだろ、この野性児!」
後部座席の窓から上半身を乗り出し、トランクへ人差し指を突き付けるジョシュア。その様子をサイドミラー越しに眺めながら、私はゆったりとハンドルを回した。
「転居初日からあんな大騒ぎを起こすなんて、同居人として先が思いやられるよ。聞いてるかい、このドーブツ人間!?」
「誰も助けてくれなんて言ってねえだろ!?ああいいさ!俺達はここで降りる!!」
「だ、駄目よアダム……!せめて車が停まってからでないと危ないわ」
私の真後ろ、ジョシュアの隣に座った桜が恐る恐る注意する。
「ところでアダム、無学でごめんなさい。その子、一体何の動物なの?」
「雌ライオンだ」ジャラッ。「名前はクローディア」
「ら、ライオン!!?」
ぶるぶる。バックミラー越しに震え上がる少女に、“コバルト・マスター(蒼の王)”感染者は溜息を吐く。
「心配するな。余程空腹ならともかく、お前等みたいな不味そうな餓鬼を襲いやしないさ」
「そう、なの……だったら安心ね。でも、どうして船から連れ出したの?動物園とかに運ばれる途中だったんじゃ」
「水も食事もほぼ無い、身動ぎすらロクに出来ない狭い檻でか?ハッ!大方金ばかり余った道楽者さ。飽きたら躊躇いも無く殺処分するに決まってる。だから助けたのさ」
些か主観の激しい主張だが、他ならぬクローディア本人(?)が同意の上で貨物室を出たのだ。仮令言葉が通じようと、好もしい旅行なら提案になど乗らないだろう。
返答を聞き、桜は安堵した様子で息を吐く。
「そうだったの。ふふ、最後の一人があなたみたいな優しい人で嬉しいわ。これから宜しくね、アダム。クローディアも」
「グルルル!」
「きゃっ!?わ、私、何か気に障る事言ったかしら?」
「こちらこそ可愛いお嬢さん、だってよ。―――けどいいのか、オッサン。向こうに彼女を休ませられる場所は」
「問題無いよ。丁度使っていない小屋が一つある」
一時期はガーデニング用具を置いていたが、それらは現在より使い勝手の良い裏口付近に纏められている。生憎大型動物の飼育には詳しくないが、藁なり毛布を敷けば当座の寝床にはなるだろう。
「って言うかあいつ等、今頃血眼で捜し回ってるんじゃない?やれやれ、どうやって誤魔化すつもりだよ……」
ジョシュアがぼやく内に、長かった坂も終着地点だ。『ホーム』の黒金の門は開け放たれ、新たな家族達を歓迎していた。
「わあ!」
「へー、想像してたよりは立派だね」
「森と、向こうには河か。これなら動物達も住んでいそうだな」
「ゴロゴロゴロ」
それぞれの感想を述べる彼等を微笑ましく思いつつ、車ごと門を潜る。途端、桜が可愛らしい悲鳴を上げた。
「あれがランファさんの薔薇園ですね、小父様!?うわぁ、もうドキドキしてきました」
「ははっ。そこまで喜んでもらえると、彼女も庭師冥利に尽きるよ」
「おい、オッサン。あそこがさっき言ってた小屋か?」
トランクから指差すアダムへ、ああ!大声で返事をする。
「後で一緒に掃除しよう。それと三人共、必要な物があれば私かランファに言っておくれ」
「了解。って言っても、僕は当分何も要らないけどね」
相談の間に、無事玄関前へ到着。サイドブレーキを引き、エンジンを停止させる。次の瞬間、待ってましたとばかりにドアからメイドが現れた。
「おかえりなさい、コンラッドさん!あら?トランクが必要な程沢山荷物があるんですか?」
「ふふ、回り込んでみれば分かるよ」
シートベルトを外していると、きゃっ!?予想通り聞こえる悲鳴。早速見に行くと、ランファはやや腰が引けつつも、果敢に雌ライオンと挨拶を交わしていた。
「全く、予想外過ぎる大荷物ですね!ああ、今年一番驚きましたよ!!」
そう言って肉球から手を外した彼女は、早速仕事を開始。
「皆様、ようこそ『ホーム』へ!朝早くの長旅で疲れたでしょう。荷物をお運びしますね」
言うなり三人の旅行鞄を掴み、よいしょっと両肩に担ぐ。突然のサービスに固まる男子二人の横で、気を遣わせて済みません、唯一の女子が謝った。
「いいえ、桜ちゃん。今日から私達は家族なんです。だからこれ位は当然の事ですよ」
「あ、はい。でも」
「そう畏まらないで下さい。それに余り気弱だと、キュー様はともかくメアリー様に要らぬちょっかいを掛けられてしまいますよ。あの方の話は適当に聞き流す事、いいですね?」
「は、はい!」
「良い返事です。―――では、こちらへどうぞ。お二人が首を長くしてお待ちです」
そう促したメイドは荷物を抱え、各々の想いを抱く子供達を家屋へと招き入れた。




