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そうして諸々手続きを終え、待ちに待った当日。
早朝迎えに行った桜と手を繋ぎ、“衛星二十四番”唯一の船着場に降り立つ。職員から餞別にと貰った旅行鞄を前側に持ち、少女はキョロキョロしつつ改札を潜る。
「この星、そんなに開発が進んでいないですね。ここからでも草花達のお喋りが聞こえてきます」
ふふっ。
「良かった。これなら私でも上手くやっていけそう」
「なら一安心だ。さ、取り敢えず座ろうか。後の二人を待って出発だ」
「はい」
ところが売店の前のベンチには、既に先客の姿が。下ろしたてのシャツとズボンを身に纏い、ジョシュアはニッコリこちらを振り返る。
「あ、二人共。待ち草臥れて予定より早く来ちゃった、えへへ☆」
「おはよう、ジョシュア。桜、彼がさっき言ってた目の子だ」
「は、初めまして……木咲 桜です」
「僕はジョシュア」挨拶代わりにスッ、と彼女の目を覗き込み、「宜しくね、引っ込み思案の植物使いさん」
「えっ?あ、もしかして……今ので読まれちゃった?」
もじもじ。今にも消え入りそうな程身を縮め、頭を下げる。
「あの、取り敢えずごめんなさい」
「あはは、変なお姉さん!」
軽く笑い飛ばした彼は、続いて私を見上げる。
「そう睨まないでよ、おじさん。こっちはずっとこうやって情報収集しながら生きてきたんだ。長年の癖を矯正するのが簡単じゃない事位、理解してよね」
「しかし」
「小父様、私は別に気にしていませんから……大体、見られて困る記憶なんて無いし……あ、だからって無断で変えたりしないでね。怖いから」
「(諸手を挙げ)何かフツーに受け入れられてて、却ってこっちが吃驚だよ。まぁいいや」
少年は肩を竦め、田舎にしては充実した売店を指差す。
「婆さんから餞別に沢山お小遣い貰ったんだ。三人目、まだ半時間は来ないんでしょ?奢るから何でも好きなの頼みなよ、桜」
「えっ!?」
急に名指しされ、ビクッ!
「どうせその孤児院じゃロクな物出なかったんでしょ?ほらほら、おいで。一緒に選んであげるからさ」
「う、うん……」
数分後。仲良く並んでソフトクリームを舐める二人の横で、私も温かいカップコーヒーを啜る。
(面倒見が良いとは意外だな)
指摘すれば本人は怒るだろうが、桜に対する態度は兄のそれに似ていた。勿論演技の可能性はある。それでも、
(……さて。後はアダムが来てくれるかどうかだな)
老職員や動物達に念押ししたものの、何せ彼は根っからの人間嫌いだ。本来ならば直接迎えに行きたかったのだが、か弱い女の子を一人で来させる気かー!と主人一同から猛反対され、敢え無く断念した。
(まあ、彼は頭が良い上に字も読める。乗り継ぎさえ間違えなければ問題無いだろう)
念のための連絡先として、自分の携帯電話の番号も渡してある。掛けて来てくれるかは別問題だが。
「ところで『ホーム』、だっけ。ここから大分離れているらしいけど、どうやって行くの?」
踵をトントンさせつつ、女の子もいるんだし、沢山歩かされるのは御免だよ、わざとらしく唇を尖らせる。
「大丈夫、船着場の外に車を用意してある。私が三人の荷物を担いで散歩がてら行くのもいいが、道中は殆ど坂だからね」
「ああ、なら良かった。今日は晴天ですし、あの写真通りの澄んだ河が見られそうですね」
「なーに、写真って?―――えー、僕の時はそんなの見せてくれなかったよ!サービスがなってないなぁ、おじさん」
「ベッドと温かい食事さえあれば興味無い。君が自分でそう言ったんじゃないか」
「丘の上の素敵な別荘なのよ、ジョシュア。でも、私や動物とお話するアダムはともかく、あなたには静か過ぎて退屈かも」
「構わないよ。どうせ力は使えないんだし、偶には悪くない」
ぺろぺろ、ちろちろ、ずずっ。次の便を待つ乗客がちらほらと待合室に現れる中、私達は雑談をして時間を潰す。
「ふん、まあまあだね。昔牧場で食べた奴とは比べ物にならないけど」
「そうなの?」
「まずミルクの濃厚さが違うよ」ガリッ!「砂糖だって、こんな馬鹿みたいに入ってなかったし」
パンパンッ!盛大な音と仕草で欠片を払う。一方の桜はあくまで控えめに、持参のハンカチで指に付いた汚れを拭った。
「そこにも住んでいたの?」
「十日程ね。アイスやヨーグルトが食べ放題なのはいいけど、毎朝暗い内から牛の世話に叩き起こされて散々だったよ。僕元々朝弱いし、力仕事なんてもっての他さ」
「でも面白そう。他にはどんなお家へ……そうだ、折角だから続きは『ホーム』で聞かせて。私よりずっと良い聞き手がいるから」
「ああ、例の病弱なプリンセスか。下手に希望なんて見せても残酷だと思うけど……まあ気が向いたら、ね」
どうやら私は少々、この子等を過少評価していたようだ。そして恐らくは、未だ合流していない最後の一人も。
紙カップを屑入れへ放り込んだ直後、待合室に響き渡る定期船到着のアナウンス。自然、私達は一斉に改札の方へと視線をやった。
「この便ですか?」
「乗り遅れていなければその筈だ。少し待ってみよう」
さて、アダムは無事やって来られただろうか―――そんな期待と不安は、果たして二分後。人ならざる低い唸りと複数の足音、大人達の怒号に因って掻き消された。




