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そして、迎えた翌月。約束通りグッドニュースを手に、私は再度“衛星三番”へ降り立った。
―――おじさん、桜ちゃんにこのスコーン渡して来て!途中で食べちゃメッだからね!!
―――ふふ、キュー様ってば。
―――おい、チョビ髭。くれぐれも純情可憐美少女の機嫌を損ねんようにするんだぞ。縁談を断られたら手前、今夜は晩飯抜きだからな。
出掛けの家族達の台詞を思い出し、誰も付近にいないのを確認して苦笑。つくづく愉快な人々だ。あの雰囲気なら恐らく桜も、そしてアダムやジョシュアもすぐに馴染めるだろう。
「おや」
先月のベンチに座るのは、又もやあの女性だ。今日は幾分唇に紅が戻っていたが、それでも未だ顔色は悪かった。
「失礼。またお会いしましたね」
「あなたは……ああ、この間の。あの後、桜には会えましたか?」
「はい、あなたの推薦のお陰で無事。それで本日は彼女へ、正式な養子縁組の話をさせて頂きに来ました。尤も、こちらにも色々と準備がありますので、あの子にはもう少しだけ待ってもらわないといけませんが」
「そう、ですか……」
太腿に頭が着く程深く礼。
「―――ありがとうございます。どうか、あの子を宜しくお願い致します。心無い両親や私の分まで……大切にしてやって下さい」「本当に……宜しいのですか?」
関係性は不明なものの、遠巻きとは言え足繁く通う程桜を案じているのだ。そんな彼女を差し置き、勝手に縁組を進めていいものだろうか。
「構いません。私には桜を引き取る権利も、まして育てる資格も在りはしない。何せ私は、親戚一同から排斥された『人殺し』です。そんな畜生同然の人間に、責任重大な里親は務まりませんよ」
自虐的な微笑みはしかし、私の目には泣いているようにしか見えなかった。
「で、ですが」
「それにあの子が私に会ったのは、物心付くか付かないかの一度きり。到底覚えてはいないでしょう。今更顔を出した所で、折角の良い話を邪魔してしまうだけだ」
私もあなたと大差無い。それに、人は何時からだってやり直せる。現に私が―――そんな浅薄な説得如きでは、彼女の岩にも似た魂を動かせはしないだろう。だからせめて、
「失礼」
革鞄から引っ張り出した愛用の手帳。破いた白紙のページに、『ホーム』の住所と電話番号を走り書く。そして怪訝な表情の彼女へ、少し皺の寄る紙切れを手渡した。
「名刺はお持ちですか?」
「……変わった御仁だ。桜と気が合ったのも納得出来る」
交換された紙片の隅には、特徴的な政府館の紋様。東雲 杏、か。彼女らしい慎ましやかな名前だ。
「私達の家は空気の美味しい、緑豊かな丘の上の別荘です。何時でも遊びにいらして下さい。きっと桜も喜ぶでしょう」
「……済まない」
謝りながらメモを眺める眼差しは、何処か母親にも似た温かさに満ちていた。




