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 光に目が眩み、一瞬視界が閉ざされた。しばらくして、ぼんやりと目の前に浮かび上がったのは―――忘れたくとも到底忘れられない、錆びの浮いた鉄格子。

「っ!!!!??」

 巨大鳥籠の向こう側にいるのは、両親の皮を被った怪物共。愛も慈しみも無い、ただただ物へ向けるのと同じ視線で以ってこちらを覗き込む。

「あ、あ……!!!!!」

 メアリーは!?キューやランファは一体、何処へ行ってしまったと言うのだ!!?

 私は火事のドサクサに紛れ、この牢獄を脱出した筈だ。そして、紆余曲折の末に彼女等と出会い、ようやく人らしい暮らしを……まさか、全部夢だったのか……?

「い、嫌だ……!」

 そうだ。よく考えればおかしいではないか。富の製造機に過ぎない自分が、あのような素敵な家族を持ち、あまつさえ人を愛するなど―――有り得ない。


 パンッ!「ありゃ、効き過ぎちゃったみたいだね」「あ……」


 鼻先で叩かれた、幼き両掌。檻は影も形も無く、元の老婆宅へと帰還していた。頬を久方振りに伝う雫に、私はようやくあれが幻覚だったと悟る。

「今のが、君の異能か………恐ろしい威力だな」

「そう?でもおじさん、トラウマ持ちなら先に言ってよ。レアケースだけど、これで廃人になった奴だっているんだから」

 ティッシュを差し出し、冷静に警告。

「だろうね。私も危うく精神崩壊を起こす所だったよ」

 真偽の区別の付かない夢は、最早現実そのものだ。こうして目覚めさせてもらわなければ、私は永久にあの悪夢の虜と化していたに違いない。

 紙片に吸い込まれる涙が砂金に変化したのを見、黒く戻った目を興味深げに細めるジョシュア。

「へえ、それが実の親に監禁されてた原因ね。―――ああ。暗示を掛ける時、相手の記憶が逆流して見えるんだ。インパクトに残る過去とか、現在の気懸かりとか。今回は『恐怖』って大まかな括りだったけど、相手のプロフィールを知っていればもっと細かい設定も出来るよ。それこそ、一発で人格破壊しちゃうレベルでね」

 成程。この方法ならば、一人に割く時間は精々数十秒から数分。術者本人の労力は不明だが、下手な催眠術よりずっと早くて効果的だ。

 使用済みティッシュをポケットに収め、椅子の上で姿勢を正す。

「採血ならOKだよ。この便利な力の正体が何なのか、ちょっと興味あるし」 

「ありがとう。じゃあ早速」

 処置を開始すると、へえ、何か変な感じ、少年は刺さった針を面白そうに見つめた。

「おや、注射は初めてかい?気分が悪くなる子もいるから、余りじっと見ない方がいい」

「平気平気」

 自由な右腕を上げ、硝子管に吸引される赤色をしげしげ。

「それよりおじさん。もしウイルスがあったら、僕も一応養子候補に入っちゃったりするのかな?」

「そうだね」

 “赤”に次いで危険性は高いが、本人が希望するなら拒絶の理由は無い。この程度で『ホーム』の懐はパンクする程浅くはないし、それに―――何処か昔の私を見ているようで、このまま別れるのも気が引けた。

「但し、一つだけ約束しておくれ。『ホーム』の敷地内では、私達の許可無しに力を使わないと。君の事情は私から話しておく。だから、皆に偽の記憶を植え付ける必要は無い」

「言うと思った。いいよ、それ位は譲歩しないとね。そろそろ今の生活にも飽き飽きしてたし。で、今日にも連れて行ってくれるの?」

 採血の後始末を行いながら、結果が出次第追って伝えるよ、そう私は告げた。

「あはは、分かった!精々楽しみに待ってるね。ところでさ」

 ニィッ、意地悪げに唇を歪ませる。


「―――おじさん、まだ気付いてないんでしょ?僕に誘い出された事に」「え?」


 パチン!指が鳴り、同時に開く玄関ドア。入って来たエリザは眩しい笑顔でこちらへ駆け寄り、勝手知ったる様子で少年の隣へ座った。

「名女優だったよ、エリザ。って言っても、ここでの記憶を封印したのも僕なんだけどね」

「何ブツブツ言ってるの、ジョシュア?早くクッキー食べようよ。あ、そうだ!」ピョン!「いつものミルクティー淹れてあげるね。おじさんは何がいい?」

「あ、ああ……ではストレートで頼むよ」

「了解!」

 勝手知ったる様子でキッチンへ消えた少女に、呆気に取られる私。そんな客人を、人心を操る年齢不詳者はクスクスと笑った。




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