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幾分快復した彼女と別れ、改めて孤児院へ。アポイントメントを取っていた者だと伝えると、受付職員は笑顔で院長室に通してくれた。
待つ事五分、六十代後半の院長と面会。常通り小児病の学術的調査だと説明すると、それはそれは、責任者は朗らかに手を叩いた。
「勿論異常を発見次第、すぐにそちらへお知らせ致します」
実際今までの経験上、二十人に一、二人は先天性の病を患っていた。あくまで私的な活動だが、その意味ではボランティアと言えなくもなかった。
「そう言う事でしたら、早速子供達を食堂へ集めさせますわ」
「いえ。聞き取り調査も合わせて実施したいので、院内を回る許可さえ頂ければ結構です。今の時間ですと子供達は大体どちらに?」
「そうですねぇ……今日は天気が良いので、大方の子は裏の原っぱでサッカーでしょう。大人しい子達は読書室か遊戯室……ああ、森には木咲 桜がいますけれど、とても採血なんて無理でしょう。何せあの子、酷い対人恐怖症ですから」
尋ねる前に名前を出してくれたので、内心安堵した。あの女性の事は伏せたまま話を進めた方がいい。うっすらとだがそう予感がしていたので。
「桜ちゃん、ですか。良い名ですね」
「ええ、名前に負けない位可愛いらしい子ですのよ。だけど……」
しばらく躊躇った後、溜息と共に責任者は言葉を綴る。
「……あの子には、その―――幻聴があるのです。草や花、樹木の声が聞こえるとか」「ほう!」「えっ?」
しまった。興奮の余り、つい大声が出てしまった。怪訝な表情を帯びかける老女に、済みません、慌てて両手を振って誤魔化す。
「しかし、それは興味深いですね。精神科に御相談は?」
「それが生憎、通院出来る距離にクリニックが無くて……あの、矢張り一度受診させた方がいいのでしょうか?職員達はよくある子供の空想だから、その内治まるだろうと言っているのですが……」
「ふむ。そんなに手を焼かれているのですか?」
本人には悪いが、この様子なら養子縁組はスムーズにいきそうだ。となれば、ますます真贋を確かめなければ。
「いえ、手自体は全くと言っていい程掛からないのです。ただ、何せ一日中森に引き篭もっているものですから……正直な所、他所へ移してくれと口さがない職員もいて」
成程。心配する彼女には悪いが、矢張り引き取るに当たっての障害は無いようだ。
「了解しました。では早速ですが、彼女へ面会を申し込んでも宜しいですか?」
「あの子に、ですか?ええ、別に構いませんけど……森は大分広いですよ。他の子達を優先なさった方が」
「いえ。―――実はここだけの話、今回の件は主の養子捜しも兼ねておりまして。引き取り候補の子供とは、なるべくなら時間的猶予のある内に、と」
そう口にした途端、目に見えて老女の顔付きが変わった。眼差しに宿る、澱んだ欲望……やれやれ、案の定か。
「まあまあ、それはとても素敵なお話ですわ!多少変わっていますけれどあの子、院では一番御行儀が良いんですのよ」
ジロジロ。
「あの、ところで何時引き取られます?何なら今日にも」
「はは。いえ、何せまだ会ってもいないですから。それに主とも相談してみないと、私の一存だけでは」
苦笑気味にやんわり拒否後、ですがもし決まりましたら、紹介料は多少上積みさせて頂きます、落胆する院長へそう続けた。




