小さな一歩
彼と出会ってから湿度に膨らむ髪の毛も、両の手にあるあかぎれも、垢抜けない眉毛も、厚ぼったいスカートも、化粧を知らない自分の肌も全てを変えたいと思う。
居酒屋の娘のままでは彼にとって特別になれない。
私は変わらなければならないのだ。
クラスのあの子ならきっと短いスカートも、胸の空いたVネックも、お化粧の仕方だって知っているはずだ。
恥ずかしさはあるけれどちゃんと説明すれば協力してくれるはずだ。
次の日学校へ行くと私は真っ先にあゆみの元へと向かった。
彼女は仲のいい友達もいないから大抵学校に来ては窓際の自分の席から外を眺めているのだ。
彼女は無言のまま私に目線だけを向ける。
威圧されているような気もしたけれど、私だって構って欲しいときは逆につっけんどんにもなる。
彼女もきっと誰かと話したいんだ。
それが周りにバレるのが恥ずかしいからこんな不躾な態度で人を威圧するんだ。
そう思って私は自分を無理矢理にでも納得させて口を開く。
彼女に聞きたかった事、教えてもらいたかった事、それらを1つ1つ落ち着いて話す。
鼓動とは裏腹に出来るだけ冷静に。
それでも頬が熱くなり、何故だか分からないけど少し私はニヤケてしまう。
手汗がすごい。
彼女は一言聞いて来た。
「どうして?」
彼女の低くて抑揚のない声は教室の中でよく通った。
ほんの少し、一瞬だけど周りがシンと静かになって耳で私達の事を探ろうとしているのがわかる。
そんな空気も私がすぐに返事が出来ないとまたいつものざわざわとした、煩雑な室内へと帰っていった。
あゆみの目を見ながら私はハッキリと答える。
好きな人がいるから、彼に好かれたいから、と。