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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第二章 カゲロー、発つ
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08 家族

「あの、おれは何もしてません、よ……?」


 全く自覚がなかったらしい景郎(かげろう)が、自信なさげに言った。


「それは疑っちゃいないが、この現象は……いや、手がかりが増えたと考えるべきかねえ」


 ユラも困ったように首を捻っている。


 モユルは、いまの景郎のようにタマヒを吸収あるいは引き寄せる性質を持つモノを、咄嗟に二つ思い浮かべていた。しかしその二つともが、それぞれの理由で気軽に口に出来ないものであることに思い当たり、ユラの困り顔の理由を知った。


「体調に異常はないのかい?」


「まだちょっと眠いけど、他はいつもより良いくらいです」


「本当だろうね? じゃあそれも後回しだ。それでモユル、さっき何を言いかけた?」


 この場で言及できないものに拘っていても仕方がないとばかりにさっさと頭を切り替えたユラが、改めてモユルに訊いた。


「え、ああ。龍脈ですけど、大きさは昨日と変わっていない感じなのに、速さが増してる気がしました」


 ユラはほう、と何やら悪巧みでもしているかのような薄い笑みを浮かべた。


「念のために確認するよ。タマヒの量は、昨日と変わってなかったんだね?」


「え? はい。――あ!」


 わざわざ確認されて、やっと解った。


 変化という言葉につられて、モユルは龍脈の流れの速さが違うことに気をとられていたが、もともとこの龍脈は徐々に弱るという変化をしていたはずなのだ。それなのにさっきモユルは、タマヒの量が昨日と変わらないという感触を得ていたのである。


「ちょ、ちょっと待って下さい。もう一度確認、いや、ユラ導師も見てもらえませんか」


 モユルは事の重大さに気付いたとたんに自分の感覚に自信をなくして慌てて結印したが、ユラが止めた。


「いや、確認はいいよ。あたしじゃ一日程度の差なんか分かんないし、モユルも先入観を持っちまったから冷静な判断は難しくなっただろ」


「それは……そうですけど」


「いいんだよ。小煩い側近どもを黙らせる口実が欲しかっただけなんだからさ。可能性だけ示して追調査させときゃ、その間に次の手を打つ時間稼ぎが出来るじゃないか」


 ユラは今度こそ悪人そのものの顔をした。


「こいつぁ時間がかかるよ。奴らがすぐに調べてみたって、モユルに分かんないものが他の誰に分かるもんか。流れが強くなったかも知れないってのも重畳だねえ」


 龍脈を読むことは風や潮を読むことに似て、しかも遥かに難しい。風や水でさえ、特定の場所での強さを測定出来ても、その規模そのものを捉えることは困難なのに、タマヒは物理現象ですらないのだ。


 複数の人間が同じ距離を走ったとして、個々の基礎体力や熟練度合いによって消費する体力が違うように、また、「やる気」や「眠気」等が数値化出来ないように、相対的に近似値を設定することは出来ても、絶対値を割り出すのはほぼ不可能と言ってよい。


 それを可能にするものがあるとすれば、唯一ユラの三次元術式法陣だけであるが、龍脈を読むことが職務の一つで圧倒的な経験を持つ龍の巫女たるモユルがいるため、これまで術式を開発する必要も要請もなかったのだ。


 つまりユラの言を意訳すると、真偽はどうあれ言った者勝ちだ、ということになる。


「いいんでしょうか、それで」


 それは道義的にどうかとモユルは思ったが、ユラはかまいやしないさと気楽そうに言った。


「どうせ最後にゃあたしらに頼るしかないくせに、文句だけ言ってくるような奴らの相手なんか真面目にしてらンないよ」


 完全に確信犯である。


「さ、この件はひとまずこれでいいとして、次は景郎だね。もう(あかつき)も過ぎちまった。急いでお城に向かうよ」


 ユラがパンと一つ手を打ち、宣言した。


 大通りは朝餉(あさげ)前の買い出しをする人々が加速度的にその数を増やしつつあった。このままでは遠からず溢れる人の波で速やかな通行が出来なくなるであろうことは目に見えており、それによる時間の浪費は避けたいところである。


 ユラの決断は早く、それ以上に行動も早かった。それは常に己の行く(みち)の数手先を読んでいる証拠であり、ユラの天才たる所以の一つであった。




 モユルが急ぎ足でユラの背中を追いかけていると、隣を歩く景郎が話しかけてきた。


「ユラさんって凄いですね。即断即決即行動。常に最大効率を叩き出してる感じで」


 おべっかとも取られかねない発言だと危惧したのか、小声である。


 ユラの天才は周知のことなのでそんな心配はいらないのにとモユルは思ったが、よく考えてみれば景郎はそれを知らないのだ。


「はい。この都でユラ導師に対抗できるのは、息子のカグチか、副王のヤトギ様だけだって言われています」


「へえ、カグチもなんですか。やっぱり親子って似るのかな」


「これは都では公然の秘密と言うか公式には違うことになってますけど、カグチは賢王と言われた初代マハラ・ナギ王の血も引いているし、ユラ導師はいつも、あの子はあたしより天才だって言ってますけどね」


 モユルはこっそりとユラの口真似をしてみせた。


 景郎が苦笑する。


「実はうちの母さんもね、あんな感じなんですよ。天才じゃないけど、気っ風がよくて、即断即決即行動。しかも聞けば母さんの血筋の女性はみんなそうらしくて」


 モユルも笑った。


「何と言うか……それは凄いですね」


「で、おれはやっぱり父さん似で、これがまた優しいだけが取り柄みたいなつまんない男で」


 優しい親、それは子供のモユルが望んで、無惨に打ち破られた夢である。少しむっとした。


「つまんないなんて言ったらお父様が可哀想ですよ」


「だって本当につまんない男なんですよ。でもおれ、産まれたばかりの頃に何回も死にかけたらしくて、さんざん心配かけたし今でもちょっと過保護なくらいだから、父さんにも頭が上がらないんですよ。それでいつも母さんに二人して蹴っ飛ばされてるんです」


 ああそうか、とモユルは思った。


「カゲローさん、ご家族が好きなんですね。ごめんなさい、私のせいで」


 景郎は慌てたように手を振った。


「ああいや、そういう意味じゃなくて。頭の良さって色んな種類があるけど、ユラさんの天才は性格の要素もありそうだなって思っただけで。おれはどっちも自信がないから」


 モユルはそんなことはないのにと思った。


 性格についてはまだよく分からない、というか正直に言えば変人の部類にしか見えないが、頭の良さについてはかなりなものだと思う。


 例えば景郎はこうしてただ道を歩いているだけでも、周囲の人々の言葉を注意深く聞いて行動を観察している。その成果か、召喚されてからまだ一晩なのに、すでに意味の解らない言葉をほとんど使わなくなっているのだ。


「でもユラ導師は誉めてましたよ。頭が回るねって」


「馬鹿だねえ、とも言われましたけどね」


 そう言う景郎の様子に暗さはなかったので、モユルは少し安心した。


「それはカゲローさんがいやらしいことを言うからです」


「……何か言いましたっけ?」


「だから、おっ――」


 そこまで言ったところで、景郎の妙に凛々しくも期待に満ちた顔に気付く。


「……カゲローさん……」


「ち。惜しい」


 頭が良くて回転も早いかも知れないが、やっぱりこの男は変態だとモユルは思った。――いや、もしかして。


「あの、やっぱり怒ってるんですか?」


 モユルが恐る恐る窺ったとき、景郎は緊張した面持ちで前方を凝視していた。


「どうしたんですか?」


 見ると、何やら人だかりが出来ていた。若い娘たちに取り囲まれて、不愛想とまではいかないまでも明らかに困惑した様子の、あれは――。


「スサ様?」


 前を歩くユラが振り返った。


「景郎、大丈夫だよ。いきなり斬りかかってきたりしないから」


「そうだといいんですけどね」


「にしても、ありゃ間違いなく女王の差し金だろうね。このまま張り付かれでもしたら鬱陶しいねえ」


 歩を進めると、やはりある程度近付いた辺りでスサがこちらに向かって来た。


「なんだいスサ、女王が起き出してくるまであたしらを見張ってろとでも言われたかい」


 挨拶もなく切り出したユラを、スサが不機嫌を隠そうともせずに迎えた。


「それならまだ良かったんですが」


「あン?」


 そりゃどういう意味だいと聞く前に、スサの背中からひょっこりあらわれた小太りの中年女性が大きな声を出した。


「あれまユラちゃん。本当に今朝は早いんだねェ。どえらいお方がお待ちかねだよゥ」


 そう言う女性のさらに後ろから、現れたのは。


「んもう、ユラおばさまったら、遅いわよ。ずいぶん待っちゃったじゃない」


 焼き芋を両手に持った、龍の都の『女王』――マハラ・マテルその人であった。

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