06 章節:モユルの泣き言
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なんやねん。なんやねんあのアホーっ。
私はほとんど自分専用になっている部屋に駆け込み、部屋の壁に向かってぐすぐすと鼻をならしていた。
あの男。自分を喚び出した代償におっぱ……胸を見せろなんて、ほんまに訳がわからん。
男の人というのは、みんなそうなんやろうか。本当にそれで許してくれたんやろうか。あるいはそれだけで許してやるという優しさやったんやろか。
まあそれも思いっきり殴って逃げてきてもうたから、今さらなんやけど……。
かりかりかりかりかり。
壁を引っ掻く。
私はどうすればよかったんやろう。ユラさんには二十二にもなってうぶだねえ、とまた笑われるかなあ。
確かに二十二歳いうたら、子供の一人や二人はおってもおかしない年齢やし、同世代の町の女たちもあっけらかんと艶話をしてたりするんやけど。
かりかり。
でも私はユラさんに拾われてからずっと修行とお仕事ばっかりしてたから、他の娘たちみたいな恋愛とか……色事……とか、全然経験がないんやもん。
かりかり。
巫女としても半人前、女としても半人前……。
うう。また泣きたくなってきた。
かりかり。かりかりかり。
「ねえさん、大丈夫?」
心配してくれたのか、カグチが部屋の外から声をかけてきた。
「カグチ? 入って」
カグチは湯気のたつ湯飲みがのったお盆を持っていた。
私の隣に座ると、湯飲みを差し出しながら呆れた声を出す。
「あーあー、また壁引っ掻いて。爪が傷むよ?」
「うん、ごめん。……ありがとう」
私は湯飲みを受け取ってふうふうと息を吹き、ゆっくりと熱いお茶を飲んだ。乱れていた心が少しずつ落ち着いてくる。
「あの、カゲロー、さん、は?」
「ああ、いま母さんといろいろ話をしてるよ。いい人だね、カゲローさん」
「いい人って……。さっきあんなことがあったのに? あれは本気じゃなかったの?」
カグチはうーんと悩ましげに眉を寄せたあと、悪戯が見つかった子供のように笑った。
「本気に見えたね」
「じゃあ」
「そのかわり、その件はこれで決着がついたって顔してたよ。ねえさんがどういう対応をしたとしても、それで済ませるつもりだったんだよ、きっと」
本当だろうか。いや、本当だとしても。
「それでも酷くない? 見せろとかいいながらヘンな手の動かし方してたし。すっごい怖かったんだから」
「そうだね。ああっ、もうちょっとだったのにーとか言って悔しがってたよ」
「ほら!」
「でもまあ、気持ちが分からないでもないよ。ほら、ねえさん美人だし」
私は赤くなった。
「び、美人て。私なんて何やっても半人前だし田舎のイモ娘やだし」
噛んだ。つい地が出そうになったのだ。恥ずかしい。
カグチが笑う。
「無理にここいらの喋り方をしなくてもいいのに」
「うー、言わないでよ。これでも龍の巫女として恥ずかしくないように頑張ってるんだから」
恥ずかしさのあまり意味もなく湯飲みを睨む。だけど、お陰でずいぶん気が楽になっていることに気が付いた。
カグチは凄いなあ。私より八つも歳下なのに、私なんかよりよほど大人だ。
私も見習わなくちゃ、と思う。
「カグチ、ありがとうね。元気でたよ」
「そう、よかった。それじゃそろそろ寝るといいよ。明日は早くから出かけるって母さんが言ってたから」
カグチは立ち上がって、私から湯飲みを受け取った。
「うん、そうする」
私はごそごそと布団に潜り込んで、もう一度カグチにお礼を言った。