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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第六章 英雄失格
51/69

51 味方がいてもいいじゃないですか

   3


 モユルは聖杖と棍を抱え、閉鎖地域を走っていた。


 先ほど立ち寄ったユラ宅では、城にいるはずのユラがなぜか戻っていて、景郎(かげろう)が既に発ったことを知らされている。


 モユルの出で立ちを見たユラは、モユルが事情を知っているらしいことを訝しみ、強く止めた。


 モユルにとってユラは絶対である。これまでに逆らおうと思ったことは一度もないし、その必要もなかった。しかしこの時、モユルはユラに拾われてから、初めて逆らった。


 ――ひ、一人くらい、カゲローさんの……。


 必死に言葉を紡いでいると、ユラが「このわからず屋」と言って手を振り上げた。


 反射的に身をすくめはしても、目は反らさないモユルを、ユラは強く抱きしめた。


「馬鹿な娘だね。若い頃のあたしと同じだよ」


 いいかいモユル。それだけの覚悟があるんなら、しっかり捕まえて、絶対に離すんじゃないよ。なぁに、あれは笑っちまうくらい情にほだされやすい男だから、あんたみたいな佳い女にかかればイチコロさ――。


 その言い方には引っ掛かるものを感じたが、質している時間はない。モユルは、はい、と答えてユラの家を飛び出したのだった。


 息を切らせて走るモユルの目に、やがて背中を丸めてとぼとぼと歩く男の背中が映った。いつものジャージと外套とは違う姿だが、間違いない、景郎だ。


 背後からの足音に気づいたらしい景郎が振り返る。その驚きの表情を見ながら、モユルは立てた作戦を反芻した。


 景郎は口が達者だ。そして足も早い。一気に決めてしまわなくてはならない。


「モユルさん。どうしてここに……じゃなくて、どうやってこの中に?」


 景郎が平静を装って聞いてきた。


「カゲローさん。私も一緒に行く」


 作戦開始。モユルは初手から核心をついた。


「行くって……どこに? 俺は」


「とぼけても無駄よ。全部カグチの予想通りだもん。……龍を、倒しに行くんでしょ?」


「カグチ? 意識があるの?」


「目が覚めて色々話してくれて、また気を失ったわ。間に合って良かった」


「カグチめ……」


 景郎が険しい顔をして、質問してきた。


「……モユルさん。カグチのことだからほぼ正確に状況予測は出来てるんだろうけど……俺のことは何て言ってた?」


「汚名を着せられた上に龍退治を押し付けられてるはずだって言ってたけど……違うの?」


「違う――と言いたいところだけど、さすがに説得力がなさすぎるなあ……」


 苦笑した景郎は、次の言葉を呑み込んだようだった。ほんの少しの沈黙のあと、表情の消えた顔で話を再開する。


「その通りだけど、モユルさんは連れて行けないよ。守れる自信がないんだ。正直なところ、どうやって倒せばいいのか、そもそも倒せるのかどうかも分からない。危険すぎる」


「何か隠してるわね」


 モユルは断言した。景郎が鼻白む。


「隠すって、何を?」


 モユルは鼻から息を抜いた。初めの頃は何を考えているのか分からない男だと思っていた。しかし今は、ある一つの理解を持って見ると、むしろ分かりやすい部類なのではないかと思うようになっていた。


「最近ね、だんだんと分かってきたの。カゲローさんのこと。何か言いたくないことがあるんでしょ?」


 景郎はまたしても黙りこんだ。肯定したも同然だ。しかし考える時間を与えてはいけない。景郎に主導権を渡すと、また何だか分からないうちに煙に巻かれてしまうだろう。モユルは続けた。


「それが何かは今は訊かない。その代わり、聞いて。あの龍はもうシロガネじゃないけど、シロガネだったモノでしょ。私も最後まで見届けたいの」


「最後までって……殺すんだよ?」


「覚悟してる。それに、今回はいつものわがままだけじゃないの。神や魔が相手なら、私も戦力になれるのよ」


 モユルは昨夜のマミカ襲撃の際に起こったことを話した。マミカが変身したあの時、彼女の左腕が消滅していた。それは何故か。


「その時ね、私は解術をかけていたのよ。マミカ導師の術式にじゃなくて、マミカ導師本人に」


「それでどうして腕が?」


「前にも言ったことがあると思うけど、私の解術は特別だから」


 通常、解術は対象の式を解析して、それを打ち消す式を構築することで効果を発揮する。しかしモユルのそれは式の内容に関わりなく、莫大なタマヒに任せて対象の式を塗りつぶす、いわば強引な上書きである。そして神や魔とは、タマヒが物質化した肉体を持つ存在だ。


「つまり私の解術なら、龍の体を消滅させられるかも知れないって、カグチが言ってた。ね、これなら役に立てるでしょ?」


「それは確かに強い……けど……。やっぱりダメだ、それにしたって直接触れなきゃなんないんでしょ? そんな」


「ああもう、うるさいわね! 私も行くったら行くの!」


 いまだ迷いを見せる景郎に、モユルは強行手段に出ることにした。景郎は押しに弱い。強く出られることにも弱い。


「な、なんと言われてもダメなものはダメだってば!」


 案の定、わずかに身を引いて怯えた景郎だったが、それでも首を縦に振らない。しかしモユルは、もうひと押しだと感じた。


「言っておくけど、ここで私を振り切って行こうとしても無駄よ。これを見て」


 モユルは懐から小さな巾着を取り出した。


「二重四相・三次元術式法陣タケハヤ。膂力を増大させる術式よ。これだって立派な戦力になるよね。でも、もしカゲローさんが私を置いて逃げたら、私はこれを私に使って追いかける」


「そ、それはダメだ! そいつがもし俺の想像通りのものだとしたら、モユルさんの体が壊れてしまう!」


「知ってるよ。でも、使う」


「今度は脅しかよ……」


 景郎が肩を落とした。本当なら、それは景郎が気にすることではなかった。モユルの身勝手で体が壊れようと、捨て置けばよい。事実上、脅しでも何でもないのだ。


 しかしそれを、脅しと言う。それが景郎だった。


「お願いカゲローさん、私も連れて行って」


 じっと見つめる。モユルの作戦――情に訴え、強く押して、脅しをかける。景郎を説得するための案は、もう尽きた。これで駄目なら、お手上げだ。


「なんでそこまで……」


「だってカゲローさん、龍を倒したとしても、もう帰ってこないんでしょ? それにシロガネは助けられなかったし、カグチは心配だし、あたし、また何にもできなくて、見てるだけで。だから、だから……。ああもう、自分でも何を言ってるのか分かんなくなってきたじゃないの!」


 涙が滲んできた。


 何だかあたし、昨日から泣いてばっかりだ――どこか他人事のように思う。


「ねえ、お願いカゲローさん。足手まといになったら見捨ててくれても、ううん、見捨ててちょうだい。だから、でも、あたし、あたしはっ……」


 説得するための作戦、なんて考えてはみたものの、結局はこの為体(ていたらく)。まるで支離滅裂だ。


 それでも諦めたくない一心で、懸命に言葉を継ぐ。


「あーあーあー、分かった、分かったから泣かないで!」


 ついに景郎が折れた。文字通り両手を上げている。


「え、ほ、本当に? そう言って油断させといて、先に行っちゃったりしない?」


「しないよ」


 景郎が苦笑した。図らずも最後の一手が駄目押しの泣き落しになっていたことに、モユルは気付いていなかった。


「我ながら情けないけど、現状では何にも策がなかったんだ。モユルさんの戦力、あてにさせてもらうよ。……それに」


 景郎が口ごもる。


「それに?」


 モユルが聞き直すと、景郎は気まずそうに照れ笑いをした。


「本当はさ、味方が誰もいなくて、ちょっと寂しかったんだ」


「味方なら、ここにおりやすぜ」


「んなっ?」


 突然、横合いの路地から掛けられた声に、景郎が大げさに驚いた。


「龍の巫女サンよ、やっぱ正面からは出られねぇぜ。警備の巡回兵がうようよいやがる」


 チンピラのような言葉遣いの男が、路地の陰から姿を現した。シロガネがいなくなった朝に、その姿を見かけたという門番の男だ。


「ハヤトさん、ありがとうございます。……あの、いつからそこに?」


 モユルが頬を赤くして訊ねる。ハヤトは甲高い声色で体をくねらせた。


「そうさな。お願い、私も連れてってェン――くれぇから」


「そっ、そんな言い方はしてません!」


「ウチの嬶ァと初めて会った頃を思い出しやしたぜ。あの頃はあいつも可愛かったなあ」


 はっはっは、とわざとらしく笑う。どうも食えない性格をしているらしい。


「あの、すみません。あなたは一体?」


「ああ、こいつぁ失礼しやした。俺はお城の門で立ちん坊してるハヤトってぇもんです」


「はあ……」


 遠慮がちに手を上げる景郎に、ハヤトはニヤリと笑ってみせた。

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