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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第六章 英雄失格
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49 虫のいいお願い

「ちょ、やめ、やめて下さい女王。頭を上げ、お上げくだっ?」


 狼狽えた景郎(かげろう)が、膝をついて格子に取りつく。その様子は端から絵面だけを見れば、ここから出してくれと懇願する虜囚に似ていた。


 ――こいつは時々、情けないほど取り乱すな。


 マテルを相手にしたときは自身もよくそうなっているのに、スサは自分のことを棚に上げてそう思った。


 見下ろしたマテルは未だ平身低頭の姿勢を崩さない。女王の思惑などスサに知る由もないが、とりあえず臣下たる自分が立ったままなのはさすがにまずかろうと考え、その場に正座する。


 マテルが明らかに意図的にたっぷりと間をとった後、再び口を開いた。


「それでは、お許しいただけると?」


「許すも何も事情がさっぱり」


「じゃあ話すけど、あたしたちを嫌いにならないでね?」


「嫌いだなんて、そんな、き……何ですって?」


 マテルの口調の変化に遅れて気付いた景郎が、目を丸くして固まった。


「本当にスサちゃんが言ってた通りの人ね、カゲローちゃんは」


 ようやく体を起こしたマテルが、にんまりと笑った。


「……私を、試したんですか」


 脱力して正座の形にへたりこんだ景郎が、「何を言ったんだ」とでも言いたげにスサを睨む。スサはつい先日「あれはただのお人好しです」と景郎を評したことを思い出し、目を逸らした。


 景郎はしばらくスサを見ていたが、スサが何も言わずにいると仕方なさそうにマテルへ視線を戻した。


「それで、私に何をさせようと……」


「うん、大事なお願いがあるの。都の未来がかかった大事なお願い」


「都の未来? そんな重要な案件を私などに?」


 格子の向こうで景郎が身を乗り出した。


「そう。都の未来がかかってて、同時に個人的でもある、とても虫のいいお願い。だから断ってくれても構わないし、腹を割って話しましょ」


「と申されましても……」


「ダメダメ、カゲローちゃん。ここからは建前も堅苦しい言葉遣いもなしよ。さもないと、また女王の土下座をお見舞いするわよ」


 なんちゅう脅迫の仕方だ、とスサは思った。もちろん口にも顔にも出さない。


「……分かり、ました。話を聞かせて下さい」


 景郎は足を崩し、改めてマテルに向き直った。




「まずカゲローちゃんが、たぶん一番気になってることから言うわね」


 妙な(しな)を作りながら、マテルが横座りに座り直した。所作の一つ一つが板についている。正体はともかく見た目は絶世の美女であり、しかも王族にあるまじき種類の艶かしさを備えているだけ始末が悪い。


「あの龍は、あたしたちのお父様……初代王マハラ・ナギの血族を憎んでるわ。ひいては、この龍の都そのものも」


「だからあの龍はカグチを狙ったんですね」


 景郎が得心したように頷く。その話はスサも昨夜のうちに聞いていた。


 シロガネの死と入れ代わるように復活した龍は、すぐさまカグチに襲いかかったという。それは人とさほど変わらない大きさで、龍神というにはいささか小さすぎたが、とっさに防御したカグチの腕にほんの一瞬、ほんのわずか触れただけで、信じられないような深い裂傷を負わせていた。


 おそらく龍にとって咬むという行為は、何か術式的な作用を含んでいるのだろう、とはユラ導師の弁だ。


 しかし復活したばかりの龍の力は弱く、すかさず割って入った景郎にとってそれほど厄介な相手ではなかったらしい。不利を覚った龍はユラ邸の玄関を破壊して外へ出て、通りでも景郎としばらく交戦した後、空にいた蛇の魔物を蹴散らして南の空へ飛び去った。スサが見た魔物の消滅はそれだったのだろう。


「しかしどうして龍に恨まれているんですか。シロガネの中にいた頃から予想はしてましたが、実際に対峙してみると身震いしました。あの憎悪はただごとではないです」


 それはね、と答えたマテルの顔から、軽薄そうな笑顔が消えた。


「この龍の都が、あの龍の死体の上に建てられているからよ。殺したのは、イサと名乗る正体不明の男。後のマハラ・ナギ王よ」


 それは、マテルたちナギの子供にも隠されていた、今となってはシケン老しか知らぬ事実であった。今から約三十年前、ナギは南の神殿傍の淵で龍を殺した。だからこそ、そこに神殿を建立し、龍の魂を鎮めると共に、その一帯を神域として封じたのだ。


「まだ分からないって顔してるわね。ねえカゲローちゃん、龍脈って呼び方は、とっても言い得て妙よね?」


 マテルの思わせぶりな一言で、景郎は察したようだった。


「まさか、龍脈とは」


「そう。龍脈は、いわば死した龍そのもの――らしいわね。お父様がどうしてそんなことを知っていたのか、シケンおじさますら分からないそうだし、当時も側近の誰も信じなかったらしいけどね。とにかくマハラ・ナギは、あの神域で龍を殺して、その莫大なタマヒを呼び水に、この地に龍脈を引き込んだのよ。それが奇跡と詠われる龍の都建設の秘密よ」


「ナギ王とは、いったい何者なんですか。……あ、まただ」


 景郎の言葉と呼応するかのように、弱い地震が起きた。景郎召喚の夜からほぼ時を同じくして治まっていた地震が、再発している。明け方に起きた最初の一回から数えて、これでもう四度目だった。


「お父様は、あたしたちにとっても謎だらけの人なのよ。もしかしたら本当にカムトだったのかもね。後妻候補で子供までもうけたユラおばさまなら、何か知ってるかも知れないけど」


 まあ、知ったところでどうなるものでもないし、何をしたかの方が大事だものね――と言って、マテルは肩をすくめた。


「ナギ王やユラさんのことはともかく……龍については分かりました」


「あら、こちらの事情のせいで捕らえられちゃったのに、ずいぶん冷静ね?」


「スサに頼まれてしまいましたので。いずれ説明はしてくれるものと思ってましたし……それにここ、見張りも立ててないし、鍵すら掛けられてませんから」


 景郎が少し笑った。牢には(かんぬき)も錠も掛けられておらず、事実上、軟禁ですらなかった。


 昨夜ユラ邸に駆けつけたスサは、周囲に聞こえないように「何も言わず縛についてくれ」と景郎に頼んだ。表向き守護神として龍を奉じている以上、また民の動揺を抑える意味でも、その龍と敵対行動をとった者を放って置くわけにはいかなかったからである。


 カグチを守るためにやむを得なかったとはいえ、もし抵抗するなら力尽くにでも従わせなければならなかったが、景郎はあっさりと納得し、今にいたっている。


 スサは憮然として「お前にとって見張りや錠など、つけるだけ無駄だろう」と答えた。


「無駄かどうかはともかく、スサに頼みごとをされたのは初めてだったし、なんだかんだと世話になってるしさ」


「やかましい。無駄口を叩いて陛下の話の邪魔をするな」


 強めの語気で遮る。


 マテルは面白そうに笑ったが、スサに睨まれてやれやれと言わんばかりにため息をついた。ひと呼吸置いて、話を再開する。


「今朝から、地震が多いわよね。少し前もそうだったって、聞いてるかしら? そう、龍脈召還計画が実行されるまで」


「……はい」


 景郎が緊張した面持ちで答える。


「地震の原因は、龍脈の減衰に伴う地殻変動の前触れ――というのがあたしたちの見解。だから今日の未明に一回めの地震が起きたとき、龍脈をモユルちゃんに視てもらったの」

 

 結果は、こちらの予想を越えて酷かったわ――とマテルは言った。


 龍脈は、その微妙な変化までを察知する龍の巫女が視るまでもなく、急激に弱まっていた。そしてつい先程、神域の淵に龍が戻っていることもヤトギの影によって確認され、減衰の原因が断定された。


 復活した龍が、元の力を取り戻すべく急速に龍脈のタマヒを取り込んでいるのだ。


 龍が元の力を取り戻すのにどれだけかかるのか、何日か何年か、それは分からない。しかし龍が完全復活を遂げたときに都がまだあるのか、それすら定かでない、それほどまでに急激な変化だった。


 しかも都が壊れたからといって、龍の怒りが治まるわけではないだろう。最悪の場合、地震などで都が壊滅的な被害を被った、その直後に来襲してくることさえあり得るのだ。


「だからね、もう討つしかないのよ。今すぐにでも、極秘のうちに」


 マテルはそう結んだ。


「つまり、力を貸してほしいと言うのは……」


「そう。カゲローちゃん、あなたに頼みたいのはそれよ」


「お待ちください陛下。龍を討つのは、このスサの役目だったのでは」


 ここでスサは、ついに口を挟んだ。マテルの口ぶりでは、この龍戦士一人で龍を討てと言っているように聞こえたからだ。


 マテルはため息をついた。


「馬鹿ねスサちゃん。なにも知らないふりをして黙っていれば、反感を買うのはあたしたちだけで済んだのに」


「どういうことですか」


 景郎が訊いた。


 いつかシロガネが龍化することは想定してたってことよ、とマテルは答えた。ナギの一族が龍の恨みを買っていると知ったからには、当然の備えである。


「そしてそれを極秘裡に殺すことがスサちゃんの役目だったの。実を言うとね、あたしたちもお父様と龍の因縁を知ったのはつい最近なのよ。シケンおじさまがひた隠しにしてたから。心当たり、あるでしょ?」


「……シロガネを連れて戻った時の、ヤトギ陛下との謁見、ですか」


「さすが察しがいいわね。そんなわけで、あたしたちは第二次龍脈召還計画を立ち上げた」


「第二次……?」


「そう。龍との対決が避けられないなら、その時期と場所、復活した龍の強さを制御して殺し、新たな都の糧とする。つまりお父様と同じことをやろうとしてたってわけよ。今回の珠の奉納は、淵の調査が目的の一つでもあったの」


 マテルはここで言葉を切り、景郎に考える時間を与えた。景郎はしばらく無表情に俯き、すぐに顔を上げた。


「なるほど……。話が見えてきました」


「何が見えたというのだ。俺には分からん」


 スサが仏頂面で言った。シロガネは、都を治める者にとっては龍だが、景郎たちにとっては犬であり、それを殺す計画の存在は、確かに彼らの反感を買うだろう。だからこそシロガネについては、実はスサなりの思惑もあったのだ。


 しかし事態が急転したいま、もはやかの龍は殺す以外になく、ならばより確実な勝利のために、龍戦士と共闘せよという命令なら分かる。スサ個人としては非常に不本意だが、まだしも理解できるのだ。


 だがマテル女王は、兄弟王にとって最大の秘密であろう佯狂(ようきょう)を明かしてまで、龍戦士単独での討伐を依頼している。それは何故なのか。


 景郎が表情の消えた顔で訊いた。


「マテル女王。確認しますが、黙っていればよかったと言うのは、その第二次龍脈召還計画のことですね?」


「ええ、そうよ」


「そして計画は破棄され、ただちに龍を討てと」


「だから何故、お前なのだ」


 スサは不満もあらわに同じことを言った。本来自分の役目であるのに、これではまたしても借りを作ってしまうではないか。


 何より、「お前は他人の世話を焼く前に、まず自分の心配をすべきだろう」という思いがあった。ここにマテル女王がいなければ、「お前は自分の置かれた情況が分からんのか」と、このお人好しの胸ぐらを掴んでいるところだ。


今すぐにでも(・・・・・・)、だからよ」


 スサの疑問に、マテルが簡単に答えた。


 スサへの、龍の討伐命令を撤回したわけではない。だがそれは今もって極秘でなければならない。


 龍神と龍戦士の争いは、マテルたちが情報規制や操作をするより早く、瞬く間に知れ渡っており、蛇の魔物に襲撃されたことなどよりも、よほど民を不安に陥れていた。それだけ龍への関心と畏怖が強い証拠であり、現在も様々な憶測が飛び交っている。


 そうした中で、あまりにも有名かつ非常に目立つスサを白昼堂々と送り出すことはできない。魔物の残党狩りだという名目を掲げることもできるが、それならばスサ単独ではなく軍を派兵しなければ不自然である。そして万が一にも「龍神の怒りを買った挙げ句、龍殺しの暴挙に出た」などという噂を立てられる危険は避けたいのだ。


 ゆえにスサを出せるのは、都の民が寝静まった深夜となる。


「ならばその時に同道すればよいではないですか」


 スサの提案に、マテルは顔を曇らせた。


「その選択も、あるにはあるのよ。でも」


「可能な限り早く、龍を倒さなければならない事情ができたんですね。今すぐ、というのはそういうことでしょう?」


 質問ではなく、確認する響きで景郎が言った。


「ええ。……実はカグチの生命が危ないの。魂に、龍の牙が食い込んでるのよ」


 このままだと、明日の昼までもつかどうかも判らないそうよ――そう言って、マテルは目を伏せた。

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