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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第二章 カゲロー、発つ
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12 うつけの女王

「なぜそれを……」


 怒りが抜け落ち、代わりに哀愁とも諦観ともとれる雰囲気を滲ませたスサを見て、景郎(かげろう)が「やっぱりそうか」と言った。


「いやまあ、あっちの世界の知識に照らし合わせると、そうとしか考えられなかったんだけど……でもなんで……」


 景郎の「でもなんで」とは、どう見ても一卵性双生児なのにどうしてその片割れだけが、という意味だったが、そんなことを知る由もないスサは別の解釈をした。


「兄上たちはな……」


 力なく呟く。


「武には恵まれなかったが術力に(ひい)で凛々しく聡明で、かつては双龍の神童と呼ばれていたのだ」


 スサの表情にほんの一瞬だけ、誇らしさが(よぎ)った。


「俺は馬鹿でこの性分ゆえ、よくからかわれたりもしたが、いずれはお二方をお護りする剣となるべく、死に物狂いで修行に明け暮れたものだ」


 それが……とわなないたスサは、やがて喉も裂けよとばかりに吼えた。


「即位式のあの日、兄上はあの様な変わり果てたお姿に!」


 十四年前に起きたそれは、今も覚めることのない悪夢となってスサを(さいな)んでいる。なにしろ謁見の度にその悪夢に微笑みかけられているのだ。


 スサの大声は外縁部まで響き渡り、マテルが「変わり果てたお姿って、失礼ねぇ」と頬を膨らませた。しかし悲嘆にくれるスサには、もはやそんなマテルの様子も目に映らない。


 スサは苦しげに身悶えした。


「何故だ! 何ゆえ誰もお止めしなかったのだ! 両陛下には俺などには窺い知れぬお考えがあるやも知れぬ。だが、だがッ!」


「つまり尊敬してた兄ちゃんが即位と同時にオカマになっちゃって、それがどうしても受け入れられない、と」


 景郎が身も蓋もない要約をして、スサの苦悩に追い打ちをかけた。


 景郎には分かるまい。来るべき栄光の日々を糧として苦しい訓練に耐え、ついに双龍の異名をとる兄たちに恥じぬ力を得たと思ったら、当の兄の片割れが恥ずかしいことになってしまったのだ。その懊悩が。その煩悶が。


 スサにしてみれば、死ぬほどの思いをして登り詰めた天をつく山の頂上に、地獄直通の落とし穴があったようなものである。


 認めない。認めるわけにはいかない。スサの双眸が剣呑な光を帯びた。


「二度も言うたな。その言葉を」


 げ、と景郎がたじろぐ。


「もう一度言ってみろ。誰がオカマだと?」


 景郎が何かを言う前に、スサは、い、いや、と大きく(かぶり)を振った。


「違う。アレは兄上ではない。女王だ。マテル女王だ。『うつけの女王』様なのだ。断じてオカマなどではないッ!」


 そのような不名誉な呼称は何としても改めさせねばならぬという思いがスサを突き動かす。そうだ、女王だ。アレは女王なのだ。


「女王だ。女王だ。女、王、様、と、お呼び、しろおおお」


 スサは墓場から這い出た幽鬼のように前進を開始した。


「……なんか、トラウマを刺激しちゃったみたいだな……」


 さすがに悪いと思ったのか、ばつが悪そうに景郎が言った。ともかくスサを動揺させようという作戦は、見事に成功したのだ。が、しかし。


「……で、この隙って、どうやってつけばいいんだ?」


 どうやら先の事までは考えていなかったらしい。


 そこへスサが、じょーう、おおう、さまぁぁぁぁと、虚ろな目をして迫る。


「うわーっ、怖いっ。さっきより怖いっ!」


 景郎が反射的に後退(あとじさ)って式銃を構えたが、既にスサは自身を中心とした鈍化の結界に捉われている。錯乱しながらも自ら結界を解かないのは、スサの中にある戦士としての矜持が、交された約束事を違えることを許さないからだ。


 鈍化作用によってスサの歩みは水中を行くが如くであり、しかも可能な攻撃方法は突きのみに絞られる。


 しかし有効な攻撃手段が限られるのは景郎とて同じであり、緊急避難気味であったとはいえ、スサ自身に結界をかけたのはいかにも早計であるように思えた。


 景郎が式銃を左ポケットにねじ込み、教練場の中央に向かって走った。そこには開始時にモユルから受け取った布袋が置かれており、先ほど拾っておいた小石を落とし、それごと中身を掴み上げた。


 指の隙間から白い粉がこぼれる。袋の中身は小麦粉であった。


 景郎はスサに向かって駆け寄り、スサの突きが届かないギリギリの位置から全力でそれを投げつけた。


 結界内に侵入したそれらは推進力を大きく減衰し、スサは顔に向かって飛んできた石のみを木剣で払い、他は無視した。


「使用した小麦粉は後でスタッフが美味しくいただきました!」


 意味不明の叫びを上げながら景郎が袋に残った小麦粉をスサに向かってぶちまけ、棍による渾身の突きを放った。


 スサは木剣で捌きつつ体を躱す。景郎が木剣の間合いの外からさらに連続突きを繰り出すが、スサはこれも反らしながら前進し、景郎の右の握り手を狙って突きを返した。


 突きは景郎の手首を浅くとらえ、例によって大騒ぎしながら後退する景郎を追って間合いを詰める。


「なんなんだあんた、強すぎるだろ!」


 景郎が打たれた右手を振りながらさらに後退して、悪態をついた。


 先ほど投げつけられた小麦粉は、突きの応酬によって撹拌され、結界内を白く(けぶ)らせている。


「かなり視界を遮ってるはずなんだけど、な!」


 景郎がもうひとつ布袋を拾い、中身をスサに投げつけて突きかかる。しかしスサはこれもことごとく完璧に捌き、景郎はすぐに離脱した。


「もうやだ。ホントにどーなってんだ、この人……」


 辟易したように景郎が言う。鈍化の結界に捉われ、動揺させられ、視界を遮られて、なおスサが優位に立っている。


 実際にはスサの精神はこれまでの攻防でほぼ復調しており、それでも視界が悪いためになかなか攻撃に転じることが出来ないでいるのだが、景郎にとっては驚異以外の何物でもないだろう。


「もう、最後の手段に出るしかないのか……?」


 景郎が躊躇いがちに呟いた。


 スサはまだ何か策があるのか、と驚愕した。


 既にスサは景郎の実力を認めている。技量はまだまだだが、優れた身体能力と独特の発想を持っており、なめてかかればいかにスサとて足をすくわれかねないと判断していた。


 その意味で、もう充分に景郎の実力を見たと言ってよく、これ以上の戦闘続行は危険度に比して益が少ないと思われた。


 だが今のスサに一切の油断はなく、景郎の最後の手段とやらを見てみたいという思いがあるのは確かであった。


「まだ策があるのか。やってみろ」


「簡単に言うなよ、まともに喰らえばただじゃすまないんだぞ!」


 景郎が憤然と抗議した。景郎の焦燥はこれで打つ手がなくなるからではなく、かなりの危険があるためらしい。正に最後の手段、景郎の奥の手なのだろう。


 しかし兄弟王からの制止の声は未だかからず、ならばスサの為すべきことは一つなのだ。


 スサは黙って間合いを詰めたが、景郎はスサが寄せた以上の距離を後退した。


「ちくしょう、やるしかないのかよ!」


 景郎が棍を石畳に打ち付け、そのまま半円を描くように旋回させた。棍の先端を補強している金属が激しく石畳を擦り、がりがりと音を立てながら火花を散らす。


 スサは術式法陣でも描く気なのかと訝ったが、この試合では式銃以外の術式使用は禁じられており、景郎の動きもそこで停止している。


 では今のは何だったのか。スサには皆目見当がつかなかったが、ただ一つ、景郎の瞳に決意の色が浮かんだことだけは理解した。


 来るか、とスサが身構えたとき――


「景郎、待て!」


 教練場に大音声(だいおんじょう)が響き渡った。


 兄弟王の声ではない。


 声の主は――ユラであった。


「えーっ、どうして止めるの?」


 マテルが真っ先に不満の声を上げ、ヤトギが説明を求めてユラを見た。


 ユラは「勝手をお許し下さい」と膝を折って頭を垂れ、そのままの姿勢で景郎を見つめた。


「景郎、そいつは駄目だ。危険すぎる」


「ユラさん……」


 景郎が毒気を抜かれたように立ちつくす。


「何をしようとしたか、解ったんですか」


「ああ、たぶんね。――王よ、既に龍戦士の実力は十分に見えたはず。ここまででお許しいただきたく存じます」


 ユラがさらに深く頭を下げた。


「おばさまがそこまでするなんてね。……ヤトギ君?」


 マテルの視線を受け、ヤトギがやれやれと肩をすくめた。


「いいでしょう。ここは退いて貸しを作った方がよさそうです。カゲロー殿の実力はしかと見届けました」


「私の利用価値は認めていただけましたか」


 緊張気味に景郎が問い、ヤトギがスサを見た。


 スサは頷いた。術式なしとはいえ、自分を相手にここまで渡り合った男は本当に久しぶりだったのだ。気に入らない奴だが、戦士としての素質は認めなければならない。


 ヤトギが景郎に視線を戻した。


「できればその最後の手段とやらを見せていただきたかったところですが……合格です。龍の都は貴方を客将として迎えましょう。龍戦士カゲロー殿」


 とたんに景郎はへたりこんだ。


「し、失礼。気が抜けてしまいました」


「安心するのはまだ早いですよ、龍戦士殿」


 ヤトギが意地悪そうに笑った。


「私は貧乏性でしてね、貸しはすぐに回収したいのですよ。つまり……貴方の実力を見込んで、頼みがあるのです」


「な、なんかヤな予感」


 景郎が口の中で呟いて身構えた。


 ヤトギは意味ありげにスサを眺めてから、頼み事を述べた。


「貴方には、スサの代わりをしていただきたい」


「……は?」


 景郎がぽかんと口を開け、スサの顔から血の気が引いた。

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