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龍戦士チューニング  作者: 布瑠部
第二章 カゲロー、発つ
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10 よくある問題

 ユラとモユルが反射的にスサを見た。


 二人の視線を一度に受け、スサが半歩退いてぶんぶんと首を振る。このスサらしくもない焦りようから察するに、マテルのお願いとやらはスサにとっても青天の霹靂だったらしい。


 ユラはため息を吐いた。


「女王……いくらなんでもそりゃ無茶だ」


「えー? だってカゲローちゃんはスサちゃん並に強いんでしょう?」


 マテルはいかにも不思議そうに返し、隣のヤトギは澄まし顔である。つまり、初めからこれが狙いだったのだ。


 有無を言わせず教練場へ連れてこられたときに景郎(かげろう)の実力を試そうとしていることは予想できたが、相手がスサでは相手が悪いどころの話ではない。


 しかも大通りで待ち伏せされた時点で、ユラの奥の手も封じられている。


 ユラの奥の手。


 それは、龍脈召還計画に用いた三次元術式法陣の研究過程で術式成立の可能性を見て密かに開発した、一時的な肉体強化術式である。この術式は使い方を誤れば使用対象者の肉体を破壊しかねない諸刃の剣で、そもそもユラ自身が戦闘術式を好まないため、研究成果の報告にあげていなかったのだ。


 しかしその術式も、城に着く前から待ち伏せされていたことから、詳細はともかくその存在は知られていたと考えるべきだろう。もっとも、一般的な兵士ならともかくスサが相手では、どれだけ身体能力を向上したところでそれほど意味があるとは思えないが、念には念を入れた、というところか。


 景郎が無感情に確認した。


「……拒否権はなさそうですね」


「申し訳ないが、うちの女王は言い出したら聞かないもので」


 返すヤトギはしれっと言ってのけた。


 スサはどれだけ不満でも、下された命令に背くことはない。例え相手に戦意がなくとも、容赦なく行動に移るだろう。


 ならばこの場合、マテルの『お願い』は、発せられた時点で既に確定事項なのだ。


 ヤトギの思惑が読めず、ユラは条件を出してみた。


「ならせめて、術式使用はなしにできないかい? それともまさか本気の決闘をしろってんじゃないだろうね」


「いいでしょう。どうやらずいぶん警戒させてしまったようですが、こちらにカゲロー殿を害する意図はありませんよ。私としては、いかに利用できるかと考えています」


「つまり私の利用価値を証明しろってことですね。分かりました、やってみます」


 景郎に表情が戻った。何か考えがあるらしい。


「スサ様」


 モユルが心配そうにスサを見上げた。


「モユル殿、大丈夫です。なぜそうまで奴を案じているのか事情は分かりませんが、怪我を負わせたりしませんから。兄上、それでいいのですね」


「おや、それほどの余裕があるのですか」


「残念ながら。確かに奴の身体能力は人間離れしていますが、それだけなので」


「彼は弱い、と?」


「いえ、そこいらの雑魚では問題にならないでしょう。ただ、それ以上を期待しているように見受けられますので」


「そうですか。ではなるべく彼の本気を引き出して下さい」


 淡々とやり取りされる王族たちの姿を見て、景郎がユラに耳打ちした。


「あの、ユラさん、スサってそんなに?」


「ああ。例えるなら戦術級決戦兵器だね。たった一人で戦局を決定づけてしまう龍の都の英雄スサと言えば、兄弟王より有名だよ」


「爆発しろ」


「あン?」


 景郎がげんなりと、しかし仄暗い情熱を秘めた瞳で呟いた。


「美形で、モテて、適度な苦労人で、最強で、生まれの良さを鼻にかけないで、ラブコメ体質で、鈍感なのにモテる? なにその主人公属性のオンパレード。爆発しろ爆発しろ爆発しろ。むしろ爆発しろ。爆発させてやる」


「また訳の分からんことを言い出したね……」


 呆れるユラに構わずぶつぶつと言っていた景郎が、ふと思い出したように質問した。


「ユラさん、この世界に回復術ってありますか?」


「治療術式ならあるが……」


「よし、じゃあ思いっきりやってやる」


 治療術式について何か誤解があるような気がするが、景郎がやる気を出しているのでユラは質さないことにした。


「おい龍戦士、早く武器を選べ。こっちは木剣だが、そちらは何を選んでもかまわん」


 資材置き場の一角に並べられた武器の前で、スサが声をかけてきた。


「ちょっと待って。ここにはないものが欲しいんだ。モユルさん、お使い頼んでもいい?」


 景郎はモユルを招き寄せると、目的の物を取ってきて貰うよう頼んだ。モユルは不思議そうにしながらも、すぐに持ってきますと言って駆け出した。


「あと、武器なんだけど……ユラさんの鈍化の式銃も使いたいんだけど、いいかな。術式扱いで反則?」


「かまわん、なんでも使え」


 スサのそっけない返答に短く礼を言うと、景郎はずらりと並べられた武器のなかから、しばらく悩んだあげく両端が金属で補強された短めの棍を選んだ。


「そんなものでいいのか。どうせなら槍にすればいいものを」


 スサが意外そうに言った。


「だって俺、剣とか槍なんて使えないし」


 景郎はそう言うと、モユルが去った方向を見た。


「モユルさんはまだか。じゃ、ちょっとだけ調べとこう」


 その場で何度か軽く跳ね、せーのと掛け声して垂直に跳ぶ。


「――おおっ?」


 景郎の伸ばした爪先が、スサの肩口の高さを越えた。


「凄い凄い! いっぱい跳んだねぇ」


 マテルの無邪気な称賛を聞きながら、景郎が呆然と呟いた。


「今、二メートルくらい跳んだよな……これは……思ったよりチートな……じゃあ……」


 資材のなかから、拳ほどの大きさの石を拾う。


「軽い……」


 おもむろに振りかぶると、少し離れた場所に立て掛けてある平板に向かって投げた。


 石は派手な音を立てて、平板を貫通した。


「なんの音ですか、もう始まっちゃったんですか!」


 音に驚いたモユルが慌てたように駆けてきた。


「いや、なんてゆーか準備運動みたいなもんだったんだけど……」


 景郎は戸惑いつつもモユルから拳大ほどの布袋を三つ受け取り、続いてユラから式銃を渡された。


「ユラさん、なんかおれ、思ったよりすごいことになってます」


「そのようだねえ」


 ユラは景郎の身体が抱えているかもしれない問題について忠告を与えるべきか迷ったが、その前に景郎自身が先に答えを出した。


「それで……さっき跳んでみたときにたぶん大丈夫かなとは思ったんですけど、もしかしたら自分の力で自滅するかも知れません」


 ユラが目を見開く。ユラの懸念は、まさにそこだったのだ。


 今回不発に終わったユラの強化術式は、込めるタマヒの量に比例して飛躍的に膂力を増大するが、それを支える土台となる肉体の強度は変わらないため、自らの力で骨折などを引き起こす危険性を孕んでいた。また、扱う力が大きくなるほどその制御が困難になってゆく問題もある。普通の人間が突然に馬並みの筋力を手に入れたとしても、慣熟訓練もなしに馬と同じ速度で走れるはずもない道理である。


 景郎の身体能力の強化は、これと同じ欠点があるかも知れないのだ。


 昨夜の景郎を見る限り、肉体強度や感覚の同調もなされているように見えるが、いかんせんたった一度の試行ではあまりにも確実性に欠いていた。


 つまり景郎は、一見高性能だが突然制御不能に陥ったり、あるいは自壊するかも知れない身体という不利を背負って戦わなければならないのである。


 しかしユラは、その問題に気付いていた景郎に頼もしさを感じた。


「あんた、気付いてたのかい」


「いやまあ、サイボーグを扱う話ではよくあるとゆーか。要するにこれもチューニ病の範疇ですよ。チューニングです」


「なるほど、チューニングかい。この場面でそれを言うか。………期待したくなる男だね」


 ユラが笑う。


「期待してくれるんですか。じゃあ、頑張って応えますよ」


 景郎も笑い、教練場の中央で待つスサの元へ歩き出した。


 モユルから受け取った謎の布袋を無造作に石畳に放り、右手に棍を、左手に式銃を握りしめて、スサの真正面に立つ。


「手間取ってすまない。準備できたよ」


 スサが言った。


「その式銃は攻撃には向かんぞ」


 昨夜のようにスサを結界で覆ってその隙に攻撃しようとしているなら、止めた方がよいという意味である。


 景郎は鼻で嗤った。


「優しいなあ。不器用だけど優しいって、さらに主人公属性を増やす気かよ。ハラ立つわー。羨ましすぎだろ」


 スサが眉根を寄せた。


「何の話だ」


「大丈夫だよ。これの性能も使い方も昨日のうちにユラさんから教わってるよ」


 返事に代えて、スサが無言で木剣を青眼に構えた。それは獲物を狙って静かに力を溜める肉食獣に似て、しかも遥かに危険な雰囲気を纏っていた。


 とたんに景郎の全身に冷たい汗が吹き出す。


「げ。……怖え。めちゃくちゃ怖えっ。ちくしょう、こんなのやりたくねえよっ。刃物じゃなくてもあんなの喰らったら死ぬじゃねえかよ。なんでこんなメに合わなきゃなんないんだよおおお」


 恥も外聞もなく喚く。


「……でも、頑張るって言っちゃったんだよな……」


 小さく呟き、深呼吸を一つ。


「チューニング……異能(・・)バトル(・・・)。やってやる」


 ヤトギが開始の号令をかけた。


 

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