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5.講師プロフェッサー

 しんと静まり返る中、皆が皆その人物に注目していた。

 外見の年齢こそ14、5程であるが、誰もその事で侮る者はこの場に一人として居ない。この場所で見た目など無意味と理解しているからだ。

 何人かは警戒心を露わに殺気も僅かながらに放つ者もいる。其れ程までに独特の得体の知れ無さがその人物にはあった。

 けれど、当の本人はそれら全てを些末だと言わんばかりに平然とそこに立っている。

 その顔にはうっすらと笑みを張り付けて。


「どうしたのかね、諸君。今君等の抱く、この養成所についての疑点を問う好機だと思うのだがね。好機は生かさなければ……まぁ、講師としては楽でいいがね。ただ、張り合いがなくて少々期待外れだ」


 そうは言っているが、見た所さほど残念そうではない。

 彼はゆったりとした所作で、先程も出していたスマホの様な薄型携帯端末をいじりだした。その様は正に今時の若者と言った風なのだが、いかんせんピシッとした真白いスーツ姿なのが少々違和感を覚える。

 そういえばこのプロフェッサーなる人物は、マゼンダの逆ハー補正は効かないのだろうか。マゼンダを守るように取り囲む男性陣を見て思う。

 この場にいる男性全員が彼女の補正に掛かっているのだ。それだけ強いものなのだと分かる。

 因みに先程やってきた少年は掛かった様子はないから年齢制限がある事は確かであるが、取り巻きの中にプロフェッサーと同じ位の外見の者も多くいた為、少なくとも中学生くらいからは効くようである。

 よって、マゼンダを前にして平然としている彼は、補正を無効にする何かを持っている事になる。

 それは当のマゼンダ本人も疑問に思っている事のようだった。

 彼女は取り巻き達を押し退けプロフェッサーの前に出てくる。


「プロフェッサーとか言ったかしら? あなた何で私の補正が聞かないの? 今まで一度だって破られることなんか無かったのに……」


 彼女は不機嫌に、そしてそれ以上に、その事に対する興味をプロフェッサーという男に向けている。

 やばいと思った。

 何故ならば、マゼンダの補正によって彼女の虜となった男性陣が皆、殺気立ったからだ。

 彼らはマゼンダが他の男に興味を示した事が気に食わないらしい。


「あちゃー、男の嫉妬って醜いっすね」


 白雷がボソリと呟く。

 口調こそ軽いが、流石にその表情は緊張により強張っていた。だがしかし、もう一つ言わせて貰うならば、彼女はどさくさ紛れて先程の少年をちゃっかり捕まえていた。

 端から見れば、少年を守ろうと庇っている様に見えなくもない。

 だが自分は、白雷が少年に向かい人知れず呟いた言葉を知っている。そう、知ってしまっているのだ……。

 嗚呼、何という事だ。

 自分は今、あの得体の知れないプロフェッサーという男だけでなく、白雷にまで神経を尖らせなければならない。

 少年の不思議そうにキョトンとした顔が、自分の心に重くのしかかる。

 胸を押さえながら少年を見ていたのだが、白雷がそれをどう捉えたのかこう言ってきた。


「あ、やっぱり気になっちゃうすか? この子、しょーた君って言うらしいっす! 可愛いっすよね!」


 ちょっと待て。やっぱりとはどういう事だ。

 よもや同類と思われたのではあるまいな。

 いや。やめてくれ。よしてくれ。本当に勘弁して欲しい。

 自分には今、彼女こそが脅威に見えて仕方がないのだが、どうしよう。

 この緊迫した状況の中、己の欲望に忠実な白雷は、いっその事彼方についてはくれまいか。


「やばいな、動くぞ」


 宵闇の言葉に、慌てて視線を戻せば、マゼンダの取り巻き数人がプロフェッサーに攻撃を仕掛ける所であった。

 彼女と同様、自分も再びやばいと思った。

 この危惧はプロフェッサーに対してではない。今攻撃をしようとしている彼らに対してだ。

 プロフェッサーはこの状況の中、何処までも余裕の笑みを見せ、未だ薄型携帯端末(スマホの様な物)を片手に何やら操作している。

 ある者はその手を刃に変え、ある者はエネルギー波の様な物を出し、ある者は呪文の詠唱を行い、ある者は獣になって牙を剥き出しにした。

 多種多様な攻撃方法を見せつける彼ら。ただ、武器を使う者がいない事から、武器の類は出すことが出来ないようだ。彼らの様に体の一部が変化したり、力を生み出すといった類の事は平気らしい。

 改めて、ここに集められた者達が、自分と同じ多重トリップ者なのだと実感した。

 そしていよいよ彼らの攻撃が目標に到達しようとした時、目標自体が動きを見せた。

 そう、漸く彼が動いたのだ。

 何処までも余裕で不適に微笑を浮かべながら、その手にもつ薄型携帯端末を掲げたのである。


「off line」


 ゆったりと、気だるげだが何処か楽しそうな少年の声。

 外見は中学生なプロフェッサーの声は、この殺伐とした空気の中で不釣り合いに思えたが、不思議と噛み合っていた。

 掲げられた端末のその画面には、多くのアイコンらしき物が並び、その中の「Line」と書かれた物が大きく映し出されている。その文字の上下に、それぞれ「on」と「off」とあって、今は「off」が点滅していた。

 それらを見て、宵闇は「ピ、ピコピコッ!?」と困惑していた。先程から思っていたのだが、彼女の中ではどうやら、こういった操作系の機械は全て「ピコピコ」となるようである。まるで田舎の機械の疎い祖父母がゲームやネットの事を総じてそう呼ぶように。

 自分はそれで思ったのだ。彼女にはもうこれでいいと。

 ほら、白雷も後ろを向いて悶えているではないか。これが彼女の個性なのだ。

 だからいいのだ。うん、いいのだ。

 決して説明が面倒くさいからではない。ないったらない。

 己を納得させ状況を窺ってみると、攻撃しようとしていた者達が皆、その場で呆然としていた。手を刃に変えていた者も魔法を放とうとしていた者も獣になっていた者も、皆が皆、攻撃の手順を忘れてしまったかの様に、構えていた手を下ろし戸惑った表情を浮かべる。


「今、君等は戸惑っている事だろう。悠久なる輪廻の最中、己を守る為か愛する者を守る為か、はたまた世界を救う為か、手に入れたであろう非凡なる力。恐らくは血の滲む様な苦労と努力によって手に入れた能力。そして、それらを極めたる君等は、きっと呼吸をするように自然と、流れるように優雅にそれを繰り出すのだろう?

 いやはや、それを見られないのは至極残念ではあるのだがね、少々君等にはこれを説明する礎となってもらう事にしたのだよ。悪く思わないでくれ給え」


 朗々と紡がれる言葉。大きく身振り手振りする様は、まるで芝居をしているようだ。

 どう見ても人を小バカにしているようにしか見えないが、それに腹を立てて彼に突っかかっても、呆然と立ち尽くしている彼らのようになるのは目に見えている。

 彼が“これ”と言って掲げる薄型携帯端末に何かあるのは明白であろう。それが分かるから、今は皆プロフェッサーの言葉に耳を傾けている。


「これの名称は“神様フォン”と言う。我々は略して“カミホ”と呼んでいるがね。諸君等が管理者となった暁には、漏れなくこのカミホが着いてくる。

 それでこのカミホは異世界管理をする上では重要な道具でね。この中には様々な機能が搭載されている。その機能の一つに、『能力変換』と言う物があってね。それは操作する者の能力をアプリに変換するという機能。今君等に使った『Line』と言う能力もアプリに変換された物だ。因みに私自身の能力ではない。自身の能力であれば、わざわざカミホを使わずともよいからね。

 アプリに変換された能力は、管理者達の間で貸し借り、時には売り買いされる。その際にはポイントが必要となるがね」

「ふーん、今のはその『Line』って言うアプリを使ったからなのね」


 思わすギョッとする。

 マゼンダが話を割って入ってきたからだ。


「その通りだ、マゼンダ君。この能力で言う『Line』とは『繋がり』の事を言う。直訳すれば“線”となるが、この能力の持ち主の管理人はネット用語の“回線”という意味の方にイメージが強かったようでね。ネット回線の様に色んな場所に繋がる様を現実の物に置き換えた能力と言った所か。

 例えば、今現在。マゼンダ君の能力によって影響を受けている者達。彼らは影響を受けている時点で君と繋がりを持ってしまっている訳だが、それをoff……つまり回線を切ってしまえば、ほら、この様に彼らは正気に戻るという訳だ」


 淡々と説明を続けるプロフェッサーは、「ほら」といったと同時にマゼンダの取り巻き達にカミホを向けた。

 すると、彼らはハッとたった今目が醒めたように、瞬きを繰り返したり頭を振ったりと一様に自分を取り戻したようだった。

 マゼンダは一度それらを一瞥していたが、さして興味がなさそうにすぐに視線を外すとプロフェッサーに再び視線を戻して言った。


「つまり、あなたに私の補正が効かないのはその回線とやらを切ったからって事?」

「ふむ。補正に関して言えば、ここに来た時点で、私に対するあらゆる補正はシャットダウンするように設定してあると言っておこう。今の攻撃に関しては、彼らの私に向けられる敵意の繋がりと、攻撃手順の流れを切ったのだよ」


 嗚呼、それでかと思った。

 彼らが何故あんなにも呆然としていたのか。

 それは敵意を向ける対象を見失ったからだ。そして、まるで忘れてしまった様だと感じた己の感覚も間違いではなかったようである。

 それにしても、“設定”とは何の事だろう。ここに来た時点で、とは?

 そんな風に疑問に思ったのは自分だけではないらしい。


「補正に関してはそのカミホってやつは関係ないって事?」

「ああ。その通りだよ、マゼンダ君。異世界管理者になれば、持ち得る能力だ」

「………」


 プロフェッサーの言葉を聞いて、何故か押し黙るマゼンダ。その表情は何処か複雑そうに口元を引き結んでいる。

 短い付き合いだが、強気で女王様タイプの彼女に似合わぬ態度だと感じた。

 見ればそのような顔をしているのは彼女ばかりではない。何人かは同じように複雑な顔をしている。補正に泣かされた経験でもあるのだろうか。

 逆にプロフェッサーの表情はニヤニヤと笑みを浮かべたものだ。彼らのそんな表情を見てのその態度、彼には何処か嗜虐的趣味でもあるのかもしれない。

 それに今の台詞。深読みすれば結構意地悪なものなのではないか?

 彼は“持ち得る”と言ったが、きっと誰もがという訳ではないのだろう。何か条件とか、特別な何かがあるのかもしれない。

 三桁ものトリップ数を誇る自分の経験からいって、彼を見て直感的に思ったことがある。


 嗚呼、こいつ腹黒だ。


 まず間違いない。できれば彼に目をつけられないようにしたい。


「どうしたのかね? 浮かない顔だが……ああ、もしかして自分の人生を悔いているのかね? もし補正をはねのける力があったのなら。そう思ったのかね?」


 何人かは息を呑み肩を揺らした。

 マゼンダはキッと強く睨み返している。


「誰をも魅了し言いなりにする力。マゼンダ君だけではない。他にも似たような経験をしている者もいる筈だ。強すぎる力は人を孤独にさせ、時には排除される対象にもなる。

 マゼンダ君、君はどれだけ排除されたのかね?」

「うるさい!」

「人を散々狂わせた折り、ある日突然人を正常に戻す人物が現れ」

「だまれっ!」

「人を狂わせた悪い魔女は正義の神子によって倒された」

「うるさいって言ってるでしょ! それが何だって言うの!? そうよ、私は男を手玉に乗せ弄ぶ悪女だったわ! でも、それはホイホイ補正に引っかかる男共が悪いんじゃない! 私は一度だって自分から求めた事はなかったわ!」


 マゼンダの叫びが響いた。誰も口を挟む者は居ない。

 プロフェッサーでさえニヤニヤとした笑みを止め、静かにマゼンダを見据えている。

 その眼差しを受け、少しは気持ちが落ち着いたのか、マゼンダは一度軽く息を吐き出した。


「そういう対象にならないように色々した事もあったわ。結局は皆最後には補正に掛かって私は排除される結末にしかならなかったけど。

 だったら最初から悪女になるしかないじゃない。最後には決まって排除されるんだから、自分の好きに生きたっていいじゃない。

 物語の主人公みたいな典型的ヒロインなあの子が輝くなら、私は全く別の魅力で輝いてやる。典型的な悪女で輝いてやるって思ったのよ」


 マゼンダは、先程の取り乱しようが嘘のように、すっきりとした顔で「なんか文句ある?」とプロフェッサーを見ている。

 彼女は完全に己を取り戻し、最初の高飛車で高圧的な印象に戻っていた。

 彼女もまた、ある意味真っ直ぐなのだと感じた。

 自分の苦手な人種。眩しく、手の届かぬ高みにいるようで、自分が酷く矮小な存在に思えてくるのだ。


 パチ、パチ、パチ、パチ。


 誰かが賞賛の拍手を送る。

 思わず自分もつられそうになったが、同時に聞こえてきた声によって思い留まる事が出来た。


「いやいや、素晴らしい。素晴らしいよマゼンダ君。君は素敵な悪女だ」


 褒めてるのか貶してるのか分からない台詞を吐く。

 マゼンダは完全にバカにされていると思ったようで、凄い形相でプロフェッサーを睨んだ。

 彼女はなまじ美人なので凄い迫力である。


「そんなに怒らないでくれ給え。美人が台無しだよ。何も貶した訳ではないのだから」

「貶したんじゃなきゃ何だってのよ!」

「誉めたのさ。賞賛だよ」


 そう言って、プロフェッサーが杖をクルリと回して、トンと床を突いた。

 すると、そこから波紋のように空間が入れ替わってゆく。

 皆がそれに対して、おのおのに動揺したり警戒して構えたりする中、成す術なくそれを眺めているしかない。

 そして先程まで待合室だったこの部屋は、まるで最初のあの部屋の様な真白い空間に替わったのだ。

 プロフェッサーのみが変わらずそこに佇む中、自分を含む候補生達はキョロキョロと警戒を怠らない。

 しかし、講師であるプロフェッサーが注意をひく為に手を叩いた事で、皆が彼を見た。


「落ち着き給え、諸君。これが此処の元々の姿だ。

 そもそも管理者達は個人に空間を所持している。諸君等も管理者になれば、このカミホと共に空間を所有する事になるだろう。そうなればその空間は自分の思いのままに模様替えも可能だ。

 そしてこの空間は、誰の所有物でもない共同の空間でね。候補生を収容する為の一時的な物でしかなく、模様替えも講師の権限を持つ者にしか変えられないようになっている。

 先程の部屋は、何もかもが初めてな諸君等の為に分かり易いように一般的な待合室を模していただけだ」


 そして彼は背後の空間に向かって杖を振る。

 何もないのかと思ったが、杖の先がコツンと何かに当たった。途端に、そこに扉が現れる。

 観音開きになっているその扉の前にプロフェッサーが立つと、ひとまず杖を小脇に挟んで、両手を使って扉を開いた。開いた先には広く長い廊下が続いている。

 プロフェッサーは肩越しにこちらに振り返り告げる。


「ついてきたまえ。講義室に案内しよう」


 ニヤリと笑うその顔に、果たしてこのままついていっても大丈夫なのだろうかと、不安ばかりが煽られるのだった。





しょーた君の紹介


転生・トリップ回数は10回。Aクラス。

彼は必ず少年の姿でトリップする。転生の場合は、少年期に大きな活躍をする。

主にスポーツ関連に特化した世界に飛んでいた。

彼の自慢は「俺、宇宙オリンピックの地球代表に選ばれたんだぜ!」との事。

宇宙オリンピックは、勝たなきゃ侵略されるよ、な恐ろしいもの。彼は全種目で1位をとって地球侵略の危機を救ったりした。

彼自身はあんまりそんな事は考えず、純粋に楽しんでオリンピックしてた。

スポーツ大好きな爽やか少年。

大人にならないままにトリップしていた。それか、成長しなかったり。

心も体も少年のままの純粋培養。

能力はスポーツのみの最強。戦闘とかは出来ない。でも、ボール投げたり蹴ったりすると、敵を吹っ飛ばしちゃう。



プロフェッサーの紹介


管理者達の中で恐れられる存在の一人。元Aクラス。

人をおちょくったり、陥れたりするのが趣味。

よく動画で、『暇を持て余したプロフェッサーの遊び』というシリーズ名で画像を投稿していたりする。

噂で、【創世の七人】の一人なんじゃとか言われている。

本人は「さて、諸君等はどう思う?」とはぐらかして煙に巻く。

能力は分かっているだけで、破壊と創造がある。



【創世の七人】

今の異世界管理の雛形を作ったとされる最初の七人の事。

全て謎に包まれている七人。

その中の一人が、破壊と創造の能力を持っている為、プロフェッサーがそうなんじゃと噂される。

カミホの初期機能の神wikiに曖昧に記載されている。


【カミホ】

正式には神様フォン。薄型携帯端末。タッチパネル式。

管理者になれば【部屋】と共に必ず貰える。

異世界管理に必要な機能が満載。

部屋にある大型パネルと直結している。

初期機能のアプリ変換で自分の能力をアプリに出来る。

※全部の能力を変換できる訳ではありません。昔ある事があってから、レアな物や危険な物は一定条件がないとアプリに出来なくなった。因みに原因はプロフェッサー。


【部屋】

今回プロフェッサーが言ってた空間の事。

管理者一人一人が持つ事が出来る。

所有者の思うがままに内容を変えられる。想像力がないと駄目。

人によっては【神の空間】や【世界を統べる箱】なんて厨二っぽく呼ぶ事もある。

※カミホに他の管理者の部屋が見本として掲載されていたりする。ランキングなんかもあったり(上位に入るとポイント貰える)。家具や小物とかもアクセサリ機能としてあったりする。



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