4.候補生2
彼女の名前は「白雷 みなも」と言うらしい。何でも、オタク活動をする時に使っていた名だそうだ。
そして、自分はオタクだからこそ「逆ハー補正」というものに詳しいのだと言った。
「だって、夢小説では定番っすから!」
「ゆめしょうせつ?」
「ネットでよくある創作物っすよ」
「ねっと……」
やはり宵闇には分からなかったらしい。
取り敢えず、ネットはパソコンやコンピューター関係と言って置いた。
何だか、「そうか、ピコピコ関係か」と呟いていたのは気にはなったが、一応頷いていたから大丈夫だろう、多分……。
白雷が「ピ、ピコピコっすか!?」と悶えていたのも気に掛かったが、これも大丈夫だろう、多分……。
「フゥ、まさかここに来てここまでの萌えに出会えるとは……ギャップがパねぇっす」
「え? なんて?」
「な、何でもないっすよ。取り敢えず、逆ハー補正の説明をするっす」
それから彼女は簡単な説明をした。
逆ハーは逆ハーレムの略で、女を侍らせることの逆で男を侍らせることだと。その補正が付いているということは、男に好かれる為の力が備わっているのだと。
「魅了系の力ではないのか?」
「まあ、そんなもんっすけど、男限定って所がみそっす。大体、乙女ゲーの世界とか男性キャラがいっぱい出てくる少年マンガとかアクションゲームの世界とかが定番っすね。そういった補正付いた主人公とかはよく天女だとか女神とか呼ばれたりするっす。傍観物とかはよく逆ハー陥れとか言って、大抵逆ハー主が最後に酷い目に会うんすよ。主人公にも色々種類あって、平凡、最強、男装、勘違いetc……」
「え、あ……白雷?」
何やら説明している途中で興奮したのか色々と語りだす白雷。その内容の意味を殆ど理解していないだろう宵闇はおろおろとするしかない。斯くいう自分も、よく分からない。
そうしている内に白雷の語りには益々熱が入り、恐らくゲームかマンガの内容なのだろう。そういった物を今度は語り出した。
「それでっすね、主人公のライバルキャラにマジ女王様って感じのキャラがいて、それがもう気持ちいいくらいにスパンスパンと男どもを……」
「あ、う……」
「宵闇殿、こういった類の人種は一度こうなってしまうと止まらぬものだ」
「い、伊佐名……君は彼女の言っている事が分かるか?」
「いや、自分にも分からないが、こういう時はおさまるまでそっとしておくが得策だ」
「ああ、そうだな。下手につつけば悪化しかねぬものな……」
おろおろと困り顔の彼女に声を掛けてやれば、明らかにホッとした顔をされた。
彼女にとっては白雷のような人種はあまり対面した事が無かったのかもしれない。
いきなり自分の世界に入り込み、訳の分からぬ事を延々と語り出されるのはある意味怖いものな。
「皆が皆ひれ伏し声高々に叫ぶんす! マゼンダ様ー!!」
『っ!?』
いきなり叫ばれ、宵闇と共に思い切り肩をビク付かせてしまった。
白雷は顔を紅潮させ、今や興奮は最高潮だ。
離れてもいいだろうか……。
「ちょっとそこのあなた?」
じわじわと宵闇も連れて白雷から離れようとしている所に、件の女性が話しかけてきた。
白雷もまだ多少興奮冷めやらなかったが、男をぞろぞろと付き従えて来る彼女に意識を戻したようである。
因みに、黒栖もしっかり女性に付き従っている。その顔はでれっと情けなかったとだけ述べておこう。
「何だろうか?」
宵闇が代表して前に出る。
女性のこの何処か異様なオーラに当てられる事無く、威風堂々とした様子の宵闇もまた、ただ者ではないと窺わせる。全く違和感のないその姿に、ひょっとしたら上に立つような任に就いた事かあるのだろうかとも思った。
「あなたには用は無いわ。私はそこのあなたに話し掛けてるの」
「え? あっしっすか?」
白雷がぎょっとした顔をしている。
無理もない。彼女が女性に何かした様子もないし、唯一の心当たりは先ほど叫んだ事だけ。
それを煩音と感じたのなら後ろに控える男達を使って制裁を加えようとするかもしれない。
そう考えると、改めて逆ハー補正なる物の能力の恐ろしさを感じた。
「あなた、さっき私の名前呼んだでしょう? 何故知っているの?」
「へ? 名前っすか? マ、マゼンダ様?」
なんと先ほど白雷が叫んだものが女性の名前らしい。
そして、それを知った黒栖含める男性陣がざわついた。
「マゼンダ、様……」
「マゼンダ様、なんと麗しいお名前……」
「マゼンダ様……」
皆が皆、恍惚とした表情でその名を呟く。
一人ならまだしも、これだけの数でやられると、むさくるしいと言うか煩わしいと言うか……うん、気持ち悪い。
ザワザワとそれらがいよいよ煩いと感じてくる頃、女性……マゼンダが一喝した。
「お黙り!」
一気にしんと静まり返る。
彼女は鋭い視線で男性陣を一睨みすると、底冷えのする声音でこう言った。
「キャンキャン人をつき回すしか脳のないこの駄犬共! 私が話している時くらい大人しくしたらどうなの?」
すると、一拍ほど空けた後、その場にいる男性陣が野太い雄叫びと共に声を揃えて叫んだ。
『 マ ゼ ン ダ 様 ー !! 』
唖然としてそれらを眺めていたが、目の端にチラリと映る白雷も一緒に叫んでいたなんて……そんな馬鹿な。
「黙らっしゃい! 去勢するわよ!」
「うひょー! キター、KYOSEI☆ マジでマゼンダ様がマゼンダ様っす!」
「うん、ちょっと意味が分からないですな……」
「伊佐名、君が分からないのなら私が分からなくても何ら可笑しくないのだな。安心した」
「うん、宵闇殿の基準も分からない……」
宵闇の中で、自分は一体どの位置にいるのか……一度詳しく教えてはくれまいか。
そうして漸く騒ぎは収まり、鬱陶しくなってきた男性陣を壁際まで追いやってマゼンダの話を聞く。主に白雷が質問していたのだが。
それで分かった事は、マゼンダという名前は彼女自身の名ではなく、今まで飛んだ世界で名乗った名の一つだそうだ。
しかも、どうやらその名を名乗っていた世界は、先ほど白雷が語っていたゲームの世界だと言う事が白雷の度重なる質問によって判明した。
その時の彼女の荒ぶり様は、マゼンダが可哀そうな物を見るような目で見、宵闇が何かを訴えるように此方を見てきたくらいだ。
取り敢えず、宵闇にはこういう時はそっとしておいてやれと言って置いた。
「成り代わりキタっす! ヤッフゥー!! こ れ で 勝 つ る !」
「伊、伊佐名、白雷は何と戦っているんだ?」
「きっと頭の中で陣取り合戦でもしているのさ。妄想というな……」
「やっぱりあっしの予想は外れてなかったっすよー! きっと他にもいる筈っす! 宵闇さん達も後で聞かせてもらうっすよー!! フフフッ、フハハハハッ!!」
「………」
だから何故宵闇は自分に救いを求めてくるんだ。
此方だって扱いに困っているというのに。
そしてマゼンダは何故顎で行けと指示してくる。止めろと言うのか、あれを…… 無 理 だ 。
そんなに言うなら男性陣に指示……いや、駄目だ。
今見たら、マゼンダを困らせる要因として白雷を射殺さんばかりに睨んでいる。指示したら最後、奴等は抹殺しに動き出す。
ではやはり自分しかいないのか……。
気が進まない。何故こんな事になってしまったのか……。
やはり、最初に冒険などと言って黒栖と宵闇に答えたのがいけなかったのか……。
今だ高らかに笑い声を上げる白雷に、自分は重い腰を上げた。
バタン!
「ちーっす! なぁ、殿様! 俺ここで待ってりゃいい、の……」
「ああ、そうだ……」
正に腰を上げた瞬間だった。
自分にとっては救いの神となる救世主が現れる。
まだ十歳に満たない少年と、スキンヘッドのサングラスをした男性だった。
少年が年相応に明るく爽やかなのに対して、男性は黒いレザーのコートと重苦しい印象だ。
少年は男性をポカンとした顔で見上げている。
言わずもがな男性の方が案内人なのだろう。
それにしても、少年の言った殿様が気になるのだが……。
ふと、静かになった白雷の方を見てみる。
何だか不安になった。
彼女の目が、少年の姿を捉えた途端に輝いたからだ。そしてその口が動く。
声は出さなかったが、今までのトリップ経験により、読唇術というスキルを手に入れていた為、彼女が何を言ったのか分かった。分かったが分かりたくなかった。
だって、『ショタ来たペロペロ』等とそんな言葉知りたくもなかった。
「ぶっふぉー!! ひゃーははははは! と、殿様が禿げたー! さっきまで馬鹿殿だったのに、いきなり吸血鬼ハンターみたいになってる! かっけーブホッ!」
「お、おい!」
少年が笑いだしたかと思ったら、それは笑わない方が可笑しいな、という内容だった。
男性は少年の言葉におたおたと焦っている。口を塞ぎたいが、相手が子供の外見な為、どう扱ってよいのか分からないと言った風だった。
なるほど、彼のペナルティは馬鹿殿の格好だったのか。台詞はどんなだったのだろうか。
そんな事を思っていたら、白雷も気になったのか訊ねてきた。
「皆さんの案内人はどんな格好だったんすか? あっしの担当だった人はカウボーイの格好してロデオマシーンに乗ってたっす。それで片言で『アナター異世界ヲ管理シーテクーダサーイ』て言ってたっす」
「自分の担当は神様っぽい格好でジャニーさんの物まねをしていた」
「私の方はフラダンスの恰好だったわ。そして何故か京都弁だったわ」
「私の担当の人間は、麦わら帽子を被って赤いチョッキに半ズボンだったな。何故か『海賊王に俺はなる』と出会い頭に言われて『仲間になれ』と最後に言われたな」
「ぶっふぉ~! るふぃ~すか~」
白雷がその場に膝をついて腹を抱えて笑っている。
自分も聞いていて吹き出しそうにはなったが、元ネタを知らないらしい宵闇は首を傾げている。
こうして聞くに、自分の担当だったあの神様っぽい人は結構ましだったのだな、と思った。
「ペナルティっていわば罰ゲームじゃないっすか! あっし達も管理人とかになったらやらされるんすかね? ノリのいい人だったら逆に自分からペナルティにいきそうっすけど」
「それは安心したまえ。ペナルティには何種類かあって、個人個人で嫌な物を割り当てられる。因みに、案内人ペナルティはレベル1~3だ。そしてペナルティのレベルは10まである」
『っ!?』
いきなり割り込まれた台詞に、皆が皆固まった。
その声はいやに近くに聞こえた。
自分と宵闇の間。
そこにその人物は居たのだ。
真っ白い上下揃いのスーツを纏い、首元には紺色の紐のタイが下がっている。
目元に銀の飾りの付いたモノクルを掛け、手には銀製の取っ手の付いた杖。
年齢は中学生位に見えるが、薄くゆったりと余裕を持って笑うその表情は年輩の者を連想させる。
全体的に見て年齢不詳。そして雰囲気は何処までも怪しく得体が知れない。
気配など全く無く、声を掛けられるまで誰も感知しなかった。まるでそこから湧いて出たように現れたのだ。
そして、存在を認識した途端感じる圧倒的なこの存在感。
かなりの力を持っていると嫌でも分かった。
「プ、プロフェッサー!? お前が講師なのか!?」
「やぁ、ダーク。君の動画、物凄い早さで閲覧数が増えているよ」
「なっ!?」
プロフェサーと呼ばれた者が、懐からスマホの様な物を取り出し言った。
ダークと呼ばれた男性も、同様の物を取り出し引きつった顔をする。
「さぁ、後は私に任せて。帰ってコメントのチェックでもするといい」
「クッ」
ダークは暫しプロフェッサーなる者を睨んでいたが、急に自分の担当の少年の肩をガシリと掴んだ。
そして、一旦ぐるりと我々の方も見回し一言言った。
「強く、生きろっ!」
それだけ言うと、さっそうと去っていったのである。
「さぁ、諸君。喜びたまえ。プロフェッサーと呼ばれるこの私が諸君等の講師をしてあげよう。ああ、安心したまえ。今回は特別にA、B、Cのクラス合同としてあげよう」
一体何を喜び何に安心すればよいと言うのか……不安しか浮かばない……。
嗚呼、神様っぽい人にもう一度会えるなら言いたい。
クラス分けなどしなくとも、十分カオスです、と……。
白雷 みなもの紹介
トリップ回数は約30回位。B組。
マンガ、アニメ、ゲーム大好きなオタクである。
それらがなかった世界では、専ら自主制作していた。そんで流行らせた。
それらの功績が得を積む結果となったらしい。
どんなジャンルも好む雑食である。
そんな彼女にとって、この養成所に送られたことは喜ぶべきものであった。何故なら、ここにいる者達の中には、マンガやアニメやゲームの世界に飛んだ者も少なからず居るだろうとふんだからである。
今彼女を占めるのは、それらの世界に飛んだ人間の経験談をどう余すことなく聞き出すか。
主人公達の話を盗み聞きしていたのも、そういった理由があったりする。
因みに、一番の好物はロボット大戦系である。
火、水、土、風、の四大魔法を極めた。
しかしながら、それよりも商業方面の手腕がある意味チートである。
マゼンダ様の紹介
トリップ回数は6回。A組。
主に乙女ゲームの世界。トリップ回数は少ない部類だが、その代わりループ回数が半端なかった。※ループはトリップに入りません。
何処の世界でも、悪女かライバル的な役割だった。
実はどの世界でも別のトリッパーに出会ったりしている。そしてそのトリッパーに排除対象にされていた。
本人はその事は別に気にしていない。それ所か、自ら進んで悪女をやってた節がある。
「だって、それが私の生き方だし」とは本人談。
そういうある意味真っ直ぐに生きたことが徳を得た要因かも知れない。
能力は逆ハー補正。次元ループ。※この物語の逆ハー補正は、魅了、強制、支配、等の能力のセット(男性限定)を言います。
実は、どの世界でも女性からは煙たがられていたり嫌われていたりした為、今回主人公達と話できた事は結構嬉しかったりする。今後も仲良くしたいな、とこっそり思ってたり。でも、白雷のテンションは正直ついていけないとも思っています。
ダークの紹介
案内人ペナルティで馬鹿殿の格好をした。
普段はスキンヘッドとサングラス、黒のレザーコートという出で立ち。今回は持っていないが、いつもは日本刀と手裏剣とリボルバーを所持している。
トリップ・転生先の世界では、ダークヒーロー的な事をやっていた。名前はそこからきている。
候補生の時のクラスはAである。
神笑動画にアップされている彼のトリップ・転生時の動画はハードボイルド好きの男性に非常に人気で、今回のペナルティ動画はある意味阿鼻叫喚となる事間違いなしである。