3.候補生
「ねえねえ君、俺もC組なんだ。一緒に待ってようぜ」
「あの、すまない。私もC組なんだ。一緒にいいだろうか?」
案内人であった元神様っぽい人が去った後、何をするでもなくぼうっとしていた自分の元に、このように声を掛けてくる者が居た。
一人は茶髪で、いかにも軽そうな印象を持つチャラい男。もう一人は、艶やかな黒髪を一まとめにして高い位置で結んだ、凛々しい印象の女性。
そして自分はと言うと、髪は長くもなく短くもなく、顔立ちは中性的だが平凡で、全体を纏う印象も凡庸だとよく言われる。
何が言いたいかというと、なんともバラバラな人種だなぁと思った。
先程の言葉から窺うに、“も”と言う事はクラス分けの話を聞いていたのだろうか。
他にもこのような者が居るのか確かめるように周りを見回せば、ちらほらと人は居るものの、この二人のようにこちらを気にする者は居ない。
皆、思い思いに自分の好きなようにしている。
斯く言う自分も、声を掛けられなければ彼らと同じように好きにしていただろう。事勿れ主義の流され体質と己を認識している。
長く人生を繰り返してきた処世術とでも言おうか。
しかしながら、もう繰り返さずともよいのなら、少しだけ冒険してみようか……。自分から関わるという冒険を……。
そのような決断に至り、声を掛けてきた二人に視線を合わし頷いた。
「ああ、かまわない」
そうして自分の隣の空席を促す。
チャラい男は、「じゃあお言葉に甘えて」とすぐに座ったが、女性の方は右手を差し出してきた。見上げればこちらを真っ直ぐに見据えてくる。
「宵闇という。よろしく頼む」
声音までも真っ直ぐで、ああ、少し苦手だな、と思う。
こういう人種は、真面目でどこまで真っ直ぐで、自分とはかけ離れた存在だと思う。
けれどそんな素振りはおくびにも出さずに、差し出された手を握り返した。
「ああ、こちらこそ。失礼だがその名は偽名か?」
「そうだが……すまない。ずっと偽名を使っていたものだから、つい癖で……。
本名は……」
「いや、いい」
「え?」
「自分も宵闇殿の様に偽名を使っていたくちだ」
「そうか。飛ぶ世界によっては、本名を知られる事が命取りになり兼ねないからな」
「ああ」
所謂トリップ者の常識として二人で頷き合っていると、チャラ男が「ストーップ!」と間に入ってきた。
「なんなの!? なんなの君達!? かたい! 堅すぎる!」
「そうか?」
「すまない。何分、軍人を長いこと経験していたものだから、その時の所作や口調が抜けていないのかもしれない」
「ああ、自分もそのくちだ」
何となくそうではと思っていた事を、宵闇が語る。それに乗るように自分も頷いておいた。
それを聞いたチャラ男は、ちょっと引きつった顔をした後、軽く息を吐いて納得した。
「そっか。それじゃしかたないね……あー、俺は黒栖って呼んで」
「自分は伊佐名 弥生だ」
チャラ男が名乗ったので、そういえばとこちらも名乗っておいた。
因みに偽名である。由来は、先程貰ったカードの番号だ。137841でイサナヤヨイだ。
チャラ男は、最初本名を名乗ろうとしていたらしいが、先程の会話から偽名を名乗る事にしたらしい。何でも、ホストをやっていた時の源氏名だそうだ。
予想を裏切らない職業だな、と思った。
「それにしても、軍人って……俺、今まで現代日本っぽい世界にしか飛んでないからな……。
えーと、やっぱ魔法とか使えちゃう系な世界とかに飛んじゃったり?」
「まぁ、な……寧ろ殆どが魔法が使える世界だった」
「うーん……自分は半々といった所か……」
「へぇ、何か凄いなあ」
黒栖は物珍しそうにこちらを見ている。
ふと宵闇が不思議そうな顔で黒栖を見た。
「現代日本に似た世界にしか飛ばなかったと言うが、それでどんな特殊能力を得たんだ?」
どうやら、カードに書いてある条件を見ての質問のようだ。
確かに、この男を見た感じだとそんなものは感じ取れないが、経験上こういった人間の方がえげつないものを所持していたりするから侮れない。
黒栖は曖昧に笑いながら、頬を掻く。
「うーん……魔法みたいな物は無かったけど、ESPとか陰陽師とか……。
俺は専ら機械とネットの方でチートっぽいけど」
「なるほど、そういう物が特化した世界か」
斯くいう自分も、ネット方向に特化した世界を経験した事がある。あとはロボット関係とか。
今思い出しても、あの世界は胸が熱くなるな。自分の少年部分を刺激する。
因みに、今の自分は女である。一応。しかし、男であった経験も多くあった為、そういった男の浪漫的な物もよく分かる。
おまけに、その気になれば男の体にもなれたりする。
下世話な話かもしれないが、性欲はどうかと聞かれれば、身体に合わせると答える。正直、精神年齢が冗談抜きで悟りの域を越えているので性欲なんて無いに等しいのだが。
まあ、やって出来ない事はない、といった所か。
ああ、そうだ。さっきの名前だが丁度いい。男の時は「伊佐名」女の時は「弥生」と名乗ろうか。
おっと、話が脱線した。
自分の思考から戻り顔を上げると、何故か宵闇が難しそうな顔をしている。
「どうした、宵闇殿?」
「え、宵闇ちゃん? 何? 俺、何か変な事言っちゃった?」
何だこの男、女はちゃん付けする主義なのか? だとしたら自分の時は全力で拒否しよう。そうしよう。
「いや、すまない。ちょっと聞いてもいいだろうか?」
「え? なに? 宵闇ちゃんみたいな美人さんのお願いだったら何でも聞いちゃうよ」
「……流石チャラ男でホストだ……」
ボソリと呟いた声は、幸いにも二人には聞こえていない。
そして、次に聞こえた彼女の声に黒栖と二人して固まる事となる。
「ねっと、とは何であっただろうか?」
『…………』
「いや、何処かで聞いた覚えはあるのだが、何分現代日本とはかけ離れた世界ばかりだったんだ……」
「ああ……それはしかたない……」
「うん、それはしかたないね……」
何たってC組は最低でも50回以上はトリップ・転生をしているという事。
普通の人の人生を、一体何回分経験しているのか……。それほどの長い年月、最初に得た知識や記憶など、薄れてしまって当然である。
彼女にどう説明するべきかと黒栖と目を合わせた時だ。
バタン!
待合室の扉が開き、何処かふんわりとした印象の、柔らかい物腰の女性と、誰もが目を惹き付けられそうな色気と美貌を兼ね備え、強い意志を感じさせる眼差しの強烈な印象を持った女性が現れた。
何とも正反対の印象の女性二人。
案内役と候補生だろうか。
どちらがどっちなんだろうと思ったら、強烈な印象の女性が柔らかな印象の女性を二度見した。
ああ、二度見した方が候補生か……。
自分もあんな感じでこの部屋に入ってきたのだろうな、とほんの少し前の事なのに懐かしく思った。
「じゃあ、ここで待っていてくださいね」
「ちょっと待ちなさいよ! いきなり世界を管理する勉強をしろなんて言われても納得できないわよ!」
「出来なくとも、出来るよう努力して下さいな。心配しなくとも、誰もが通る道でしてよ?」
「あっ、ちょっ」
優しい印象の女性は、候補生であると思わしき彼女の制止を振り切り待合室を出ていった。
それを見て、自分の案内人はそれなりに親切であったのだな、としみじみと思った。
置いてかれた彼女は、「もうっ、なんなのよ!」と地団太を踏んでいる。そして、キョロキョロと辺りを見回すと、はたとこちらに視線を寄越してくる。
思わず目を逸らしてしまった。
長年の習性というか、厄介事に巻き込まれない為というか、正直あの女性と関わると色々巻き込まれそうというか……。
隣に座る黒栖を見たら、何とガン見していた。しかもうっとりと……。
気になって宵闇の事も見てみたら、彼女もガン見と言わないまでも女性を見ている。うっとりはしていない。
「ちょっと、そこのあんた」
「はい! 何でしょうか!」
女性が声を掛けてきたのだが、誰よりも真っ先に黒栖が手を上げ返事をする。
まるで犬だな。
そう思わずにはいられない反応っぷりである。
「何でもいいわ、説明しなさい」
「はいっ、ご主人たま!」
『は!?』
思わず発した声が宵闇とダブった。そして二人で顔を見合わせ、コソコソと話し合う。
「貴殿はどう思われる?」
「私はあれは、あの女性の能力なのではと」
「ふむ……自分はてっきり黒栖殿が女性に滅法弱いのかと……」
「いや、いくら何でもあれは行き過ぎだろう。目付きも少々おかしい」
「……うむ、そうだな。恐らく魅了系の能力か……」
「もしくは支配系の能力だな」
実は女性に滅法弱い云々は冗談で言ったつもりだったのだが、どうやら今一つ通じなかったようである。
今までも、お前の冗談は分かり難いと言われる事が多々あった。自分には向いていないのだろうか……。
少々落ち込むものの、それは表には出さずに宵闇と共に女性を見やる。そして驚いた。
少し目を離した隙に、女性の周りには人が集まっていた。しかも全員男。
何ぞこれ……。
「やはりこれは魅了系……しかも男性限定の」
「宵闇殿、貴殿は冷静だな……しかし、だとするとこれは……」
「ズバリ、逆ハー補正っすね!」
『っ!?』
いきなり自分達とは別の声に割り込まれ、思わず警戒体制をとってしまった。
見れば宵闇も同様に構えをとっている。
いきなり声を掛けてきた者は、引き攣った表情で両手を上げていた。
「えーと、いきなり声掛けてごめんなさいっす……実はずっとあなた達三人を観察してました。ごめんなさい」
謝られ、こちらはすぐに構えを解いた。
そもそも、少し前までいた殺伐とした世界の名残で構えてしまっただけなのだ。
そんな無意識の行動で怖がらせてしまったのなら、謝るのはこちらの方だろう。
宵闇もそう思ったのか、「すまない」と頭を下げていた。勿論自分も頭を下げた事をここに記す。
黒栖の紹介
見た目はチャラいが、中身は結構常識人である。
クラスこそC組であるが、トリップ・転生回数はちょうど50回だったりする。ぎりぎりC組なった。だから彼のする事は、それなりと称される事が多い。
世界については、専ら現代日本に似た世界。
ホストとかやってた。それなりに人気があった。
機械、ネット方面でチート。
どうチートかというと、まず機械は設計図無しに一から造れる。ネットは回線無くても端末に触れただけで繋げられる。ハッキングも可能。
実を言うと、ここだけの話。彼は危険能力所持者だったりする。
でも無自覚。
機械は彼の意志でどんな物でも造れるのだが、何分彼の常識内の物しか造り出せなかったりする。
その常識さえ取り払ってしまえば、ドラ○もんの道具の様な架空の物も創り出せてしまう。
もし、一度でもファンタジーの世界に飛んでいたら間違いなく危険人物としてブラックリストに乗っていただろう。
今の所、彼が常識を取っ払う事はないので、危険視されることはない。
因みに今まで一から造った中で一番デカイ物は戦闘機だったりする。
一番金持ちで暇を持て余していた時期に血迷ってプラモデル感覚で造った。
案内人 柔らかな印象の女性の紹介
今回そっけない態度であったが、本来はその印象通りの性格。
恐らく、ペナルティのせいで気分が底辺だったせい。別に怒っているわけではない。
候補生だった頃は英雄クラスのA組。
専ら救世主としてトリップして世界を救った。典型的な英雄ストーリーを体験している。
女神とか神子とか呼ばれてた。
主な能力は破邪と治癒。
軽いが逆ハー補正の能力を持ってる。
滅多に怒らない為、慈母神と呼ばれることもある。なので、あだ名がお母さんだったりする。
それについては好きに呼ばせているが、自身で名乗っている名前はネフリティス。
ギリシャ語で翡翠を意味する。