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Prologue

 ■■■


 技術の進歩は、夢を現実とする。

 時は2036年。世界で初めて夢のようなゲーム:VRMMORPG (仮想現実冒険オンラインゲーム)が発売された。そのタイトルは『Merit and Monster Online』、武器や魔法を扱えるメリットを取得し、まるで現実世界のようでそれでいて夢のような世界を自分の足で歩くことのできる画期的なゲームだ。


 このゲームは大反響を呼び、当初予定されていた3万本のソフトがあっという間に売り切れた。専用の機械『ドリームイン』が必要だったにもかかわらずだ。これは一種の社会現象としてニュースでたびたび取り上げられることとなった。製作したエレクトリック・ウィザードという作られて間もない会社だった。この会社は技術や会社に関する情報を全く漏らすことなく、ぽんとゲームを社会に投げ込んだ。そんなゲームであるが、そのクオリティーはこの上ないもので人々はこぞってこのゲームを買い求めた。




 少女、菫川(すみれかわ)(かがり)もその中の一人だった。


 元々、彼女はあまりゲームをしない。普段することと言えば、体の調子の悪い母親の世話をすることだ。若いころにある事件を通してめっきり体の調子が悪くなってしまった母親:ほむらの世話というよりは、手伝いといったところか。体の調子が悪いと言っても身動きができないという訳ではなく家の中では変わらず生活できる。しかし、外で買い物となると決まってお腹の調子を崩したりするので、専らお使いは篝の仕事である。


 そんな彼女は自由になった時間によく本を読む。ジャンルを選ばず気になった本を片っ端から読むが、その中でも彼女が良く読むのはファンタジーだった。不思議な世界が本の中に広がっていて、登場人物たちがいきいきと動き、彼らが悩み考え抜く様を読むのが好きだった。

 彼女はよく不思議な世界に自分がいる夢を見る。人間でない何かがそこにいて、彼らを彼女は隅っこでただ見ているような夢だった。彼女はその夢を自覚して以来、自分がその夢の中にある世界の表舞台に出て人間ではない彼らと触れ合えたらな、と思っていた。


 そんな彼女は『Merit and Monster Online』を知る。彼女は当然その世界に憧れた。VRというゲームの中に入り込んで自分でそれを体感できるということはもしかしたら、自分が夢見た幻想世界に出会えるかもしれない。そんな淡い期待を持ちながらも、彼女は目の前に置かれた現実を見てその期待を諦めようとした。彼女にはこのゲームソフトとゲーム機器を変えるだけのお金がなかった。母親に頼んで買うという手段は初めからなかった。なぜなら、母親の手を煩わせたくなかったからだ。

 そんな彼女の様子を見ながら、母親は深く嘆息した。娘はもう高校生になるのにいつまでも自分のことで迷惑をかけていられない。どうやら今話題のゲームに興味を出しているみたいだ。一人娘にお小遣いを上げているからこそ、それがいかに高いかわかっていた。だから、自分のことを助けてきてくれた娘にお礼の気持ちを込めてこのゲームを買ってあげよう。そう母親は考えた。


 後日配達で届いたゲームを見て彼女は母親の思いに嬉しさに涙が滲んだ。自分のことをいつも見てくれている母親からのプレゼントを大事に抱きしめた。





 そんな訳で、篝は『Merit and Monster Online』をプレイした。自分の目で見える幻想の世界に歓喜した。まさしく自分が求めていたものだと。

 剣と魔法とモンスターの世界で、彼女は小ぶりの剣:片手剣を片手に冒険を始めたのだった。






 ■■■


 そして現在。

 2037年3月。

 『Merit and Monster Online』では先月行われた帝都攻略というレイドイベントが終わり、プレーヤー達に落ち着きが生まれていた。

 高校1年生である篝は今春休み真っ只中のため、母親の世話をしながらゲームに邁進していた。


 篝の現在の職業(ジョブ)は『挑戦者(チャレンジャー)』だ。1次職『狩人(ハンター)』から始まり2次職『冒険者(アドベンチャー)』を経て成ることのできる3次職だ。戦闘能力は他の職業(ジョブ)に比べ劣るが、それを補うようにフィールドの探索能力に秀でているのがこの職業(ジョブ)だ。モンスターやプレーヤーの位置を把握できる『索敵』や逆にそれらから見つからないようにする『隠蔽』を統合したメリット『探索者の心得』を取得できたり、どんな食料アイテムを食べてもバッドステータスにはならない『鉄の胃袋』や様々なアイテムの情報を鑑定できる『探索眼』などフィールドを探索する際に効果を発揮するメリットを取得できる。戦闘面でも、アンデット系モンスターに対して通常攻撃にダメージ増加に加え低確率で状態異常を付与する『乗り越えし者』や自分よりレベルの高いモンスターと戦っている場合ステータスに補正が掛かる『高みを望む者』などのメリットを取得できる。


 『挑戦者(チャレンジャー)』である篝の武器は片手剣だ。わりかし軽量で取り回しが楽な片手剣はオーソドックスな武器だ。それを篝は右手に装備し、もう片方の手には針やスローイングダガーなどといった飛び道具を装備したスタイルだった。


 それはともかく。

 篝は偶然フラグを立てたクエストに奔走していた。

 クエスト内容は、荷物の運搬。始まりの街という大きな街から出ている船に乗って海を渡り、その先にある小島にいる人に荷物を渡すというものだった。なんでもその荷物は薬で、早くその相手に渡してあげないと病気が悪化してして死んでしまうということだった。


 篝は焦る気持ちを抑えながら、始まりの街西端にある船着き場へ走った。




「すみません、ライセル島まで行きたいのですが」


 篝は船着き場の窓口に顔を出して、目的地ライセル島へ出ている船がないか尋ねた。


「残念だが、船は出せないよ」

「えっ!?」


 まさかの窓口の男の言葉に篝は唖然とした。


「海神様がお怒りのようでね、今海は大荒れなんだよ」

「そんなぁ……」


 篝は目の前の現実に打ちひしがれた。たしかに先ほど見た空は暗く、今にも雨が降り出しそうな雲が一面に広がっていた。風も強く、たしかに海は時化っているだろうと篝は思った。

 でも、


「それでも私、ライセル島に行かなければいけないんです!」


 偶然困っている人を助けたら、その繋がりで別の困っている人がいて、そうやっていろいろな人を助けていくうちに島で病に苦しんでいるという女性にたどり着いた。ゲームの中だから、別に必死になって助けなくても自分には関係ない、と篝にはどうしても割り切れなかった。

 だから、篝は……


「なんとかしてライセル島に行きたいんです」

「とはいってもなぁ……どんな事情であれウチは船を出せないからなぁ」

「そうですか。なら、私に小舟を貸してくれませんか? お金は出しますので」

「おいおい、こんな海の中を行く気かい? 正直言って自殺行為だよ」

「それでも構いません。一刻も早く島に行きたいので」

「……そう言われちゃあねぇ。ここでウチが小船を貨さなくても、嬢ちゃんはどういう手段を使ってでも行くんだろ? 仕方ねぇ、小船は貸そう」

「ありがとうございます」


 船着き場窓口の男は頭を掻きながら篝に小舟が置いてある場所を案内した。





 ■■■


 海上にて。


「くぅ、波が高い」


 小舟に乗った篝は高波に船を揺らされながら一生懸命オールを漕いでいた。船着き場を後にした篝はライセル島へ向かって船を漕ぐものの、少しして波が高くなり船が木の葉のようにふらふらと揺さぶられるようになった。現実の体より強靭な体によってオールを漕ぐのは大して辛くないが、この荒波の中を小さな船で前に横に大きく揺られながら漕ぎ進めるのは精神的に至難だった。


「う、うわっ。これたどり着けるかな……」


 視界の右下に表示させてあるマップを頼りにオールを漕ぐものの、波に邪魔されてなかなかまっすぐ進まない。早く島に着いて病気の女性に薬を渡してあげたいのに、と篝は焦りを募らせていた。また、この大荒れがこのクエストに課せられた達成を阻む障害なのかと憤慨していた。






 そんな中、彼女を更なる試練が襲い掛かる。


“おおおおおおーおおおおおおん”


「きゃっ!」


 海は何に怒りをぶつけているのだろうか。


“ろおおおおぉおおおおおおおん”


 波を怒りを露わにし、空は泣き叫ぶ。


“おろろろおおおおおおおおおん”


 自らの体に浮かぶ小さき者を気にすることなく、どうしようもない怒りを全身で表現する海。

 大いなる海に翻弄される小さき者。


 小舟は踊るように浮き沈みを繰り返し、そしてついに波に呑まれた。














“……”


“ざざーん”


“ざざーざばーん”


「……ぅ?」


 一面白く輝く砂浜で、篝は目を覚ました。

 体をくっと起こし、辺りを見渡す。篝の周りには砂浜が広がり、目の前には海が先ほどとは違って静かに落ち着いていた。後ろを振り向けば、青々とした木々が生え渡る山がそこにあった。高さはさほど高くはないが、辺り一帯の海に囲まれた場所としてみれば標高の高い山だと言えよう。

 ひとしきり辺り一帯を見渡して、篝は自分が船が転覆した後この島に流されたのだと理解した。薬を届けようとして焦った結果が、見たところ無人島に流されたのだと思ってしまった。

 ここがどこなのか、それを調べようとしてマップを開こうとする篝だったが、メニューを開いてもノイズが走って開けないことに気付いた。それどころか時間表示や一部のアイテム欄にもノイズが走っていて、これはもしかしてバグではないかと考えた。そして、篝は重大なことに気付いた。至るところに走っているノイズが、ログアウトボタンにまで走っていることに。






「……これって、どうしたらいいのかな」


 調べた結果、外部との連絡を取れる手段にすべてノイズが掛かっており、それはこの無人島に閉じ込められたということを示していた。

 篝はふと家のことが頭に浮かんだ。このままログアウトできなければ母親に迷惑が掛かってしまう。体の調子が悪いながらも自分のことを育ててきてくれた母のことだから、きっと自分がログアウトしないままゲームの中に囚われ続ければ心配しすぎて倒れてしまうんじゃないか。そう篝は思った。

 だからこそ、


「早く、このバグの原因を見つけないとね。もしかしたら、この島にいるからかもしれない。だとしたら、なんとしてでも外に出る方法を見つけないと……」



 そう考えを巡らす篝の耳に、小さなすすり泣くような声が消えた。


「なんだろ?」


 ここで考えていてもしょうがないとそれまで巡らせていた考えを脇に置いておいて、篝はその声がする方へ足を進めた。








 そして、声の主を探して砂浜をずっと歩いた篝は一人の少女と出会う。

 真っ赤に燃え上がるような朱色の長襦袢を着て、麗らかな黒髪を垂らしたまだ年端も行かない小さな女の子は、悲しみの涙を流していた。


 その少女の名は、イフリート。

 『炎の妖精』、いや彼女は未熟であるが故に『炎の幼精』といったところか。

 本来ならば人の前で姿を見せぬものだが、彼女は悲しみのあま篝が近づいてきていることに気付かなかった。


 篝はその少女の姿にどこか懐かしみのようなものを感じた。


 そして、篝はその少女に話しかけた。






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