ゴブリンバスター 前編
魔法とか武器の設定は適当です。気にしないでください。
300匹からなるゴブリンの群れのボスは、かつて本拠を魔の領域にもつ存在だった。しかし、魔物同士の勢力争いに破れ、彼はこの地に数匹のゴブリンと共に流れ着いた。それが今から丁度一年ほど前の話である。
そこから彼は群れの回復を図るために、この流れ着いた地で巣を作り、他の種族の雌を求め動き出した。ゴブリン族は強力な繁殖力を持つが、雄しか生まれないので、他の種族の雌に生ませなければ、その数を増やすことが出来ないからである。
手始めにゴブリンたちは近くのヒューマンの村を襲った。
規模の小さい村と言うこともある強い戦士もいなく、彼らは比較的少ない被害で、雌と食料を得ることが出来た。
これが群れの快進撃の始まりだった。
まず、襲ったヒューマンの村から攫った雌を孕ませ、新しいゴブリンを生ませた。そして、彼らが成長し戦えるようになったら、また新しい獲物を求め村を襲った。
その襲う頻度はゴブリンの数と比例するように増えていった。
そのうち、彼らの元には大量の食料と色々な種族の雌が集まり始めていた。それが丁度一月前。
この調子でいけば、後半年でこの群れは千匹を越える大規模なものになる。
ボスは新たなゴブリンを孕ませるためにエルフの雌を犯しながら、ニヤリと笑う。
そうしたら再び魔の領域に返り咲けるだろう。しかし焦ることはない。まずはこの辺りを制圧し、巨大な群れの主になってから魔の領域に帰っても遅くはないのだ。
こうして、ゴブリンの群れはボスの野望と共に300匹という大規模なものへと成長していき、その数を更に伸ばさんと勢力を広げていたのだった。
★
茂みに身を隠し、気配を消しながらシアラたち15人は、ゴブリンの巣穴の正面口に近づいていた。
かがり火が煌々と焚かれ、数匹の門番らしきゴブリンが、お粗末な装備で見張りをしている正面口は、特に柵で防護している訳でもなく、堀を掘っている訳でもない丸裸な状態だった。
まさに攻めてくれと言わんばかりの門構えに、シアラは一人笑みを浮かべた。
「うつけが。所詮はゴブリンか。よか、望みどおり攻め滅ぼしてくれよう、マール」
「はい」
シアラに呼ばれ返事をした青い髪の小柄な少女は、マールといいシルフの少女だ。彼女は手に持っていた杖を両手で握りながら目を瞑り集中し始める。すると、シアラの目の前に空気の渦が出来た。
「フィリオ、聞こえるか?」
シアラはその渦に向かってフィリオを呼ぶ。
『はい、聞こえます』
すると、渦の中からフィリオの声が響く。
この渦は風を司るシルフの魔法の一つであり、情報を伝達するときに重宝する魔法だ。特に呪文を唱える必要もなく、情報を伝達できる範囲も広い。唯一欠点があるとすれば、情報を伝達する両方にシルフがいなければ使用できないぐらいだ。
アステル傭兵団ではその役目をマールと、とんがり帽子を深々と何時も被っているクルスが追っている。二人とも優秀な風使いであり、団にいなくてはならない存在だ。この二人のお陰で、アステル傭兵団の二方面作戦の精度が、他の傭兵団とは段違いに優れていることがその何よりの証拠だろう。
シアラは若いシルフの精度の良い魔法を褒めながらフィリオと会話を続ける。
「準備は整ったか?」
『はい、整いました』
「よし、キア来い」
フィリオの返事に頷くと、後ろで控えていたキアを呼ぶ。
だが、キアは「あっ、えっ、いやっ、また?」と要領を得ない言葉を呟きながら頬を染めて、もじもじしているだけで動こうとしない。
こんな光景を何度も見たことのある団員たちは、キアの態度にしょうがないと肩をすくめるが、新人のドーラには、何故キアが恥ずかしがっているのかが全く理解できなかった。
だからだろう。彼は身体をもじもじと動かし、尻尾をくねくねと動かすキアを一人気味悪そうに眺めていた。
「こら早く来い」
中々来ないキアを手招きしてシアラが急かす。
「えっ、いや、団長……。その止めにしない。ほら、新入りもいるんだしさ……」
「馬鹿。戦勝願いは戦の大事。本来ならもっと確りするものだが時間的に無理だ。でもこれだけはやっておかないと、おいの気がすまない」
「ううっ、わかったよ」
しぶしぶキアがシアラへ近づくが、その足取りは重く。俊敏で知られるケットシーとは、とても思えないほどだった。
しかし、普段団員に対して気配りを忘れないシアラはこの時ばかりは強引で。彼女は恥ずかしそうに近づいて来たキアの肩を掴むと、その琥珀色の瞳を覗き込むように見つめ始める。
まるで口付けをするように顔を近づけ見詰め合う両者。
その行動に慣れている者ならば、「キアの奴羨ましいな」ぐらいの軽い嫉妬で済むが、ドーラなど初参加組みは戦闘前に何やってんだと呆れて二人を見ていた。
時間にして数秒か。
その間二人はジッと動かずお互いを見詰め合っていた。
シアラの方は無言で真顔で真剣に、一方キアの方は、頬どころか顔全体を真っ赤に染め、縞模様の耳と尻尾をピンッと逆立ててだ。
「よし」
シアラが頷く。そしてキアから離れると渦に向け口を開いた。
「フィリオ、やるぞ。正面口が騒がしくなったら攻め込め」
『はっ』
渦の向こうからフィリオの声が響いた少し後に渦が消滅する。それが合図となり、周りで武器を取り出す金属音が響いた。
相手に気取られないよう静かに闘気を放つ団員たちが、自分達の武器を構えたのだ。そして彼らは準備はできたと言わんばかりに視線をシアラへ向ける。
歴戦の勇士たちの鋭い視線を受け、シアラは頼もしい部下達だと思い、腰に差した剣を握り
―――抜く。
霜が降ったように濡れている片刃の剣は、持ち主と同じで美しい銀色をしており、高名なドワーフの鍛冶屋に特注で鍛えてもらったものだ。硬度の高いダマスカス鉱石と、柔軟性が高く魔力との親和性が良いミスリル鉱石とを組合わせて作られたこの剣を、シアラは刀と呼び、戦場の相棒として常に携帯していた。
そして、時に至ると抜刀し、先陣に立ち敵を切り殺してきた。
そんな名刀の刀身が露となり、切っ先がゴブリンの巣穴へと向けられる。
距離にして約100mあるかないか。身体能力の高い連中ばかりいるアステル傭兵団にとっては、あってないような距離だ。茂みや木々が邪魔だとしても20秒以内にゴブリンへ切りかかれる。
(まずは最初の奇襲じゃ)
シアラはスッと息を吸い込み。裂帛の気合と共に声を張り上げた。
「すわ(さあ)!! かかれ!!」
響き渡る突撃命令に傭兵団は、「おおおおおおお!!」と鬨の声を上げ、一斉にゴブリンの巣穴へと向け走り出す。
全員が全速力だ。一番首をあげた者には、シアラから手厚い報奨金が与えられると知っているから気合が違うのだろう。
我先にと、傭兵団の中でも近接戦闘が得意な連中が前へ出る。だが、そんな歴戦の団員よりも一歩前へ出る存在がいる。
巨大な斧を肩に担ぎ、木々の障害などものともせずに突き進むドラゴニアのドーラ。彼は凄まじい速度で一人突出してゴブリンの巣穴へ近づいていた。
(おうおう、にせじゃのう。見ていて気持ちが良か。しかし、少し突出し過ぎとる)
シアラはそう考えながら、隣を走るキアへ視線を向ける。古参のキアはそれだけでシアラの意図する事が分かったようで、グンッと速度を上げて前へ進みだした。
その速度はまさに風。
ドーラが全てをなぎ倒しながら進むのに対して、キアはするりするりとぬえのように木々の間を走る抜け、あっという間にドーラの背中に追いついく。
そして、キアがドーラの背についた瞬間。
ドーラがゴブリンと戦闘を開始した。
「がああああああああ!!」
竜の咆哮と呼ばれる大声で大気を振動させ、ドーラは肩に担いでいた斧をゴブリンに向け振り下ろした。二の太刀など考えないドラゴニアの一撃に、奇襲と咆哮で完全に竦み上がっていたゴブリンが反応できる訳もなく頭から真っ二つに叩き切られた。
またその一撃はゴブリンを叩き切るだけでは飽き足らず、勢いそのままに地面も抉り陥没させる。力のドラゴニアを証明するような惚れ惚れする一撃に、シアラは「良か! 良か!」と声に出し喜び、逆にゴブリンたちは、行き成り攻めてきた敵の尋常でない力に恐れ戦いた。
すなわち隙が生まれたのだ。
まさに絶好の機会とも言うべきその隙を、ドーラの背中に隠れるように潜んでいたキアが見逃すはずもなく。彼女は懐から数本のナイフを取り出すと、一息の元にそれを別々のゴブリンへと投げた。
まるで曲芸のように投げ出されたナイフは、綺麗にゴブリンの眉間や喉といった、鎧で守られていない剥き出しの急所に吸い込まれ、彼らを絶命させる。
ドーラとは真逆の静かな技だが、一瞬で数匹の仲間の命を奪ったキアに、ゴブリンたちはドーラ以上の脅威を感じた。
そんなゴブリンへ少し遅れて森から出てきた団員が襲い掛かる。
ドワーフの戦士は鉄槌を振り回してゴブリンの頭を吹き飛ばし、ライガーと呼ばれる虎を思わせる獣人は、その鋭い爪でゴブリンを鎧ごと引き裂く。シアラも手に持つ刀を振り、ゴブリンを一匹二匹と葬って行く。そして、そのままナイフを投げ続けるキアへと近づいていった。
「キア」
「なんだい、団長」
「もうええ。マールを守ってやれ」
「了解」
戦いながら指示を出したシアラは、我武者羅に剣を振るうゴブリンを袈裟懸けに斬る。
(さて、これで最初に見え取ったゴブリンは殺した。洞窟内が騒がしくなってきたから、そろそろ第二陣がくるか)
ならば急がねばと考えをまとめたシアラは、鉄槌を振るっていたドワーフの男を呼ぶ。
「バッカム!」
「おうさ! 大将!」
シアラよりも小柄だが真っ黒な髭を生やした筋骨隆々なドワーフの男が、男臭い笑みを浮かべる。彼は自分の役割を事前に聞かされていたので、シアラの指示を聞くまでもなく、大地の魔法を発動するための呪文を唱え始めた。
「大地の精霊よ。陣地を作る。手を貸してくれ」
呪文と言うには適当だが、大地の精霊と会話が出来るドワーフにはこれで十分らしく、彼の耳には「イイヨー」と舌足らずな子供の声が聞こえてきた。
「大将! やるぞ下がってくれ!」
「よし! 全員バッカムより下がれ!」
シアラの声にバッカム以外の団員が洞窟から離れるように下がる。
同時にバッカムの全身から魔力が溢れた。
「いくぞ! 陣地作成!」
バッカムが魔法を発動する。
すると彼の前方の土が盛り上がり壁となる。その土壁はUの字型で、洞窟の入り口に蓋をするように築かれた。高さは3m弱だろうか。洞窟側からは角度90度の壁だが、シアラたち側からだと緩やかな傾斜で、頂上まで登ることができる。
団員達はその土壁を一気に登り、頂上に着くとそれぞれが持つ飛び道具を構えた。
シアラも頂上に立つと、投石器を構えているバッカムを労う。
「よか、バッカム相変わらずいい腕じゃ」
「がははははっ、任せろ大将! 給料は弾んでくれよな!」
豪快なバッカムの笑いにシアラも笑みを浮かべ「よか、楽しみにしとけ」と答え、団員達の方を向く。
「いいか。もう直ぐ第二陣ばくる。弓隊は今まで温存していた矢をガンガン使え。ああ、ちゃんとこの日のために買っておいた毒を塗れよ。そうすれば奴らの身体のどこかに矢が刺さればいいのからの。でも、やりすぎるな。おい達がやりすぎてゴブリンどもを裏口から逃がしたら意味がないからの」
その指示に団員達は頷く。
洞窟の向こうからゴブリンの鳴き声が聞こえる。
段々と大きくなっていることから、此方に近づいてきているのだろう。
(正念場じゃ)
シアラはちろりと舌を出し唇を舐める。
その間にも洞窟から聞こえる鳴き声は大きくなっていた。
団員達は何時でも放てるよう弓を構え、弓を持っていないものは、あらかじめ拾ってきた石を持ち、直ぐに投げられるようしている。
ギャアギャア
ついにゴブリンの鳴き声が其処まで迫ってきた。
シアラも刀とは反対側の腰にさしている特注の鳥銃を取り出し構える。これは火薬の変わりに魔力の爆発を利用して銃弾を飛ばすものであり、また、装填速度を上げるために先込め式から元込め式に改良もしてある。
前世の記憶にある鳥銃より遥かに高性能で、最大の弱点だった装填速度も解決したこの銃を、シアラは紫電と名づけた。その由来としては、ダマスカス鉱石製の砲身が黒に近い紫であり、そして装填速度が雷のように速いところから来ている。
恐らく大量生産が実現すれば、今の戦の形ががらりと変わるであろうこの兵器にも問題がある。それもかなり頭の痛い問題だ。
高価な鉱石と特殊な構造による特注ということもあり、この紫電は非常に値が張る。これ一つ作るのにシアラの数年分の貯金、分かりやすく例えるなら豪邸が一軒立つだけの金が全て吹き飛んだのだ。
良い武具のためとはいえ、長年溜めたものが一瞬で消えて、半泣きになったのはシアラの苦い思い出だ。だが、それだけの価値がこの紫電にはあった。
ギャアギャア
ゴブリンの鳴き声が洞窟近くで聞こえ、そして、一匹の槍を持ったゴブリンが出てきた。
同時にシアラは紫電の引き金を引いた。
パンッという空気が弾けた音共に、出てきたゴブリンの眉間に穴を開ける。
弓などと段違いの速度で放たれた銃弾は、命中したゴブリンを吹き飛ばすだけの力がある。
後続のゴブリンたちは、先頭を切って敵前に出た勇敢な仲間が、脳髄を撒き散らし倒れきたことに驚き慌てて立ち止まった。それにより彼らは更に後ろから続くゴブリンたちに押され、洞窟の外へ勢いよく雪崩のように押し出されてきた。
「すわ! 放て!」
シアラは弓を構えていた団員達に指示を飛ばすと、彼らは待ってましたと言わんばかりに、矢を倒れているゴブリン目掛けて放ち始めた。
一撃必殺ではなく、身体のどこかに当たればいい矢は、雨のようにゴブリンたちを襲う。
ゴブリンたちは抵抗という抵抗も出来ず、矢の餌食となっていった。
まさに、快勝といってい戦果である。
だが―――それは不味い。
シアラの眉間にしわがよる。
ゴブリンが思っていた以上に脆く、このままでは彼らが敗走し、逃げ出してしまう可能性が出てきた。もしそうなったら、逃げる道は裏口の一つしかなくなり、裏口部隊が危険にさらされる。
(作戦の変更も考えるか。奴らが敗走し始めたら、おい達も奴らを追いかけフィリオたちと挟撃する。最悪犠牲が出るかもしれんの……)
シアラは不測の事態を考えながらマールを呼ぶ。
「はい、団長」
青色の髪を揺らしながら、マールが返事をする。
「フィリオから連絡は来たか?」
シアラの問いにマールは首を横に振る。
どうやら、まだボスの首を討ち取るには至っていないらしい。
歪みそうになった表情を強靭な意志で押さえ、シアラはあえて余裕のある表情を見せながら、マールへ新たな指示を出す。
「わかった。マール、場合によっては作戦を変更する。おいが突撃命令を下したら、お前はクルスへ急ぎ連絡をして、作戦を殲滅から挟撃に変更すると伝えろ」
「わかりました」
マールは頷くと、また少し後ろに下がり、安全な場所で待機をする。
シアラはそれを横目で見たあと、天頂に輝く三つの星を見上げた。
(さて、おいに武運があることを信じるか)
そして額に浮かんだ汗をぐっと拭う。
そんな彼女をバッカムが呼ぶ。
「大将! 来てくれ!」
若干焦りのあるバッカムの声に、何事かとシアラが土壁の頂上から顔を覗かせる。そこにはゴブリンたちが洞窟の入り口で、丸い大きな鉄盾を構えて、此方の様子を窺っている姿が見えた。
シアラは「ほう」と感嘆する。あれでは弓矢が通らない。なかなか向こうにも頭の回る奴がいるらしい。これは嬉しい誤算だった。
シアラは手を上げ、団員達に矢を放つのを止めさせる。
そんな彼らの中で石を投げて攻撃していたドーラだけは、目を怒らせてシアラの顔ほどある石を掴み。
「こしゃくな! ゴブリン共め!」
と凄まじい勢いで、その石を鉄盾目掛けて投げつけた。
ドラゴニアの怪力により投げられた石は、巨大な鉄盾にあたると轟音を響かせ、大きな凹みをつくり持ち手であるゴブリンたちを数歩下がらせる。
余りの威力に驚いたのか、ギャアギャアとゴブリンたちが騒ぐが。確りと盾で防げば大丈夫と分かったようで、また同じように入り口で鉄盾を構え始めた。
「ぐぬぬぬっ、くそっ!」
ドーラは亀のように篭るゴブリンたちが気に食わないようで、悔しそうに歯軋りをする。そして、先ほどと同じ大きさの石を掴み、再び鉄盾目掛けてその石を投げようとした。
シアラはそんな彼へ近づき肩を数回叩く。
「落ち着けドーラ」
「団長っ……でもよ」
不満そうなドーラをシアラは冷静に諭す。
「これでいい。おい達の役目は元々囮じゃ。本命はフィリオ率いる裏口隊。彼らがボスを討ち取ったときこそ殲滅のときぞ。そのときまでお前の力は貯えておけ。いいな。殲滅戦ではお前の力が必要じゃ。こんなところで無駄に使うな」
己の力が必要と、こうもはっきり言われては、ドーラも肩の力を抜き頷くしかない。彼は「わかったよ団長」と素直に頷くと、持っていた石を地面に置いた。
それを見たシアラはドーラから視線を外し、鉄盾を構え此方を窺うゴブリンたちを見下ろした。
(さて、こっからは根競べじゃゴブリン共)
シアラが再び舌で唇を舐める。
裏口隊からの連絡はまだ来ない。
ゴブリンって最初の敵としては出しやすい。設定も徹底的な悪役に仕上げられるし、叩いて叩いて根まで潰せる感じが好きです。