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既婚者だって知っていたら好きにはならなかったのに、、、という勘違い

作者: 来留美
掲載日:2026/07/12

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

「今日は本当におめでとう。もう遅いから帰ろうか?」


 今日は私の二十歳の誕生日。

 恋人の彼とレストランで食事をし、のんびり二人で会話をして時間があっという間に過ぎていった。


「でも、お酒を飲める歳になったのよ? もう少し飲みたいなぁ」

「これから、お酒はいつでも飲めるよ」

「その、いつでもが今日でいいじゃん」

「今日の君は何だか我が儘だね? もしかして酔ってる?」

「酔ってないわよ。今日は私の誕生日だからよ」

「そうだね。本当におめでとう」


 彼は何度目か分からない数の、お祝いの言葉を私に言ってくれる。

 それは本当に嬉しい。

 でも、、、。



 彼は本当に優しい。

 私と同じ歳なのに大学生の私とは違って、大人で社会人として立派な人。

 そして男性としても紳士で立派な人。


 私を、ちゃんと家まで送り届けてくれるし、私を大事に扱ってくれる。

 それに私の気持ちを優先してくれる。


 でも今日は、そんな彼じゃ嫌なの。

 だって私の誕生日だよ。

 ずっと彼と一緒にいたいの。

 朝までずっと。


「私の言いたい事を分かっているの?」

「ん? 僕も酔ったかもしれないね。さあ、帰ろうか」

「ねぇ、今日はあなたと一緒にいたいの」

「そうだね。今日は、いつもよりも長く一緒にいたよね?」


「違うの! 朝まで一緒にいたいのよ」


 私は赤くなる顔を隠すようにうつむいて言った。


「君は酔っているんだよ。タクシーを呼ぶから帰ろうね」

「違うわよ。いつまでも子供扱いしないでよ」

「子供扱いなんてしていないよ。君は本当に可愛くて僕には大切で大事な人だよ」


「それなら朝ま、、、」

「だから君を家まで、ちゃんと送り届けるんだよ」


 彼は私の言葉を遮り、困った顔をしながら言った。

 私、彼を困らせてる。

 私って子供じゃん。


「分かったよ」


 私は仕方なく彼の言う通りにする。

 タクシーがお店の前で止まりドアが開く。


「今日は君を家まで送れないけど、ちゃんと帰れるよね?」

「えっ、私、一人で乗るの?」

「お金は多めに渡しておくよ」


 そして彼は私に、お金を渡してくる。

 こんなことは初めて。

 どうしてなの?


「じゃあ気を付けてね。本当に誕生日おめでとう」


 彼は、そう言って私にシートベルトをつけてくれる。

 そんな彼の手を私は引っ張る。

 彼は驚いて私を見る。


「今日は今までで一番素敵な誕生日だったよ。ありがとう」


 私は彼にニコッと笑って言った。

 本当は、まだ一緒にいたい。

 本当は、もっと我が儘を言いたい。


 でも、それは彼を困らせるから。

 私も彼の(よう)に大人にならなきゃ。

 彼に似合う女性にならなきゃ。


「それは良かったよ。おやすみ」

「うん。おやすみ」


 そしてタクシーのドアが閉まり進みだす。

 振り向くと、彼はすぐ後ろに止まっていたタクシーに乗っていた。


 なんだか急いでいる様子。

 私は気になってしまった。

 そしてタクシーの運転手さんに言っていた。


「後ろのタクシーを追いかけてください」


 そして彼のタクシーを追いかける。

 景色は繁華街から住宅街へと変わっていく。


 彼の家が、あるのかな?

 私は彼の家へ行ったことはない。

 そして彼は私の家を知っているが、中に入ったことはない。


 最初は不思議に思っていた。

 でも、彼は人を家に入れたくない人なんだと思って考えないようにしていた。

 本当は彼の家へ行きたかったのに。


 彼の乗っているタクシーが停まった。

 そして彼はタクシーを降り、新築の大きな一軒家の前で立ち止まる。


 彼がインターホンを鳴らすと、綺麗な女性と小さな男の子が出てきた。

 男の子は嬉しそうに彼の足に抱き付き、彼は男の子を抱き上げた。


 その様子は幸せそうな家族だった。

 彼には家庭があった。

 だから夜は一緒に居れないんだ。


 優しさだと思っていたことは彼にとっては、ちゃんと理由があったんだ。


 彼は既婚者だった。


 私は、そのまま家へ帰った。

 ショックだったけど疑う所は沢山あった。

 それに気付かなかった私が悪いの。

 

 違う。

 気付けたはずなのに、気付かないフリをしていた。

 こんなに素敵な彼を手離したくなかったから。


 そして私は、いつの間にか不倫相手になっていた。

 彼とは終わりにしなきゃ。

 最高の誕生日だったのに、最低な誕生日になってしまった。


 私は一人、静かに泣いた。

 彼と過ごす毎日は幸せ過ぎた。

 私の頭の中から彼の顔は消えない。

 優しく微笑む彼の顔は忘れられない。



『ピンポーン』


 いつの間にか眠っていた私は、インターホンの音で目を覚ました。

 泣きすぎて目蓋が腫れて重く感じる。


 インターホンの画面を見ると、心配そうにしている彼の姿が映った。

 ソワソワして落ち着きもない。

 そんな彼を見たのは初めてかもしれない。


 でも、どうして彼がいるの?


「ねぇ、帰ってないのかな? 電話をしても出ないから来てみたんだけど」


 私はインターホンから声を発していないから、私が見ているなんて彼は知らないはず。

 それなのに彼はインターホンに向かって叫んでいる。


 そして、いつもの彼なら夜だから近所迷惑になると直ぐに気付くはずなのに、そんなことを考える余裕もないの?


 私はスマホを見て驚いた。

 彼からメールも着信も、たくさん入っている。


『ちゃんと帰れたかな?』

『あれ? 寝ちゃったの?』

『電話も出ないけど大丈夫だよね?』

『心配だから、そっちに行くよ』


 彼からのメールからは私を心配していることが凄く分かる。

 そんなに心配することなの?

 私は未成年じゃないし、もう大人だよ。

 私って、本当に子供扱いされていたんだね。


「最後だから、少し私の部屋で話をしようよ」


 私はインターホンに向かって彼に言った。


「えっ、でも、夜も遅いし、女性の一人暮らしの部屋に入ってもいいのかな?」


 彼は驚きながら私の部屋へ入るのを躊躇ためらっているように見える。


「最初で最後にするから」


 私は懇願するように言った後、ドアを開けた。


 私が“どうぞ”と言うと、彼は申し訳なさそうな顔をしながら中へ入った。

 私は彼をソファに座らせ、私は机を挟んで向かい側の座布団の上に座った。


 カップルだったら隣に座ったかもしれない。

 でも私達は不倫。

 私は知らなかったとしても不倫なのは間違いない。

 だから彼の隣になんて座れない。


「何か飲む? お水くらいしかないんだけど」

「すぐに帰るから大丈夫だよ。それよりも、どうして連絡をしてくれなかったのかな?」

「そんなのできないよ」

「どうして?」

「あなたの迷惑になっちゃうから」

「僕に迷惑? そんなことを僕は思わないよ」

「もう、いいよ。隠さなくても」


「え?」


 彼は私が何を言いたいのか分からないのか、不思議そうに言った。


「本当は、もう会わないって思っていたの。でも、あなたが来てくれたから嬉しくて。最初で最後に、あなたの口から真実を聞きたいの」

「真実? 僕は君に嘘なんて言ったことはないよ? いつも君には真実だけを伝えていたつもりなんだけどな?」

「それなら私は、あなたの一番?」

「うん。君は僕の一番だよ」


 彼は私の目を見て確かに言った。

 嘘には聞こえない。

 でも真実のように聞こえても、それは私が彼を好きだから、そう聞こえるだけなのかもしれない。


「嘘つき」

「えっ、嘘じゃないよ。僕は君を一番に愛しているよ」


 彼の言葉を聞いて私の鼓動は速くなる。

 でも彼は他人ひとのモノ。

 嬉しい気持ちを隠して私は彼を睨む。


「大嘘つき」

「えっ、何? どうしたんだよ?」

「私、知ってるんだよ。あなたは既婚者だって」

「えっ」


 私の言葉を聞いて彼は驚き固まった。

 私に知られて、そんなに驚くの?

 私には、ちゃんと隠せていたと思っていたんだね?


「奥さんが居て子供もいるのに、それでも私が一番なの?」

「ちょっと待ってよ。何の話かな?」

「まだとぼけるの?」

「いやっ、本当に意味が分からないんだよ」

「今日あなたは私の誕生日を祝った後に、家族の元へ帰ったでしょう? 夜は、いつも家族の元へ帰っていたのよね?」

「えっ、今日? でも君は先に帰ったよね?」


 彼は焦っている。

 私にバレて奥さんにバラされるとでも思っているの?


「あなたが乗ったタクシーを追いかけたのよ」


「そうなんだ」


 彼はクスクスと笑いながら言った。

 頭でもおかしくなったの?

 私にバレたから開き直ったの?


「あなたって、不倫をするような最低な人だったんだね」

「君は何も分かっていないよ」

「分かっているわよ。この目で、ちゃんと見たのよ?」


「それなら、君が夜遅くにバイトが終わって僕が迎えに行くのも、君が眠れないと言えば眠れるまで僕が電話に付き合うのも、君が風邪をひいたら僕が直ぐに薬などを持って行くのも、君を愛しているからだって分からないのかな?」


 彼に、そう言われたら私は愛されているのかもしれないと思ってしまう。

 でも、、、。


「でも、あなたの家を教えてくれないのは何故? それに、夜になると帰っていくのは何故なの?」

「君が僕の家を見たら驚くからだよ。それと夜になると帰るのは、君を大事にしているからだよ」

「分かんない」

「それなら、どうすれば信じてくれるのかな?」

「目で見なきゃ分かんない」


「分かったよ」


 彼は、そう言って私に左手を見せる。


「僕には結婚指輪はないよね?」

「そんなの、外せばいいだけだよね?」

「それなら外した跡があってもいいよね?」

「あなたが指輪をする人じゃなかったら、跡も残らないわよね?」

「分かったよ。それじゃあ、僕の家へ行こうか?」

「いいの?」

「うん。それに君の目を見て一人にはしたくないと思ったからね」


 彼には泣いていたのはバレている。

 そして私は家を出て、私の家の前に停まる彼の車に驚く。


「運転手さんつきなの?」

「そうだよ。君には言う必要はないと思っていたんだけど、僕は経営者なんだ」

「社長さんってこと?」

「そうだね」

「それは教えてよ」

「君に経営者だって教えて、僕から離れていったら嫌だったんだよ」

「私は、あなたから何を聞いても変わらなかったと思うよ」

「僕も君は、そんな子だって頭では分かっているんだ。でも君を失う怖さから、どうしても言えなかったんだ」


 彼は申し訳なさそうにしながら車のドアを開け、私を車に乗せ出発する。


「ところで、あなたが既婚者じゃないなら、あの綺麗な女性と男の子は誰なの?」


 私は車の中で隣に座る彼に一番大事なことを訊いた。


「僕の友達の奥さんと息子さんだよ」

「でも凄く仲良さそうに見えたわよ?」

「僕の友達の奥さんも僕の友達なんだよ。学生時代から知っていたからね。それで何度も遊びに行くんだよ。あの家には」

「目で見ていないから信じるかは微妙だけど、今だけは信じてあげるわ」

「明日にでも、友達の家へ連れていくよ」


「えっ」


 驚く私を見て彼はクスクスと笑っている。


 彼の言葉が全て本当なら明日、私は彼の大事な友達に彼女として紹介される。

 緊張しない人なんていないわよ。

 そんな私の反応を楽しんでいる彼。

 たまに意地悪なんだから。


「さぁ、着いたよ」


 彼は、そう言って車から降りる。

 私も降りて驚く。

 大きな一軒家。

 こんなに大きな家を間近で見たことがない。

 何部屋あるの?


「ここでお父さんとお母さんと一緒に住んでも部屋が余るわよね?」

「ん? この家は僕、一人だけだよ」

「えっ、こんなに大きな家って必要なの?」

「仕事部屋も沢山あるし、友達を泊めたりもするから大きくて助かるよ」

「それなら私の部屋もあるの?」


「あるよ。君にピッタリの部屋が」


 彼は紹介するのが楽しみなのか、ウキウキしながら言った。


 それから私が泊まる部屋の前に着く。

 彼が扉を開けると、そこにはお姫様のお部屋があった。


 可愛い壁紙や可愛い家具。

 ベッドの枕元にはクマのぬいぐるみが置いてある。

 女性というより女の子が好みそうな部屋。

 やっぱり私は女性としては見られていないみたいね。


「あなたは何不自由なく生きていけるのに、私みたいなお子ちゃまは必要ないわよね?」

「何、言ってるんだよ? 君は僕にとって大切で大事な人だよ。あの日、君が僕を助けてくれた時に僕は君を離さないって決めたんだ。何があっても君を幸せにするんだって」


 彼の言うあの日とは、私達が出逢った日のこと。

 彼は、おじいさんを亡くして何も持たず、ただ雨の中歩いていた時に私と出逢った。



 あの日は雨が降っていた。

 天気予報では晴れだったのに、いきなり雨が降ってきて皆が困っていた。


 私は毎日、折り畳み傘を持っていたから濡れることはなかった。

 バス停でバスを待っていたら、隣に雨のシャワーを浴びてずぶ濡れの彼が立っていた。


 意味がないかなと思いながらも彼が濡れないように傘を少し傾けた。

 彼は、そんな私に気付いて言ったの。


「もう僕はずぶ濡れだから大丈夫だよ。濡れていない君が濡れたらいけないよ」


 彼はニコッと笑って傘の柄を持っていた私の手を覆うように包み傘を私の方へ傾ける。

 その時、私は彼に恋をした。

 彼の笑顔には大人の色気が滲み出ていて、彼の大きな手にドキドキが止まらなかった。


 彼は本当に見た目も雰囲気も完璧な人だったから、私には手の届かない人だと感じ、彼とは今日が最初で最後なんだと思っていた。

 しかし彼がバスに乗ってから完璧が崩れた。

 彼はバスの乗りかたを知らなかった。


 私が最初から最後まで教えてあげた後、彼はお金も持っていなかった。

 だから私が彼の分まで払ってあげた。

 彼は“必ず返す”と言って連絡先を教えてくれて、直ぐに雨の中を走って行ってしまった。

 私が連絡先を教える暇もなかった。


 それから私が彼に電話をしてから色々あって今に至る。



「あなたはあの日、私を離さないって思ったのに、私の連絡先を訊いてこなかったよね? 私が連絡しなかったら今の私達の関係はなかった、、、」

「僕は探すつもりだったよ」


 彼は私の言葉を遮り、何の迷いもなく言った。


「探す?」

「そう。君と一緒に降りたバス停で君に会えるまで待つ、つもりだったよ」

「私は、あのバス停に、あの日だけ用事があったから降りたのよ。だから待っていても無駄だったわよ」

「それなら始発から乗って、君が乗ってくるのを待つよ」

「私がバスで移動しない人だったらどうするの? 電車とか車とかだったら?」


「それなら、あのバス停の近くの大学に行って探すよ」


 彼は何も分かっていない。

 あの日の出逢いが奇跡だってことを。


「そんなことをするより確かな方法があるでしょう?」

「確かな方法?」

「私に連絡先を訊けばよかったのよ」

「それは、できないよ」

「どうして?」

「この世の中は、危険なことが多過ぎる。個人情報を、ほとんど何も知らない相手に教えるなんて女性はしてはいけないんだよ」


「ふふっ、あなたらしいわね」


 彼の真面目な答えに私は笑ってしまう。


「僕らしい?」

「そうよ。頭の固い、あなたらしいわ。でも、それを決めるのは、あなたじゃなくて私でしょう?」

「え?」

「教えるか教えないかは私が決めることなのよ。だいたい、お金を返すつもりがなかったら、できるだけ連絡先は教えないでしょう?」

「そうかな?」


 彼は私の話を聞きながら、納得はいっていないみたい。

 彼みたいに何にでも疑う気持ちを持つことは大切だと思うけど、せっかくのチャンスを逃すのも勿体無いよね?


「ねぇ、本当に私はあなたの一番なの?」

「君は僕の一番、大切な人だよ」


 彼の言葉が真実だと分かっていても、彼の行動が私を不安にさせる。


「あなたには私みたいなお子ちゃまよりも大人で綺麗な女性がお似合いよ」

「どうしたの? 何が不安なのかな?」


 彼は私の表情を見て、私が不安になっていることに気付いている。


「だって私、あなたのことを全然知らないんだもん。あなたはお金持ちで社長さんで、それに私と同じ歳なのにずっとずっと大人で、私とは住む世界が違うんだもん」


「君は何も分かっていないよ」


 彼はクスクスと笑って言った。


「何を分かっていないの?」

「あのね、君は本当の僕を知っているんだよ。仕事をしている僕は社長として仮面をつけるけど、君といる時は本当の僕のままでいられるんだ」

「でも私は、あなたの全てを知りたいの!」

「全てを知ることも大事かもしれないけど、よく考えてよ。君だけだよ。本当の僕を知っているのは」


 私は彼の言葉に驚いてしまう。

 私だけが本当の彼を知っている。

 それは何よりも嬉しいこと。


「私だけ、、、私が一番、、、」

「そう。君が一番、僕のことを知っているんだ。だから君は僕の一番大切で大事な人なんだよ」

「それなら、どうして一日中、一緒にいてくれないの?」

「君が大事だからだよ」

「私が大事?」

「そう。君は学生だし夢があるじゃん。だから僕が君の時間を奪うようなことはしたくないんだ」


 彼の言いたいことは分かるけど、彼は間違っている。


「さっきも言ったけど、それを決めるのは私なのよ」

「えっ」

「私の時間を、どう使うのかは私が決めることで、あなたじゃないわよ」

「でも、知り合いで恋人に合わせて大学を辞めた子がいたんだよ」

「私は、その子とは違うわよ。あなたなら分かるでしょう?」

「そうだね。君は僕の言いたいことを、ちゃんと受け止めて理解をしてくれて、それからちゃんと君の意見を教えてくれていたよね」

「私は、あなたのおかげで大人になれたのよ。自分の気持ちを優先して動くような子供じゃないわ」

「でも、、、」


 それでも彼は不安そうにする。

 さっきまでは私が不安だったのに。


「私は、時間の使い(かた)をあなたから学んだわ。だから信じて。私は時間の使い(かた)を間違えない。だからあなたの時間を私に少しだけくれないかな?」


 彼は、私の腕を掴み引き寄せた後、私を抱き締めた。

 私から彼に触れることがあっても、彼から触れることはなかったから、私は驚く。


「どうしたの?」

「本当は、ずっと君に触れたかった」

「えっ」

「君は知らないよね? 僕が君を送り届けた後、君は楽しかったと言いながら笑うけど、その顔は寂しそうで君を抱き締めたくなるってことを」

「えっ、バレてたの?」

「うん。でも、これからは我慢しないよ」

「えっ」


 彼は私を、さっきよりも強くギュッと抱き締める。


「君が嫌って言っても離さないからね」

「でも、もう夜遅いよ?」

「明日は大学は休みだよね?」

「うん」


「それなら君の時間を僕にくれないかな?」


 彼は落ち着いた低音ボイスで私に言った。

 そんな彼の背中に手を回し、ギュッと抱き締めて小さな声で“うん”と言う。


 それから私達は手を繋ぎベッドに腰掛けた。


「君には見せていない僕の顔を知ってほしいんだ」


 彼は、そう言って会社の話や本当は小さな頃からお金持ちだという話をし、それから私の魅力的な所を私が“恥ずかしいから()めて”と言うまで言い続けた。




 私達は、少しずつ知っていけばいい。

 時間は沢山あるんだから。




「ねぇ、この女の子の部屋って何度見ても子供っぽいのよね。いくら私が子供っぽくても、この部屋は私には幼すぎるわ」

「そうだろうね。だって、ここは君と僕の娘の部屋だからね」

「えっ、何それ? あなたって預言者なの?」

「いいや。男の子の部屋も同じ時期に作ったからね」

「尚更、絶対に預言者よ」

「これは偶然だよ」

「あなたは知らないの? これは奇跡よ。私達が出逢ったこともね」


 彼はベビーカーに乗る可愛い双子の赤ちゃんを見ながら首をかしげている。

 彼はやっぱり奇跡だってことに気付いていない。


 私達が出逢ったことも、私達に男の子と女の子の可愛い双子が産まれたことも。


「私、とっても幸せだよ」

「僕もだよ。やっぱり僕は預言者かもしれないね」

「えっ、何? さっきは偶然だって言ったよね?」

「そうなんだけど僕、気付いたんだよ」

「何に気付いたの?」

「君に初めて逢った時に、君と結婚するんだって思ったんだ」

「えっ、あなたも?」

「えっ、君も?」


 私達は二人で驚いた。

 その声に驚き双子が一緒に泣き出す。

 そして私達は双子を抱き上げる。


 双子はすぐに泣き()み目を閉じる。


「この子達も私達のように幸せになれるかな?」

「なれるよ。だって僕は預言者なんだからね」


 預言者の彼が、そう言うのなら大丈夫。

 だって、その証拠があるもの。

 私が幸せっていう証拠が。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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