鼓動
飛来する槍は鋭く僕の皮膚を裂く。
あと少し反応が遅れていたら殺されていただろう。
出てきた血を風と雨が洗い流す。
能力者を中心に風が吹き荒れる。
嵐が大きく、激しくなっていく。
目を開けるのがやっとな程の雨と風が辺りを包む。
それに紛れて殺意を込めた槍が飛来する。
槍は肩に深く刺さる。
痛い。
このままだと僕は能力者に殺されてしまう。
殺す勇気はまだ無い。
けれど今やらなければならないんだ。
足を能力者の方向に向ける。
向かい風は僕を拒む。
肩に刺さった槍を抜く。
幸いにもまだ腕は動く。
力を入れると血が垂れる。
それでも、抜いた槍をしっかりと握る。
雨は僕の視界を奪う。
飛来する槍は僕の命を狙う。
力を振り絞って飛来する槍を弾き飛ばす。
その内の幾つかは僕の皮膚を削り取り、再び傷をつけた。
少しずつ足を速める。
雷雨と暴風の音が鼓膜を震わせる。
血を流しながら、足を前に進める。
足を進める度に風は強くなり僕の身体を押し戻そうとする。
その度に考えてしまう。
殺したくない。
殺さない方法だってあるかもしれない。
まだ殺すことを恐れている。
前に進めない。
相変わらず雷雨と暴風の音だけが聞こえる。
雨の匂いの中に血の匂いが混じる。
きっとこのままだと僕は死ぬ。
あの少女が力尽きた僕を殺すだろう。
そこで初めて僕が我儘だったことに気づいた。
殺したくないという感情は少女への慈悲ではないことに気づいた。
あの子のためを思うなら、
あの子の手を殺しに染めさせたくないと思うなら。
僕が、
僕がこの手で、
僕がこの手であの子を殺すしかない。
足を再び前に進める。
誰も殺させない。
少女も殺意を顕にする。
あの子に誰も殺させない。
暴風の中、雷雨の中、僕は走った。
槍が飛んでも、雷が落ちても、僕は走った。
水溜りを蹴る音が聞こえ始める。
殺したくはない。
でも殺さないといけない。
あの少女の為にも、誰かを殺す前に、誰かを傷つける前に、
奥に無邪気な笑顔でこっちを見る少女が見えた。
少女の鼻唄が小さく聞こえる。
雨風は少女に近づく度に強くなり、雷の音は激しく鳴っていた。
殺意を向けた槍が無数に飛んできても、僕は殺されないように、死なないように全て弾いた。
「もう殺しにきたの?」
少女の声が聞こえるようになった。
怖がるような声でも、怒るような声でもなく、
少し寂しそうな声でそう言ってきた。
「まだ、死にたくない」
少女はまだ遊びたいというようにそうポツリと呟く。
間合いに入った。
少女は手に持った槍でぎこちなく反撃を試みる。
その姿は今まで戦ってきた誰よりも健気だった。
強い風と殺意を持った槍が襲ってくる。
飛んでくる槍を弾きながら、少女の槍を往なしながら、葛藤していた。
手に力を込める。
せめて苦しくないように、
刹那、手に持った槍を少女の胸に突き刺した。
少女が手に持った槍が落ちる。
風が止む。
雨は勢いを弱め、雷は地面を揺らすのをやめた。
雲の裂け目から月光が落ちる。
月明かりは少女と僕を優しく照らした。
槍を伝って少女の心臓の鼓動が聞こえる。
とても弱々しかった。
とてもゆっくりだった。
少女の足元に血が落ちる。
「ぁ……あぁ……」
少女の口から声にならない声が漏れ出す
鼓動が遅く、小さくなっていく。
雨は止み、残り香だけが漂う。
糸が切れたかのように動かなくなる少女。
鼓動が止んだ。
この子が落とした槍もこの子を貫く槍も消えて、支えのなくなった少女は地面に倒れ込んだ。
血が流れ始める。
貫かれた胸以外は傷一つなく綺麗なままだった。
東の空が少しずつ明るくなっていく。
冷たい夜を朝日が溶かした。




