殺意
目の前の能力者に目を向ける。
「ア、アーク、なんで、ここに?」
ミラさんは震えながら声を振り絞る。
あんなに元気だったミラさんからは想像できない声だ。
「……偶然ですよ。」
本当に偶然だ。
だが今はそんなことよりも目の前の能力者に集中しなければならない。
「お姉ちゃん。嘘ついてたの?じゃあ、この人殺したらお仕置きの続きだからね。」
風が勢いを増した。
「大丈夫です。ここで仕留めます。」
色々と気になることはある。
だが、今は能力者を倒すことだけを考えろ。
槍を握る手に力を込める。
雲行きが変わり雨が降る。
その瞬間、雷が落ちる。
その衝撃は地面を震わせた。
雨の匂いがする。
ぬかるんだ泥を蹴り距離を詰める。
無数の雷が大地に衝突する。
風は更に勢いを増し、弱った地面を削り飛ばす。
今勢いを殺せば間合いに入れなくなるだろう。
足を止めない、止めちゃいけない。
雷に加えて槍も降ってきた。
槍を避ける暇はない。
手に持った槍で飛んでくる槍を弾く。
弾ききれなかった槍がかすり傷を作る。
足を進める度に雨が傷口に入り激痛が走る。
容赦はしてくれない。
再び槍が飛来する。
致命傷を狙う槍を全て落とす。
またかすり傷が増える。
だが、止まらない。止まるわけにはいかない。
一気に歩幅を大きくして間合いに能力者を捉える。
その場所だけは他の所が嘘のように晴れていた。
風の鋭い音と雨の匂い、雷の衝撃はまだ残っている。
この場所だけを月明かりが照らす。
能力者に向けた槍が震えだす。
これを突き刺せば能力者は、死ぬ。
死んでしまうのだ。
殺せない。殺す勇気がない。
この槍では能力者のか弱い身体を突き刺せない。
「殺さないの?」
能力者が話しかける。
呼吸が荒くなるのを感じる。
心臓の鼓動がうるさい。
頭では分かっている。
でも体が言うことを聞かない。
「能力者を殺したことなかったんだ。」
少女はそんなことを言いながら少し優しい笑みを浮かべる。
あの日、まだ生きていた研究仲間の顔が思い浮かぶ。
ダメだ、どんなに言い聞かせても少女を殺せない。
僕の手は槍を突き刺す訳でもなく槍を落とす訳でもなくその場で震えていた。
殺す理由は分かっている。
理性を持つように見える能力者でも、既に"神"とやらに精神を乗っ取られている。
殺さないと人々に危害を加えることも分かっている。
でも、無理だ。
人を殺めることをこの身体が拒絶する。
言葉を発することの無い能力者ですら、僕には殺せない。
葛藤の最中、強い風が吹き身体は宙を舞う。
「私も同じだよ。」
風も槍も雷も、全てが僕に殺意を向けた。




