#9 合宿と風呂と異変たち
あと2日で『満月の杯』を探し出さないと、7日後には死んでしまう、人魚の珊瑚。
彼女を人魚の体に戻して、海に帰したい。いや、返さないとダメなんだという使命感が強かった。俺の望みに頷いた珊瑚。それを見て蒼太が提案した。
「じゃあ、変更しなくちゃね。オカルト研究会・今年の課題は『満月の杯』を探す――でいいかな? 会長?」
彼は優しく目を細めニヤリと笑う。彩葉も頷きながら、楽しそうに目を輝かせる……おまえら!!
「よし! オカ研の威信をかけて! 『満月の杯』を見つけ出すぞ!!」
「おーーぅ!!」
「うん!」
俺達は握り締めた右手を天に突き上げ、気合を入れた。やるなら、とことんやらねば!
「よし! 時間は無駄に出来ない! 今日はウチで合宿だ!!」
「悟、急に泊まって大丈夫なの? ご両親に連絡しなくて大丈夫?」
――うっ……。
蒼太からリアルを突きつけられ、俺はトーンダウンした。この問題をクリアしない限り彼から合宿の許可は下りない。
俺はスマホを取り出し、両親に電話をかけた。
◆
「――と言う事で、ウチでオカ研の合宿したいんだケド……」
「まぁ、彩葉ちゃんも蒼太君も知ってるからいいけど、ハメを外しちゃダメよ?」
許可は存外あっさり出た。
母上! ありがとうございますっ!!
「分かってるよ。俺達、調べもので忙しいんだ。書斎の本借りるよ?」
「書斎~? え…? ちょっと待って。……うんうん。父さんが、パソコンと机に置いてある本に触らなければいいって。あと私の配信部屋も入っちゃダメよ?」
「もちろん! 触りませんし、触らせません!!」
むむ? 電話の向こう側が、蝉の声で騒がしい。それに通話の音質も芳しくない。二人はどんな所に居るんだ?
「――で、二人とも取材の調子はどう?」
「もうお守りの数珠を忘れたせいか、ツイてないのよね? 折り畳み傘を忘れたり、電車一本乗り遅れたり。でも何とか到着して、このあと村のお祭に参加するの。奇祭と言われてるのよ~。楽しみだわ! じゃっ! そういう事で、火の始末と戸締りしっかりね」
母さんは言うだけ言って電話を切った。
確かに、リビングの戸棚のトレーには、母さんがお守り代わりに付けてる数珠が、寂しそうに置いてある。次の瞬間、数珠のゴムがプチッと切れて、石がトレーの中で散らばった。なんか不吉!
――村の奇祭って……なんだ?
「悟、神妙な顔してるけど、いい返事貰えなかった? やっぱり急だったよね?」
心配した蒼太が寄ってきた。彼は洗濯し乾燥した、俺と彼自身の服を抱えている。あの時の俺、洗濯機を回したのか。仕事ができる。
「いんや、とりあえず、両親からはOKもらった」
「急に申し訳ないね……あとでお礼言わなきゃ。こちらも祖父から連絡が有った。祠の件、警察に連絡してくれたって」
そうでした。祠も壊れたんだった。
珊瑚の件で忘れかけていたが、祠も気がかりだ。悪い事が起きなければいいなぁ。思わず背筋がぶるっとする。
あれ? 女子二人の姿が見えない。
「彩葉と珊瑚は?」
「お風呂借りるって言ってたよ? 白浜さん海から出た後は、そのまま寝込んでたから」
それは確かに、風呂に入った方がいい。彩葉も一緒なら安心だここは任せよう。しかし幼馴染、第二の家の如く馴染んでやがる。
でも、風呂か……
「悟。煩悩は捨てて。僕達は調べものを進めよう」
さすが親友、俺の思考まで見抜いてやがる。
◆
我が家の2階は洋室が3部屋ある。1つは俺の部屋、1つは両親の寝室、そして残るは、両親の仕事部屋兼書斎となっている。この部屋が2階では一番広い。
「わぁ、悟のお父さん大学で教鞭を取っているんだっけ? すごいね、プロの仕事部屋だ……いいのかい? これ、お父さん達の仕事道具だろ?」
蒼太は目を輝かせながら部屋を見渡した。彼の言う通り、ここには取材した内容を書き記したノートやパソコン、一番目立つのは本でびっしりと詰まった本棚がある。これだけの本を置くので、家の頑丈さにはこだわっているらしい。
扉の隙間から、一反がひらりと部屋に入ってくる。こいつネコみたいだな。
「大丈夫、許可は取ってある。パソコンと机の物に触らないでくれって」
「了解。あれ? この小部屋は?」
「それは配……母さんの仕事部屋だから入らないで? 祟られる」
「祟られるんだ。分かった」
蒼太は小さな防音室に向かい、手を合わせた。律儀な男である。大丈夫だ。お前なら祟られることは無い。
俺達は早速、人魚伝説の本とこの地方の話が書かれた本を、それぞれ読み始めた。今日は不思議なことが起き過ぎて、混乱を通り越し、受け入れようとする俺が居る。受け入れる前に、頭の切れる蒼太に話してみる事にした。
「なぁ、蒼太」
「なんだい?」
「実は俺、珊瑚ちゃんに逢った事が有るんだ」
俺の言葉に驚いた蒼太が、本から顔を上げて、こちらを見た。
「逢ったって、どこで?」
「まぁ、その……夢」
正直、夢で会ったなんて恥ずかしくて言いたくない。
「へぇ、どんな夢だったの?」
だが、蒼太は馬鹿にせず聞いてくれる自信があった。
「珊瑚ちゃんを食べて不老不死になる夢。夢の中の俺は、彼女が大好きだった。絶対に離れたくなくないって気持ちが強かった。でも、珊瑚ちゃんは死にそうで……死の間際に『私を食べて』って言われた。……食べるって変な意味じゃないぞ!?」
「それで、食べたの?」
「……ああ」
「わぉ、カニバリズム。でも人魚か。彼女を食べるのに抵抗なかったの?」
「俺だって、嗜好じゃないから目が覚めてから引いたよ。でも、夢の中では、珊瑚にお願いされたら、何も考えられなかった」
蒼太は真剣に考えながら、思考を口から零した。
「う~ん……夢で逢った人魚か。悟の願望? いや、何かを象徴してる? それとも……予知夢? 他に覚えていることは?」
「う~ん。浜辺で月が丸かった」
「満月までに助けられなかったら、珊瑚ちゃんが死ぬって予兆なのかな。う~ん……」
「実は、夢以外にも変なことが有ってさ……」
それを聞いて、さすがの蒼太もフリーズした。
「本当だって、嘘じゃないって!」
俺は書置きや自転車の件も話した。説明していて自分でも、今日は異常が起り過ぎていると思う。
「不思議な夢と、書置き。夢の人物と現実で再会……まるで未来から警告されてるみたいだね」
――未来からの警告。
「未来……昼間のテキパキしていた悟も、未来の悟だったら、いろいろ知っている事に頷ける。自転車については分からないな。単純に盗まれただけかな?」
確かに、不老不死なんて嫌だ。夢の中の俺は、とても後悔していた。
『彼女を好きにならければ。彼女を助けなければ……戻りたい。彼女と出会う前に。そして、全てをやり直したい!』――と。
書置きの一方は、俺が祠に行く事を止めていた。俺は、珊瑚を助けて正解だったのだろうか? どっちが正しいのだろう? 未来が分かれば楽なのに……。
一反が甘えるように俺の頬にすり寄ってきた。
「さすがにもう、異変は無いでしょ?」
あ。そうだ、忘れてた。
「いや、まだある。変な生き物も見えるようになった。一反木綿みたいな奴」
「は?」
さすがの蒼太も、3回目は俺をジト目で見るのであった。




