#22 すべてを失う者達
※劇中に出てくる動物は妖怪です。
取引をする砂浜には男の影が1つ。
黒スーツを纏い、ターコイズ色の長い髪を後ろで結った、黒潮シイラがポーズを決め佇んでいた。俺は鏡を掲げて見せた。それは、月の光を受けてきらりと光る。
「あぁ、ここにある。取引を始めよう……だけど、取引は杯と鏡の交換じゃない。シイラ、こちら側に来ないか?」
「断る、俺に利点がない」
「じゃあ、彼女から説得されたらどうだ?」
俺の後ろに居た真珠は、目深に被ったパーカーのフードを降ろした。強い決意を持ち、月に照らされる真珠は綺麗だった。
「真珠!? なぜこんな所に……それに、その足はどうした? まさか……」
「お兄ちゃん、聞いて。もうやめよう? 一緒に海に帰ろう?」
シイラは青筋を浮かべ激怒した。逆効果だった!?
「貴様ァ! 真珠を人質にするとは!! 許さん!!」
「ちがうの! お兄ちゃん!!」
逆上したシイラは俺に向かい走ってきた。戦わず解決したかったけど、仕方がない。俺は鏡を珊瑚に託した。
「珊瑚、真珠。後ろに下がってろ」
俺は木刀を構えた。シイラの鋭い蹴りを木刀で受け止めるが、一発一発が重い。
シイラを弾き飛ばすが、怒りで朝より早い動きを見せる彼は、再び向かってくる。顔に向けて一発来るかと思ったら、腹だった。俺は吹っ飛んで地面に仰向けに倒れる。持っていた木刀も、後方に飛んでいった。
ぎゅっぎゅっと砂を踏みしめながら、シイラは怨嗟を吐く。
「海の者も陸の者も全部信用できない!! 真珠を唆す輩など言語道断!!」
「誤解だって言ってるんだろ!? シイラ!! 話を聞けッ!!」
俺は起き上がりざまにキックをお見舞いした。直ぐに立ち上がり、よろめくシイラの前襟を持ち、背負い投げた。未来の俺、鍛え過ぎである。
俺に押さえつけられたシイラに向かい。真珠は再度説得を始めた。
「お兄ちゃん、私! 天海様の妻にならない!! もう、黒潮家の操り人形になるのはイヤ!! 私のせいでお兄ちゃんが辛い思いするのはもっとイヤッ!! ねえ、一緒に逃げよう!? 黒潮の力が及ばないところに行こう!!」
泣くのを拒み続けていた真珠の目から、涙の粒がポロポロとこぼれた。綺麗な石に変った涙は、ポトポトと砂浜に落ちる。
「真珠! ダメだ!! 泣くな!! あんなに努力したのに!!」
「い゛や゛よ! お兄ちゃんが一緒じゃないなら、こんな力いらない!!」
「シイラ君お願いです。もうやめましょう。真珠ちゃんもシイラ君も私が守ります。仇である狐に、魂まで売った訳ではないでしょ?」
「そんなことを言って、海へ戻ればお前が天海の妻になるつもりだろ!? そんなうまい話……」
「お兄ちゃん、違うの!! 珊瑚は……泣き過ぎてるの。先見の異能が使えないの!!」
「何だと?」
――!? それは俺も初耳だ。みんなの視線が珊瑚に集まる。
「真珠ちゃんに、バレしまったので全てを話しました。彼女の言う通りです。シイラ君なら、その意味を理解してくれますね?」
「いつ、使えなくなった?」
「今日の早朝です」
それを聞いて、シイラは握り締めた拳を砂浜に叩きつけた。
「俺達がこんな事しなくても、良かったって事か?」
「いえ、二人が私を陸に上げないと……最善への物語が始まらないのです」
そう言って、珊瑚は手の中にある鏡を見つめた。だが、彼女に黄金色の影が落ちる。
「狐だ!!」
朝見た狐が、頭上から珊瑚目掛けて襲い掛かろうとしている。しかし、その影は彩葉の掛け声と共に弾き飛ばされた。
「えいっ!!」
彩葉が、荷物のいっぱい詰まったトートバックを、フルスイングしたのだ。
弾き飛ばされた狐は起き上がると、苛立ちながらシイラに語りかけた。
「シイラ君、さっさと奪いなさい。鏡を。なにお喋りしてるの? そんなにのんびりしているなら、食べようかな? 真珠の人魚でも」
狐は狙いを珊瑚から真珠に変えた。口から涎を垂らしニヤリと笑う。
「止めろ! 真珠には手を出すな!! 話が違う!!」
「話が違うのは君の方だ。私は言った、妹の為に仕事をしろと。私も待たせているんだ。姉さんを。待てせると怒られる。私が」
そう言うと、狐は再び飛び跳ねた。彩葉はムッと狐を睨むと、真珠を庇うよう立ちふさがった。爪と牙が、月の光を受けて禍々しく光る。彩葉にも怪我はして欲しくない。
しかし、オカ研には1人フィジカルチートを持っている奴がいる。俺が落した木刀を拾った蒼太が、狐に一撃をお見舞いした。さっきのトートバックなんかより威力が強い。
「大丈夫? 彩葉ちゃん」
「うん、ありがとう蒼太君」
「この狐は僕が相手する。彩葉ちゃんは人魚の2人を、悟は杯を!」
素早く言うと、蒼太は再び狐と戦い始める。さすが剣道部の誘いを断った男。
俺は、抑えているシイラに説得を始めた。
「シイラ! 見ただろ? 狐はお前達を助けはしない。杯を返してくれ」
「……くっ」
「決断しろ! シイラ!!」
シイラは唇を噛みしめ、グッと瞼を閉じた。しかし次に瞼が開いた時、彼は真剣な目で珊瑚を見て叫んだ。
「白浜の! 約束は必ず守れよ!?」
「もちろんです!」
シイラは俺に「どけ」と言うと、素直に杯を取り出した。そして俺に押しつけるように渡す。やっと、手に入れた……満月の杯!!
「ふざけるなァァ!! シイラァァァ!!」
狐の咆哮と共に蒼太の苦しそうな声が聞こえた。蒼太は苦しそうに砂浜に蹲る。やられた! 真珠と珊瑚が狙われる!!
珊瑚の決断は早かった、真珠の腕を引いて海へと走る。そうだ、せめて海の中なら狐は……
「みんな! 伏せて、耳を塞いでください! 真珠ちゃん出来るね?」
「もちろんよ」
何をする気だ? 俺達は彼女の言う通り、耳を塞いで伏せる。
2人は海の中に入ると、美しい人魚の姿に戻った。満月に照らされた人魚達の目が怪しく光った。
真珠が大きく息を吸い、大声を発した。耳を塞いでも鼓膜をビリビリと揺らすその音波は狐の動きを止めた。
そして珊瑚の背後に、海水で出来た蛇が現れ、鎌首をもたげる。真珠の音波が狐を捕えた瞬間、珊瑚は水の蛇に命令するように狐に向けて指を差した。
蛇は、水で出来た矢の如く狐を貫く。
どすっと音をたてて、黄土色の塊が砂浜の上に落ちた。ボロボロになった狐は悔しそうに言葉を遺す。
「今日は退散するよ。何百年かかっても絶対にかえしてもらうから。その鏡」
狐だったモノは、砂のように崩れて風に飛ばされた。
しらほし海岸に、静けさが戻ってきた。




