#20 3人目の人魚は活きがいい
予定通り、溺れる人魚・珊瑚を助ける事が出来た!
予定外の出来事は……珊瑚に薬を飲ませた、犯人魚・真珠を捕まえた事。
俺達は、気を失った真珠を一輪車に乗せ、永島邸に戻ってきた。
「ううっ……いたた……!! ここどこ!? 人間!? よくも蹴ったわね!!」
俺を見て威勢よく吼えるのは、黒潮真珠。
珊瑚とは違い、ネコを思わせるような、クリンとした釣り目に紫色の瞳。金髪の長い髪をツインテールに結っている。彼女が吼える度、弧を描く毛先が揺れた。
「ここは俺の家だ。水中で息が出来ない珊瑚を、海に引きずり込もうとしたんだ。蹴りで済んだだけありがたく思え」
「ふんっ! 煩いわね! でも、迂闊に人魚に近づくとは馬鹿ね!! 『愚かな人間よ! 私に平伏しなさい!!』 わたしが使役してあげる!!」
――あー……兄妹して同じコト言ってら。
「!? なんで、言う事聞かないの? 命令してるでしょ!? ちょっと!? ため息つかないでよ!!」
客間の扉がノックされると、静かに扉が開いた。紺色のワンピースを着た珊瑚が、ひょっこりと顔を覗かせた。
「真珠ちゃん、起きた?」
元気に吼える真珠を見て、安心した顔をする珊瑚。彼女は入室して扉を閉めると。俺の隣に座った。
この世界線の珊瑚は、意識を失わず海から上がれた。彩葉からバスタオルを借りて足を拭き、俺が持ってきた俺の服を着て、歩いてここまで来てもらった。
朗らかな珊瑚とは対照的に、彼女の顔をみて怯える真珠。そんな顔を見て、珊瑚は心配そうに声を掛けた。
「真珠ちゃん大丈夫? 体、痛い所ない?」
「珊瑚……な、なんのつもり?……くっ、殺しなさいよ!」
リアルのくっ殺を頂いた。なかなか物騒な人魚である。俺の家で殺しはやめてくれ。真珠の言葉にしゅんとした珊瑚は、申し訳なさそうに答えた。
「私、真珠ちゃんの事、殺せないよ……」
「なによいい子ぶって!! あんたが殺せないなら私が!!」
真珠は自身が持っていた、網で出来たウエストポーチに手を伸ばす。震える手で小瓶を握り締めた。その小瓶には、青い液体と光るタピオカの様な珠が入っていた。
「あんたの思い通りには、ならないんだから!!」
真珠は怖がりながら、その小瓶の中身を一気に飲み干す。それを見た珊瑚は、もっと悲しそうに真珠に告げた。
「……真珠ちゃん、ごめん。致死の薬は私が預かっているの。真珠ちゃんが飲んだのは人間化の薬だよ?」
珊瑚は服のポケットにしまっていた赤黒い小瓶を取り出す。なぜ、作った本人が気付かん?
「そんな!……嘘でしょ?……はっ? なーーーっ!?」
真珠の絶叫が永島家にこだまする。
彼女の魚の下半身が、じわじわと人間の脚に代わって行く。紳士の俺は、バスタオルを真珠の腹の上にかけた。
「人間……私が人間!? もう!! さっさと殺してよ!!」
半泣きの真珠が後ろにビターンと倒れ込み、自暴自棄を起した。お前だって、珊瑚に同じ薬を飲ませたクセに……。
「真珠。俺は、お前が珊瑚にした事は許せない。でも、珊瑚は許すと言った。だから俺達は何も追求しないし、危害を加えない。今日の夜には海に帰ってもらう」
「はぁ? どうやってよ!? 解毒剤は私の工房にあるのよ!? 海の底よ!? どうやって……」
「真珠ちゃん。『満月の杯』覚えてる?」
珊瑚はなだめるように、真珠に語りかけた。満月の杯の名前を聞くと真珠はおずおずと答える。
「白浜家の家宝だった……。あんなの、都合よくあるわけ……」
「それがなぁ、あるんだよ。今はお前の兄貴が持っている」
「えっ……兄様が?」
俺は、思い付きで真珠を連れて来てしまった。だが、それはナイス判断だった。
シイラは素直に杯を返すだろうか? 答えは否だ。自分の命を犠牲にしてまで珊瑚を殺したかった男だ、決意は固い。
しかし、彼が溺愛する妹が、その杯を必要としていたら? 答えは変わってくる。こちらの要求を聞き入れる確率が上がるだろう。
「珊瑚! こうなるって分かってたんでしょ!? あんたって女は!? また私を追い詰めて……」
「珊瑚は関係ないよ。全部俺が考えた。なんでお前達は、そこまでして婚約者の座を狙うんだよ」
「うるさい! 人間!! そのお前ってやめてくれる!?」
「失礼。俺は悟だ。真珠、狙う理由を教えてくれ」
真珠は悔しそうに、膝の上のタオルを握り締めて話した。
「私には、天海様の妻になるしか、道が無いの。じゃないと、兄様まで辛い思いをしちゃう。お義父様とお義母様の願いを叶えないと……。子供の時から異能を研き、勉強も頑張って、やっと有力候補まで登り詰めた……なのにぽっと出のこの女が、私から全てを奪って行ったのよ!」
完全に八つ当たりじゃないか。だが珊瑚は、真剣に真珠の言葉を受け止める。ヒートアップした真珠の話は止まらない。
「8年前、急に力が開花して『先見』だなんて! そんな能力ズルすぎよ! きっとその力を使って未来を変えたのよ! 返してよ! 私の未来を返して!」
悲痛に叫び、泣きそうな真珠は上を向いて涙を堪える。
「……知ってたよ。真珠ちゃんの努力も、ご両親達との関係も。真珠ちゃんやシイラ君でも逆らえない圧力があったことも」
「じゃあ、何でしゃしゃり出てきたの?」
「それは言えない。でも、真珠ちゃんが恐れている様な未来にはならない。真珠ちゃんもシイラ君も私が守るから!」
「なによ! みんなして私の妨害して……もう顔も見たくない! 出てって!」
真珠は布団を被り、殻にこもってしまった。こうなったら、落ち着くまで待つしかない。俺達がリビングに戻ると、彩葉と蒼太が心配そうに迎えた。
「悟、真珠ちゃん大丈夫なの?」
「ああ、落ち着くまでそっとしておこう。危険な薬は珊瑚が回収してるし」
「じゃあ、僕たちはこのあとの打ち会わせをしようか? 悟もいつ未来に帰るか分からないんだろ?」
「うん」
俺たちはテーブルを囲むように席についた。俺は、じっと珊瑚を見て話を切り出す。
「でも、その前に確認したい。珊瑚、君の異能は未来を視る『先見』じゃないよな?」
「「え?」」
彩葉と蒼太は驚き、珊瑚を見つめる。
エアコンが風を吐き出す音が大きく感じた。
そして、その質問を聞いた珊瑚は……口元だけで笑った。




