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サマー・マーメイド・ループ ~溺れる人魚にハッピーエンドを見せたい俺は、夏休みを繰り返す~  作者: 雪村灯里


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#2 リアルな夢と焼き魚

 高校二年の夏休み、俺は自身もドン引く夢を見る。


 内容は『恋した人魚を食べて不老不死! 人生に絶望し、死を求めて彷徨さまようバッドエンド!』


 朝からどっと疲れてしまった。それに、寝た気もしない。


 だが、不思議な出来事はこれで終わりじゃない。机の上には書いた覚えのないメモまである。


『今日、海辺のほこらには行くな!』

『祠には、絶対に行け!』


 ――俺の字だけど、昨日こんなこと書いたか? 海辺の祠って今日オカ研(オカルト研)の活動で行く所じゃん。ダメなの? イイの? 行かないと彩葉いろはに小言いわれるし……


 考え込んでいると、階下から母親の声が聞こえた。


さとる~! さっさとご飯食べな~!! 遅刻するよ~!!」


 壁の時計を見ると……げげっ! かなり時間を押していた。小言では済まない! 


 俺は慌てて眼鏡を掛け、寝起きと思えない瞬発力で扉を開ける。そして、転がるように階段を下りた。


 ダイニングでは父・永島ながしま るいが食後の茶を楽しんでいた。


 白髪混じりの短髪に、丸い眼鏡。線が細く優しい空気を纏う父は、大学で民俗学を教えている。しかし、趣味で妖怪話を集める、少し変わった紳士だ。


「おはよう、悟。今日も出かけるのかい?」

「父さんおはよ。そう! 夏休みでも、忙しいんだよ」


 と言いながらも、ダイニングの席についた。俺はしっかり朝食を頂戴ちょうだいする。我が家は和食派だ。白飯しろめしに海苔、茄子のみそ汁に……


「焼き魚……」


 夢を思い出して、箸が止まった。

 ピンクの人魚……可愛かったし、美味しかった。


「あれ? 魚好きでしょう? どうしたの? まさか……恋煩こいわずらい?」

「そ、そんな訳ないだろ? 魚で思い出す恋って何だよ。いただきます、むまい(うまい)!」


 真剣な顔で、的外れな心配をするのは母・永島ながしま 千尋ちひろだ。


 天然で好奇心旺盛な母は、パートの傍ら二次元の体を得て、美少女オカルト系Vチューバーをしている。しかもコアなファンもいるらしい。世も末だ!


「今日も補講なの?」


「いや、オカ研の校外活動。しらほし海岸で祠周辺の美化活動」


「あら、偉いわねぇ~。でも、はしゃいで海に落ちないでね?」


「はしゃぐか!? ガキじゃあるまいし」


「な~によ。去年は川に落ちたくせに~。それに、9歳の時に海で溺れたのをお忘れで?」


 ――ううっ。余計な情報を!


 俺・永島ながしま さとるは高校二年で、オカルト研究会・会長だ。不思議なモノ大好き夫婦の間に生まれた、ある意味サラブレットである。


 小さい時から貴重な資料に囲まれ、子守唄代わりの怪談話、因習村の取材ついでの家族旅行。小学校の自由研究は『UFOを呼び寄せる方法を試してみた』。


「俺の心配より、2人とも準備はいいのかよ? 今日から取材旅行だろ?」


 そうなのだ。親父の職場(大学)が夏休みに入り、時間ができたので、休暇を取って行くらしい。ちなみに俺は留守番だ。薄情者!


「僕達は慣れたものだからね。3日だけだし。準備は終わっているから、あとは出かけるだけだよ」

「そうそう♪ そそっかしい悟と違って、私達は余裕のあるオトナだから。あっ! 食事のお金、置いていくから、留守番お願いね?」


 ――その “そそっかしい” のは誰譲りなんだか。でも、3日間好きな物を食べられる!

 

 好きな物と聞いて、魚がポワンと浮かんだ。しかし、慌てて振り払う。


「へいへい、来年から成人なんだから、それくらい大丈夫だって! おもろいTシャツあったら、土産(みやげ)よろしく……ごちそうさん!」


 朝食をかきこんだ俺は、食器を流し台に置く。急いで出発の準備に取り掛かった。


 歯を磨き顔を洗い、傑作の寝癖とおさらばする。黒のカーゴパンツにTシャツ。ナップサックにスマホを突っ込んで、玄関から飛び出した。


 ――あとは自転車に飛び乗れば余……無い。自転車(チャリ)がない! 嘘だろ? 盗まれた?? こんな田舎町じゃ、学生は自転車(チャリ)がなきゃ、生きていけないのに!!


 動揺していると、スマホに通知が入る。「こんな時に!」と、半ば怒りながら目を通すと、オカ研のメンバーからだった。


『悟どこにいるの? 私達もう着いたよ? 悟の自転車の(そば)にいるけど』


 ――はぁ? 俺の自転車(チャリ)の傍?? つまり、しらほし海岸に有るってコト!?


 とりあえず自転車が見つかって良かった。でも、俺はさらに遅刻することになる。(くだん)の浜辺まで、徒歩で20分――俺は走り出した。


 のんびりとした時間が流れるだけの田舎町。遠くに見える山と、空き地に生える雑草の緑が眩しい。


 余談だが、都会に行くには電車を乗り継いで3時間かかる。


 和風レトロな家々が並ぶ住宅街を抜け、小さな商店跡の前を通り過ぎる。やがて建物がまばらになってくると視界はいきなり開けた。


 目に飛び込んでくる、青い空と群青色の広い海。


 なぜだろう? いつもより海が綺麗に見えた。きっと夏休みが始まったから全てが輝いて見えているのかもしれない。


 海岸入口の防風林の木陰に、人影が2つ見えた。俺は2人に向かい、にこやかに手を振った。


「お~い。二人ともおまた……」

「悟!? もうッ! 遅いッッッ!!!」


 ――ヤベッ……


 この時ばかりは、俺にも未来が見えた。これは副会長にガチで怒られると。

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