#16 時間よ戻れ、君を追って
珊瑚が死んだ。
彼女は悲しみを含んだ笑顔を残して、祠が有った丘の崖から身を投げた。
崖は20mほどの高さだが、下にはごつごつした岩が並ぶ。肉が岩にぶつかる鈍い音を立てたあと、泡となった彼女は空へと飛んでいった。
「え……珊瑚ちゃん? 珊瑚ちゃん!? 珊瑚ちゃん!! いやぁぁぁぁぁ!!」
「森宮さん、危ない! 落ち着いて!」
彩葉を蒼太に任せて、俺は急いで石段から丘を降りた。浜辺から崖の下に回り、珊瑚が落ちた周辺を確認する。しかし、そこに珊瑚の姿は無く、主を失った紺色のワンピースとサンダルが残っていた。
このことを警察に通報する訳にも行かず、3人で俺の家に戻った。珊瑚とシイラが遺した服と、壊れた杯と鏡を持って。
◆
泣いて目を赤く腫らした彩葉がやっと落ち着いた。その隣では蒼太が悔しそうに口を一文字に結ぶ。外は真っ赤な夕焼けが広がり、ヒグラシの鳴き声が騒がしかった。
「なんでこんな事に……」
口を開いたのは彩葉だった。
「俺が居たのに、杯を守れなくて……ごめん」
「それは悟の責任じゃないよ。たとえこの三人の誰でも同じ結末だったよ」
蒼太が冷静に慰めてくれたのが救いだった。俺は奥歯を噛みしめて感情が溢れるのを抑える。
「夢とは違ったけど、結果は変わらなかった。……珊瑚を助けられなかった」
「…………夢?」
彩葉が静かに尋ねる。そうだ、ちょうど蒼太に夢の話をしていた時、彩葉と珊瑚は傍に居なくて聞いてない。俺は改めて、この2日間に見た夢を説明する。後味の悪い夢だ、やはり彩葉の反応は……
「何それ……怖い……」
「二日目は僕が白浜さんを食べたのか……初耳だよ」
二人してドン引きだ。再び泣き出した彩葉に、俺はタオルを差し出した。
「俺だって、見たくて見た訳じゃないんだ。それに、昨日は昨日で謎の書置きや自転車のワープとか変なことが多かったんだ。蒼太と話していた時は、未来からの警告か予知夢かって話になった」
蒼太も無言で頷いた。彩葉は悲しい顔のまま安堵のため息をつく。
「悟や蒼太くんが、珊瑚ちゃんを殺さなくて良かった……でも、不老不死や人魚が死んでしまうと泡になるなんて良く知っているわね? 珊瑚ちゃんから聞いたの?」
「ああ、不老不死は現実の珊瑚から聞いた。泡になるのは、今日初めてリアルで見た」
「不思議。お伽噺と似てると同じとはいえ、出会う前から夢に見るなんて。はぁ……本当にタイムスリップして、もう一度やり直しできたらいいのにね?」
それはそうだ。時間を巻き戻してやりなおせるなら……。
夢の中の俺も、同じ事を言っていた。ある可能性が浮かぶ。
「……やりなおし。……タイムスリップ……なぁ、もしかして俺ってタイムスリップしてないか?? 夢だと思っていたのは全部本当に起きた事とか」
二人とも俺の突飛な案にギョッとしたが、真剣に考えてくれた。蒼太が答える。
「どちからと言うとタイムリープかな? タイムスリップは悟が同時に2人存在することになる。話を聞いていると夢は一人称だから、意識だけが時間を移動するタイムリープだろう」
「SFの映画でみるやつね……ああいうのって未来の事覚えてるよね? 今の悟に未来の記憶あるの?」
「夢の記憶しか無い。……けど、珊瑚を見ると胸がざわつくんだ。いつも別れ際の彼女は泣いているんだ。だから助けなきゃって気持ちが強くて……笑顔で海に帰してあげたいんだ」
俺はポケットから珊瑚の涙を取り出して見つめた。
「何それ? きれい。どうしたの?」
「珊瑚の涙だよ」
人魚の体液には妖力が宿る。リアルの珊瑚からも聞いたし、夢でも似たようなことを聞いた。夢の最後は、いつもこれを飲み込んでいる……
「……なぁ、もしかしたら俺、タイムリープ出来るかもしれない」
「「え?」」
「夢の俺は、この涙を飲んだ後目が覚めるんだ。これがタイムリープのトリガーだとしたら……」
俺は涙を呑みこもうとするが、蒼太に止められる。
「悟、慌てないで。その可能性は高い。でも、タイムリープの特性や何をすべきかを考えてからでも遅くないだろう?」
「そ、そうだな」
俺達は、テーブルを囲んでタイムリープについて語り合った。蒼太が綺麗な文字でメモを取りながら纏めだした。
「まず整理しよう。夢の中の悟たちが、その宝石を飲んでタイムリープしたとしたら……」
「2つの書置きに説明がつく。一回目の俺は祠へ行った事を後悔して『行くな』と残した。二回目の俺は行かなかった事を後悔して『行け』と書き遺した。でも記憶が断片的だし、自転車ワープが説明できない」
「短い時間しか戻れないのかしら? 短い書置きしか残せないくらい。あっ! 昨日のテキパキした悟もタイムリープした悟だとしたら?」
「そうだね、両方ともその可能性が高い。未来の記憶を夢として視ているのかもしれない」
「ん? 俺って少なくとも3回はタイムリープしてるのか??」
「いや、もっとだろうね。自転車を乗った悟もいるから少なくて4回はタイムリープしている。もっとの可能性もあるよ」
なるほど、つまり俺は短時間のタイムリープを繰り返していたのか。最低4回……かなり手こずっている。難しいのかもしれないが、成功させる為にはタイムリープの条件を確認しないと!
「どれくらいの時間タイムリープ先で行動できるんだ?」
「直近の悟は、少なくとも3時間いたわよね?」
「つまり、タイムリープできるのは約3時間。その間に確実に珊瑚を助けるためには……シイラと戦った時に戻る? いや、戦わずにシイラよりも先に杯を手に入れればいいんだ! その後は置手紙で指示できる。となると、問題はいつ杯が盗まれたかだよな?」
「それなら大丈夫よ! 祠が壊されたのは早朝5時頃」
「住宅街の人が、その時間帯に男が言い争ってるの聞いたらしいよ」
「じゃあ、それよりも早く祠に行って杯を守れれば!」
「「「助けられる!!」」」
俺達の間に希望が満ちた。これならば珊瑚を運命の渦から救う事が出来る!! 話し合いながらメモを取っていた蒼太は、指で文字を追い俺に告げた。
「悟は昨日の早朝4時頃にタイムリープをする。制限時間は約3時間。祠から杯を借りて安全な所に隠す。そして、これから起こる事をメモに遺す」
「もし、希望した時間に行けなかったらどうするの?」
「その時は戻った時間と状況を確認してメモを残すか二人に指示する」
「白浜さんの涙を貰って再び飛ぶこともできるかもね」
「ああ、だけど出来れは珊瑚はもう泣かせたくない。このタイムリープで最後になるように善処する……絶対にやり遂げる!!」
「最後に1点……もし涙を飲んだあと、悟の体にもしもの事が有ったら、僕達は容赦なく助ける。悟まで死んだら元も子もない。いいね?」
「ああ、その時は頼んだ」
これで、条件と目標が定まった。俺達は顔を見合わせて強く頷いた。
「うん、成功を祈ってる」
「悟、死んじゃダメよ?」
「じゃぁ、行ってくる後は任せた」
俺は珊瑚の涙を飲みこんだ。




