#15 人魚の運命
※残酷描写あり
珊瑚の同胞であるシイラによって、満月の杯と一緒に祀られていた鏡は壊された。
壊された鏡から現れた黒い塊に、シイラは喰われてしまう。絶命し、泡となったシイラの体は、ぶわりと風に吹かれて空へ散った。
隣で空を見上げた珊瑚は、悔しそうに言葉を零す。
「ごめん、シイラ君……」
鏡から現れた黒い存在は地面でボコボコと蠢く。内側から殴るように成形しながら膨らむと、それは完成した。
大きな黒い狐のあやかし。大型犬ほどの大きさで、太い尻尾をパタンパタンと振る。狐はこちらを向くとニヤリと笑って言った。
『やっと出られた……口惜しいだろ?』
背筋に寒いものが走る、それに狐も俺達に向かって走ってきた! とっさに珊瑚を抱きしめて庇った。
恐らくこの狐は、昔話に出てきた人魚を食べる陸の妖怪!!
痛みと強い衝撃を覚悟したが、代わりに「トトトン」と背中の肩に軽い衝撃が走る。狐が俺の背を飛び込み板代わりにしたのだろう。
狐は青い空をバックに、空中でくるりと身を翻した。
スローモーションのようなその時間、俺は狐と目が合った。金色の目に、にたりと笑う赤い口。
『九尾になったら、アマミもオマエも喰いに行く。怯え暮らすがいい』
奴は珊瑚に宣告し、地面に着地する。そして、疾風と共に丘を駆け下りて姿を消した。
「きゃっ!……何、この風!! 犬!?」
階段から彩葉の声が聞こえた。彩葉と蒼太が石段から現れたのだ。
「すごい風と犬だったわね?……って悟?」
「お取込み中だった? ごめん」
2人の登場に俺は自分の現状を確かめる。俺の腕の中には珊瑚が居て……珊瑚は悲しそうな顔をして俺を見つめた。何もできなかった俺は、2人に簡潔に伝えた。
「杯が壊されたんだ……」
みんな言葉を失い、波の音だけが辺りに響いた。
◆
俺はその場で2人に説明した。蒼太は終始冷静に聞いて、彩葉は次第にポロポロと涙を零し始めた。
「そんな……珊瑚ちゃんは助からないの?」
「他に方法は無いのかい? それか陸で生きる方法とか……」
珊瑚は目を伏せて、なにも答えなかった。彼女は一呼吸すると、顔を上げて穏やかに笑って、軽やかに語る。
「私は、ここで終わりのようです。悟君・彩葉ちゃん・蒼太君、短い間でしたがお世話になりました」
「何だよ……お別れみたいな事、言わないでくれよ」
「お別れなんです。今はまだ自我がありますが……海で最期を迎えられない人魚は、次第に自我が消え人を誘惑します。甘い言葉を使って、人間に自身の肉を食べさせようとするのです」
それは、夢に見た珊瑚の行動と似ていた。同時に、夢の珊瑚が言った『好き』の意味を知って胸が痛い。
「人魚の肉は人間を不老不死にかえます。そして、人魚の願いも人間に託してしまう。それだけは絶対に許されないのです……だから、そうなる前にお別れです。これは私の運命なんです」
『運命』そう語る彼女は、今にも泣きそうだった。笑顔の裏に隠していた正体はこれだった。もう、心から笑う彼女は見れないのだろうか? いや……
「なにが……運命だ。そんな運命、俺が捻じ曲げてやる! 珊瑚を助ける為なら、俺はどんなことだってする!!」
珊瑚は、この言葉を聞くと目を丸くして驚いた。次第にその目は潤んで涙をためる。彼女は言葉を詰まらせながら俺に尋ねた。
「なんで……悟君はいつも……親身になってくれるんですか? 私の所為で辛い思いを何度もしているのに」
「分らない。でも、何とかして君を助けたいんだ!」
俺は、孤独に震える彼女を抱きしめた。
あの時、彼女を疑わなかったら運命は変わっていたのかもしれない。俺が分岐を間違えて、彼女を迷子にしてしまった。
だからもう、間違わない。
「もう……泣かないって決めたのに……」
珊瑚の涙を指で拭おうと頬に触れた。すると、それはキラキラと輝く宝石に変わる。夢で見た物が現実の掌に現れて、固唾を呑んだ。
「……驚かせて、ごめんなさい」
彼女は俺の胸を軽くトンと押し、腕から逃れ一歩下がる。そして、自身で涙を拭い笑顔を見せた。
「みんな、これは夢なんです」
「「「――え?」」」
俺達は突拍子の無い珊瑚の言葉に、驚きを隠せない。珊瑚は明るい声色で、ニコニコしながら言葉を続けた。でも、誰もその笑顔を見て安心なんて出来ない。今にも割れそうなガラス細工を見ている気分だ。
「夏休みに見た不思議な夢。人魚と過ごした不思議な2日間。……なので忘れてください。とても楽しくて幸せな夢でした。ありがとう」
そういって彼女は崖に向かい走り出した。ひらりと柵を飛び越えると、そのまま崖から飛び降りる。
俺は、彼女を止める事が出来なかった。
崖の下から鈍い音が聞こえた後、キラキラと光る泡が空に向かって飛んで逝った。




