#14 海からの使者は仰々しい
※残酷表現あり
壊れた祠の前で、俺達に襲い掛かったのは……海辺に不釣り合いな、黒いスーツを纏った男。
目にも鮮やかなターコイズブルーの長髪に、イエローメッシュのアクセント。不健康そうな青白い肌に、爛々と輝く三白眼。ニヤリと笑った口からはギザギザの歯が覗いた。
隣にいた珊瑚がその男を見て、ぽつりと呟いた。
「シイラくん……」
「知ってるのか?」
「はい……彼は黒潮シイラ。人魚です」
――人魚!? 珊瑚の仲間!?
しかし彼の見た目は人間だ。珊瑚はシイラに呼びかけるように叫ぶ。
「シイラ君! あなたも真珠ちゃんの薬を飲みましたね?」
「ああ、その通り! わが妹の作った薬は最高だ!! これでお前を断罪できるのだからな!」
シイラはセリフを言い終える度に、細長い手足を大きく動かして、仰々しくポーズを取る。
――このタイプの悪役は絶対に弱いだろ?
「ふん、人間に媚びてこの祠に来たか。これを探していたのだろ?」
シイラはニヤニヤとしながら、白金の杯を見せびらかす。
「なんでお前がそれを持っている!……まさか、祠を壊したのはお前か!?」
「それがなんだ。悔しいか?」
――お前か!! 罰当たりめ!!
祠を壊した黒潮シイラの舞台は続く。
「お前がこの杯を探しに来るとはな? アイツが言った通りだ。白浜珊瑚、お前は泡となり、空に散るがいい!! 天海様の妻に相応しいのは、わが妹・真珠だ!!」
許せない事を聞いてしまった。体中の毛が逆立つ。
「お前たち、最悪だな? 天海の婚約者になる為に、珊瑚を殺そうとしたのか?」
「ふんっ! 無知な人間め。最悪はその女だ。先見の異能を使って、わが妹から婚約者の座を奪ったのだ!!」
「先見? 奪う? 何のことだ!!」
「その女は未来が視える。即ち、自分に都合よく未来を作り変える事が出来る。当初、天海の婚約者は真珠だった!!」
――未来……だから珊瑚のお陰で、攻撃を避けられたのか。だけど、婚約者の座を奪ったのが珊瑚だなんて、そんな訳!
『ちがう』と否定して欲しかった。しかし、否定の言葉は無く、珊瑚はただ無表情でシイラを見つめる。
婚約者の略奪を否定しない珊瑚に、シイラが問い詰める。
「淑女を装い、澄ました顔の奥で何を考えているのやら! その異能、天海様を誘惑し、私服を肥やすため悪用しているのだろう?」
「……ちがいます」
「じゃあ、なぜ真珠から婚約者の座を奪い取ったのだ!」
珊瑚はその問いに答えられなかった。一文字に口を結び、シイラから視線を逸らした。まさか……
「理由は言えません……でも、真珠ちゃんから婚約者の座を奪う形になってしまったのは真実です」
――そんな……珊瑚。
その言葉を聞いて、シイラは勝ち誇ったように告げる。
「聞いただろ? 人間、君は騙されているぞ?」
迷ってしまった。本当に彼女を助けたのは正解だったのかと……俺の迷いを彼女に見られてしまった。
珊瑚の表情が一瞬崩れる……それは、親とはぐれた子供のような顔。瞳の奥には孤独と絶望を孕む。
しかし、彼女はすぐに群青色の瞳を一度閉ざした。再び開いた時には、いつもより仄暗い目をしていた。
「シイラ君やめましょう。その杯と鏡を返してください。飲んだ薬は完璧じゃありません。このままではシイラ君も死んでしまいます」
「薬が不完全? お前……そこまでして妹を愚弄するか!? 俺はお前と覚悟が違う! お前が陸で果てるなら、俺はどこで野垂れ死のうが本望だ!」
シイラはそう言いながら、祠の基礎に杯を叩きつけた。杯はグニャリと歪み、日光を乱反射させながら地面に落ちた。
――……嘘だろ?
俺は、歪んだ杯を見ながら立ち尽くした。珊瑚に近すぎる死が約束された。
当の珊瑚は杯を見ずに、シイラを冷たい目で見据えていた。
「……シイラ君、鏡も持っているでしょう? 渡しなさい」
いつもより冷たい口調の珊瑚。彼女は不意に頭を右に傾けた。すると、シイラの繰り出した鋭い突きが、ピンク色の髪を数本はらりと落す。
再び間合いを取ったシイラは、舌打ちしながら答えた。
「攻撃は御見通しか。任務を終わらせる前に一発殴りたかったのだが。まぁ、いい。この鏡は貴様の前で壊せとご所望だ。これで真珠の命も幸せも保障される!」
シイラは胸のポケットから鏡を取り出し振り上げた。それは手に収まるサイズの丸い鏡だ。
「ダメ! 壊さないで!!」
シイラは声を無視して、それを地面に叩きつけた。鏡に大きな傷が走ると、それはあっけなく二つに割れる。
周囲の空気が緊張を孕んで「ジジッ……」とノイズが聞こえた。賑やかだった海鳥の声は消え、冷たい風が吹き、海は鈍色の波を立てる。
割れた鏡を見つめる珊瑚は、顔面蒼白だ。
「ははッ……その顔が見れて良かった! 俺達兄妹の完全勝利だァ……グッッ……」
シイラから苦しそうな息が漏れ、口の端から一筋の血が流れ落ちた。鏡から黒く長い腕が伸び、それが彼の腹を貫通していた。
「おい、シイ……むむ――!!」
俺は珊瑚の手によって口をふさがれた。彼女は割れた鏡を睨んでいる。そこに朗らかな彼女は居なかった。俺も一緒に鏡を注視する。
小さな鏡から、ドロリとした黒い液体が出てきた。その液体は体積を増やし塊となる。塊は腕をつたい貫かれたシイラに近づくと、彼の脇腹に張り付き……
「うあああああああ!!!!」
彼を喰った。
シイラの悲鳴がこだまする。黒い塊は貪るように、もぞもぞと動いた。
痛みにもがくシイラは地面に倒れ込む。何も話さなくなった彼の体は、泡となって風に攫われた。




