#13 午後の浜辺と新たな影
俺達は蒼太の家で素麺をご馳走になった。このあとは、二手に分かれて調査を開始する。
蒼太と彩葉ペアは、町の駐在所に行く。昨日壊された祠について、証言をするのだ。
彼等の隠れミッションは、あわよくば犯人の情報を仕入れて来ること。その後はこちらと合流する!
俺と珊瑚ペアは昨日の現場、浜辺の祠周辺を調べる。杯が持ち去られたならば、犯人に繋がるヒントを探したい!
「わぁ~! 陸から見る海って新鮮です! こんな色に視えるんですね? それに、風が気持ちいい」
歩く事に慣れた珊瑚は、足で砂の感触を楽しんでいる。大人びた彼女が子供のように喜ぶ姿を見て、俺の心臓がトクンと跳ねた。
――これは、調査なんだ! 浮かれるな!! 決してデートでは……でも、祠に着くまでなら気分くらい味わってもいいかな。
なんて考えていた俺は、ここでも視てしまう。海の沖に山のようにそびえる、大きく丸いシルエットを。
俺は冷静を装いながら珊瑚に尋ねた。
「珊瑚ちゃん、あれって『海坊主』?」
「はいっ、そうです! どうしたのでしょう? こんな時間に……昼は滅多に姿を現さないのですが……海坊主さ~ん!!」
珊瑚が海坊主に向かって、大きく手を振った。海坊主は珊瑚の声に気づき、ゆっくりと波立てながら振り向く。――円らな目だ。俺でも描けそうな、シンプルで可愛い顔をしている。
珊瑚と海坊主は、無言で見つめ合う。
「…………」
「…………」
話さなくても、意志の疎通が出来るのだろう。
無言の会話が終った海坊主は、ゆっくり瞬きする。そして、潜水艦が潜るように海の中へと姿を消した。
「海坊主、何か言ってた?」
「……いいえ、何も」
珊瑚は笑顔を浮かべながら答えるが、その奥には悲しみが有った。楽しげな空気が一気に覚めてしまい焦った。
「じ、じゃあ! 祠に向おうか?」
「……はい!」
俺と珊瑚は横に並んで歩き出した。隣りを歩く珊瑚を顔を横目で見る。
――ピンク色の睫毛が長くて可愛い。おでこも可愛いなぁ。ああ、珊瑚が彼女だったらいいのに。でも、珊瑚には婚約者がいるからな……
淡い気持ちと砂を一緒に、ぎゅっぎゅっと踏みしめて歩いた。無言だと、俺の気持ちや妄想が暴走を始めそうだ。なので、思い切って聞いてみた。
「な、なぁ婚約者の天海様ってどんな奴なんだ?」
「天海様は、とても心優しい方です」
彼女は笑顔で答えた。その笑顔が、俺の心をチクリと刺す。
「――まだ、お会いしたことは無いのですが」
「え? 会った事無いの?」
「ええ」
彼女はけろりと答えた。
――待った待った! おいおい、潮目が変わったぞ?
「会った事が無いのに、結婚するの?」
「はい」
――結婚って、好きで一緒に居たいからするんじゃないのか?? いや……待て。昔のドラマや映画みたいに家同士が決めたとか?
動揺を出さないように、落ち着いて聞いた。
「なんで結婚することになったの?」
「天海様の家系は異能のある人魚を娶るのです。天海様と年も近く、私にも異能が有ったので」
「つまり、異能ありきの結婚ってこと??」
「はい……わたし達人魚は、過去の戦いで大きな被害を受けました。でも、陸のあやかしが、いつ人魚を狙うか分りません。天海様と一緒に、人魚の平和な暮らしを守りたいのです」
それは……珊瑚も天海も幸せになる結婚なのだろうか? 俺は2人が人魚の未来の犠牲になっているようにも感じた。他の人魚達は何をしているんだ?
「珊瑚ちゃんは辛くない? 恋したいとは思わないの?」
「……そうですね。他の人魚や人間の事を知ると、恋も楽しそうだなと思います。心を奪われるような恋を……運命を変える人に会いたいと、願ってしまう時もあります」
珊瑚は悲しそうに目を伏せ、抑え込んでいた気持ちや願いを紡いだ。そんな彼女を見ると、俺まで胸が引き裂かれそうになる。
「じゃあ――」
――そこまで願うなら、海に帰らないでずっと地上にいなよ。
そう言いたがった。だが、言葉を飲み込んだ。それは、珊瑚に陸で死んでくれと言うのと同じ。同時に、不老不死になって絶望した俺が脳裏を過る。
――俺は彼女の運命を変えられるほどの人間か? ただの人間、高校生だぞ?
俺が代わりに彼女に聞いたのは……
「珊瑚ちゃんは、婚約者の事好きなの?」
「……尊敬してます。彼も陸のあやかしと人魚の未来に憂いていましたから。私達でこんな結婚も終わりにしようとも伝え聞いています」
凪いだ海のように、彼女は穏やかに答えた。本人ががそう言うならそれが正解なのかもしれない。俺はそう自分に言い聞かせた。
ちょうど話を終えた頃、俺達は一日ぶりに壊された祠へと戻ってきた。散らばっていた木片は敷地の端に集められ、基礎周りは綺麗になっていた。
「ひどい、粉々ですね……」
「ああ、一体誰がこんな……とりあえず探してみよう」
俺達は木片の元にしゃがみ込んで杯を探す。そう言えば、杯ってどんな素材でどんな形をしているんだ?
「珊瑚ちゃん、杯ってどんな見た目してるの?」
「『満月の杯』は銀色で、両手の平に収まる大きさの杯です」
なるほど、銀色なら探しやすい。銀色~銀色~と心の中で呟きながら探すと、目の前に銀色の丸いものが現れた。
「君らの探し物はこれかい?」
男の声と一緒に、目の前に差し出されたのは……美しい模様が彫られた杯!!
その瞬間、俺は右腕を掴まれ引っ張られた。グラリと重心が右に傾く。俺の左頬を先ほどの杯がシュッと掠めた。杯で俺を殴打するように。
俺はもちろんバランスを崩して転んだ。俺の腕を引いた珊瑚が、近くにあった木片を男に向かい思いっきり投げた。
「悟君、ごめんなさい。大丈夫?」
「ああ……けど、何が!!」
男は木片を避け、俺達から間合いを取るように飛び退いた。
「はぁ……! 全く、その異能は卑怯だよ!!」
憎々しくセリフを吐く男は、二十代前半だろうか? 細身の黒いスーツにターコイズブルーの長髪をなびかせる。ギザギザと尖った白い歯を見せてニヤリと笑った。
「やぁやぁ、白浜の先見姫。まだ生きてましたか。海に抱かれて死ねる機会を逃すとは愚か!」




