#12 人魚伝説は灯台もと暗し
この地域の人魚伝説を、蒼太の爺さんが知っているとの有力情報を得た。人のつながりの偉大さと、『灯台もと暗し』という言葉を改めて痛感した。
俺達は早速、蒼太の爺さんにアポイントを取り、4人で高橋家へお邪魔する。
なぜ4人って……珊瑚を独り、家に残す訳には行かない。寂しいだろう? 俺が靴を履いていると、見慣れない新品のサンダルが一足……
――はっ!!
驚いて彩葉を見上げると、彼女は小さな胸を張って「どうだ」と自慢げな表情をしていた。あの予算でサンダルまでそろえたのか?……彩葉と店の企業努力すげー。
部屋を漂っていた一反木綿も俺について来た。そして玄関の隙間から外へでると、新体操のリボンのように螺旋を描いてはしゃぐ。
「一反、はしゃぎすぎるなよ?」
一反は俺の声に応えるように、より一層早く回った。なかなか綺麗だ。
「……いったん?」
彩葉は不思議そうに繰り返した。俺の代わりに蒼太が説明する。
「悟、昨日から妖怪が見えるらしいよ? 一反木綿が僕らの近くに居るんだって」
「ふぇっ!? そそそ、そうなんだ!!」
――彩葉と蒼太の距離はまだ遠いなぁ。
俺達は蒼太の家に向かい、歩き出した。
今日も晴れて空が青い。蝉も夏を謳歌するように鳴いている。そんな慣れた風景が、いつもより騒がしく感じた。いつもより世界の構成要素が多い。
――むむっ?
鳥が飛ぶように、空には見慣れない影が飛ぶ。塀の上では猫と一緒に、白くて丸い子供の落書きみたいな生き物が日向ぼっこしていた。木々の暗い影の奥でも『カサカサ!』と何者かが音を立てて蠢いている。
「ふぁー……妖怪って、意外と沢山いるんだな?」
「はい。今は明るいので少ないですけど、夕方になるともっと増えますよ」
俺の隣でにっこりと珊瑚が微笑む。この変わった世界を、俺はもっと長く見ていたい。珊瑚にもあやかしの事をもっと教えて欲しい。
だんだん、珊瑚と新しい世界に対する思いが募って行く。
◆
「でかいな……!」
俺達は高橋家の大きさに圧倒されていた。
蒼太は爺さんの家に下宿して、高校に通っている。昔から古くて大きな家が有る事は知っていたが……まさか、それが蒼太の爺さん家だなんて!!
庭には所狭しと木が植えられている。至る所から蝉の声が聞こえ、涼しい風が通り過ぎていった。パワースポットと言われたら信じてしまいそうだ。
――あ! 木の枝の上に初めて見る何かが座っている。木霊か!?
驚きっぱなしの俺と緊張でフリーズする彩葉。不思議そうにキョロキョロする珊瑚に蒼太は勧める。
「みんなどうしたの? さぁ、入って」
蒼太に案内されるがまま立派な玄関をくぐった。
「ただいま」
蒼太が玄関から室内に声を掛けると、右手側の部屋から老人が現れた。蒼太に似た、上品な老紳士だ。
「おかえり。みんないらっしゃい。昨日は孫が世話になったね。それに永島君の家に泊めて貰ったみたいで。ありがとう」
俺は背筋を伸ばし、高橋氏に挨拶をした。
「いえ! 蒼太君にはいつもお世話になってます! それに高橋さんには祠周りの清掃許可や、差し入れまで頂き、ありがとうございました!!」
俺はオカ研会長なのだ。やる時はやる男である。俺達は、居間に通され冷たい緑茶を頂いた。蒼太の家は和風の造りで居間も畳だ。
「永島君と……森宮さん。あと、そちらの御嬢さんは? どこかで会ったかな?」
「じいちゃん、こちら旅行者の白浜珊瑚さん。昨日友達になったんだ」
――ナイス蒼太!
「そうかい。何も無い海辺の田舎町だけど、ゆっくり楽しんでおくれ」
お爺さんの言葉に、珊瑚は微笑んで会釈した。俺達は雑談を交わした後、本題を切り出した。
「高橋さん、この土地に伝わる人魚伝説をご存知ですか?」
「人魚?――ああ、海辺の祠の話かい?」
海辺の祠と聞いて、オカ研の3人は驚いた。念のため、蒼太がツッコむ。
「おじいさん、あの祠は、旅人を助ける話だろ?」
「ああ、今はそうだね。だが、伝わって行くうちに人魚の部分が消えてしまったんだ。わたしが祖父から聞いた時、その旅人は人魚だったんだよ」
――旅人が人魚だった!? まって? 爺さんのお爺さん?……珊瑚何歳なんだ!?
高橋氏はゆっくりと伝説を語り始めた。
「昔、しらほし海岸で、巨大な魚が立て続けに打ち上げられたんだ。その魚たちは皆、体の一部を獣に食いちぎられていた。さらに不思議な事に、魚たちの骸は一晩たつと跡形もなく消えていた」
――巨大な魚を人魚とするなら、ここまでの話は珊瑚の話と似ている。
「そんな不吉が続いた後、傷ついた娘が海岸で倒れていた。彼女の足には所々赤い鱗が付いて、彼女も海から来た人魚だと言ったそうだ。海も荒れ、あんな事が続いた後だ。祟りを恐れた村人は、海から来た娘を介抱した」
――この人魚が、珊瑚の母さんって事か……??
「一晩休むと、その女性は話せるようになった。彼女は『仲間を殺され、海の神が怒っている』と話した。海が荒れているのは、それが理由だとも――。あの巨大な魚は、人魚達が化けた姿らしい。彼等を食べたのは陸に住む9匹の妖怪だった。その妖怪を村人と人魚は追い払い、一匹は鏡に封じ込めた。それ以降、陸の妖怪はこの地域から去り、封じられた妖怪が海からでも見えるように、あの丘に祠を立てて鏡を祀ったんだ」
――関係なさそうな話が、一つの線で結ばれた。これは大きな収穫だ!
「あの……その祠には、鏡の他に何が祀られていたのでしょう?」
珊瑚がおずおずと尋ねた。
「ふむ。確か、鏡と木札。あと金属製の小さな杯があったはずだねえ……自分も現場を見に行ったけど、まったく誰があんな事をしたんだか」
――杯があったはず!?
『プルルルル……プルルルル……』
同時に固定電話の呼び出し音が鳴った。高橋氏は「おやおや、ごめんよ」と言いながら立ち上がり、受話器を取って応対する。その間、オカ研3人は緊急ミーティングを始めた。
「あの祠に、杯っぽいモノあったか?」
「僕の記憶だと、見なかったね。木片が多く感じた」
「私も見覚えないわ。私達が気付かなかっただけで、今も木片に紛れているのかしら?」
「分らない、でも現場にあったならおじいさんが回収するだろう。お爺さんはあったはずと言った。だから今、杯は行方不明になってる」
「……誰か持って行ったのかな?」
「「!!」」
俺達が話していると、電話を終えたおじいさんが戻ってきた。
「蒼太、午後は町の駐在所に行ってくれるかい? 駐在の中村さんが祠の件を詳しく教えて欲しいと言ってな」
「分かった、僕と森宮さんで行ってくるよ」
彩葉から小さく「ふぇっ!」と驚いた声が聞こえたが無視した。蒼太は意味ありげな視線を俺達に配ると、更に話を続けた。
「悟、昨日の件は僕と森宮さんとで対応するから、白浜さんに浜辺を案内してあげてよ」
これは、蒼太と彩葉で事情聴取のついでに情報を、俺と珊瑚で再び現場を調べてこいという意味だ。『満月の杯』は意外にも近くに在った。あとは形跡を辿るだけ!
「おう。じゃあ、午後は別行動だ!」




