#11 寄せては返す、波と悪夢
※残酷描写あり
「ダメッ! 蒼太君! 目を覚まして!!」
満月で照らされた砂浜に彩葉の声が響く。昨日、夢で見た浜辺だ。よく見たらしらほし海岸に似ている。
「悟、手を離して! このままじゃ蒼太君が珊瑚ちゃんを食べちゃう!」
俺は彩葉の腕を掴み、引き留めていた。俺達の10mほど先で、蒼太はぐったりとした珊瑚を抱きかかえている。幻想的な景色の中、見つめ合う二人。
――……彼らの邪魔はいけない。珊瑚は食べられる為に、陸に上がったのだから。
蒼太の頭が、抱えている珊瑚にぐっと近づく。そして『ぐしゅっ』と音が聞こえ、「ああ、彼女は無事に食べられたんだ」と安心した。
「いやあぁぁぁぁ!!!」
彩葉の悲痛な声が響いた。それは、ぼんやりとした俺を、現実に引き戻す。
――蒼太が人魚を食べた。
それは、蒼太が死ねないバケモノになった事を意味する。何が安心しただ。あんな壮絶な戦いを蒼太に強いるのか? 俺は親友に、なんてことを……
彩葉を繋ぎ止めていた手の力が抜ける。彼女は一目散に蒼太の元へ駆け寄った。
泡となった珊瑚は静かに空へ還り、茫然と珊瑚を見送る蒼太の口元は、血で赤く汚れていた。
「蒼太くん! どうして珊瑚ちゃんを食べたの!? 食べたら蒼太君、人間じゃなくなっちゃうのに!! なんで? ねえ! いやだよ!!」
彩葉に肩を掴まれ、揺さぶられる蒼太の目は虚ろだった。
「……森宮さん、ごめん。僕、行かなくちゃ。二人とも、いままでありがとう。元気でね」
蒼太がそう言って立ち上がると、彼から透明な石がぽとりと砂浜に落ちた。直感的に珊瑚の涙だと分かった。彼は、止めようと縋る彩葉を振り払い、静かに浜辺から姿を消した。
その後、蒼太は行方不明となった。
その日から彩葉は心を塞ぎ、誰とも話さなくなった。青く穏やかだった海は鈍色に染まり、荒々しい波を立てる。世の中も不吉なニュースが増えていった。
あの日、俺がサボらずに祠へ行けば、蒼太が珊瑚を助ける事なんて無かった。
あの人魚がいなければ、俺達の人生は壊れる事なんて無かった。
――……憎い。……悔しい! あんな書置きを信じた俺も、蒼太を選んだ珊瑚も憎い!! 過去を変えることが出来るなら、絶対に祠へ行く。 そして珊瑚を……!!
俺は人魚の涙を飲んだ。
心臓が早鐘を打ち、体が熱くなる。息苦しくなって、意識も朦朧としてきた……頭がカクンと後ろに倒れる感覚……そして……
◆
ゴツッ!!
後頭部に、鈍い痛みが走って目が覚めた。
「痛って~……ん?」
視界の端に見慣れない影を見た。おれの頭の横に何かいる。俺は眼鏡を掛けて、その正体を見ると……枕を抱えた生き物と目が合った。
水色の体に短い手足。まんまるな目。……遊園地にいそうな可愛いフォルム。
『ぴゃぁぁぁ!』
その生き物は可愛い声で叫ぶと、俺の枕を放り投げてスッと消えて行った。
――ま、まさか……あやかしか? 枕返しか!? 初めて見た!……それにしても、垢舐めといい枕返しといい想像よりも可愛いな? 絵巻で見るように、シュッとしているのかと思った。
「ほっ」と安堵の息を吐きながら伸びをする。
今日の俺は自室の床で寝ていた。長座布団を敷いたが、体中が痛い。軋む体を起こすと、ベッドの上では蒼太がスヤスヤと眠っている。
――夢で良かった。しっかし、なんて後味の悪い夢だよ。しかも二夜連続!
目が覚めて頭が回転しはじめた俺は、見た夢を考察した。
『祠に行けば良かった』って事は、昨日の夢の続きじゃなくて、別のルートか? 俺が祠に行かなかった世界線は、俺の代わりに蒼太不老不死になるってこと??
昨日の俺が祠に行ったのは、正解かもしれない。だけど今後、俺が珊瑚を食べたら一回目の夢と同じ、バッドエンドって事か?
だが、夢で気になる事が1点有った。
それは俺の思考だ。夢の中の俺は『珊瑚は、食べられるために陸に上がった』と考えていた。
――いやいや! まさか!! そんなはずない。結婚を控えた彼女には、海底で待っている婚約者がいるのだから。
◆
ダイニングにはこんがりと焼けたトーストのいい香りが漂う。俺、彩葉、蒼太、珊瑚の四人でテーブルを囲み、朝食を食べる。
気の合う仲間達との朝食、さぞ盛り上がるかと思いきや……食卓は静かだった。
俺と蒼太と彩葉は遅くまで文献と、ネットの海を彷徨っていたので、目の下に隈が出来ている。珊瑚に至っては、命のタイムリミットに向かっている為か、顔色が優れなかった。
「悟と高橋君は何か見つかった?」
「いや、俺達は収穫なしだ」
「私も……」
威信をかけて見つけると息巻いたが、雲行きが怪しい。爽やかなはずの朝に、重い空気が広がる。
「私の為に、ありがとうございます。でも、無理はしないでください」
珊瑚まで申し訳ない顔をしている。無理はするなと言われても、彼女の命が懸かっているのだ。夢の件も気になるし、何とか彼女を海に帰したい。
俺はカフェオレを飲みながらぼやいた。
「……目ぼしい資料も片っ端から見たのに。あとは何を読めばいいんだ?」
「ここに無いとしたら、市の図書館かな?」
――図書館! 確かに蒼太の言う通りだ。だけど、また本の海で溺れるのか?
「じゃあ、今日は図書館で調査ね……。でも、この地域の伝承や怪談に詳しい人いないかしら? そんな人に訊ければ近道なんだけど……」
「「「あ……」」」
3人同時に専門家の存在を思い出した。
◆
「父さんおはよう。今、電話いい? この地域の人魚伝説って知ってる?」
「人魚?……う~ん。ああ、聞いたことあるね」
――ヒットした!!
俺は目を見開いて、収穫が会った事を三人に伝えた。
「父さん! 頼む! 詳しく教えてくれ!!」
「ごめん、充電ケーブル忘れて、スマホの電池が僅かなんだ。それに手元に資料もないし……帰ってからでもいいかい?」
――なぁ~にぃ~!? 充電ケーブルを忘れた!? 帰ってからでは遅いのだ。
「お願いだ! そこを何とか!!」
「う~ん……困ったな。……そうだ! その話を僕に教えてくれた人に、直接聞いた方が早いよ」
「教えてくれた人?」
「そうそう、悟も知ってる人だよ……しらほし海岸の祠を管理してる、高橋さん」
「高橋ぃぃぃ??」
「そう、蒼太君のお爺さん」
蒼太が「俺の事?」と自身を指差して小首を傾げた。そうだ。お前だ。
「おっと、母さんが呼んでる。母さん、祭りの後から体調悪くて。じゃぁ、留守番たのんだよ」
別方面で気がかりな情報を残し、親父は電話を切った。親父達は無事に帰って来られるのだろうか? だが、こっちも重要だ。
「親父が、海辺の祠を管理している高橋さんに訊いてみろって……」
「高橋って蒼太君のおじいさんの事?」
俺は「ああ」と小さく答えて蒼太を見た。みんなの視線が蒼太に集まる。
「じゃあ、今日の予定は決まりだね。午前中は家で祖父に話を聞こう」




