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サマー・マーメイド・ループ ~溺れる人魚にハッピーエンドを見せたい俺は、夏休みを繰り返す~  作者: 雪村灯里


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10/24

#10 人魚の口づけで世界は変わる

彩葉(いろは)! 頼む! この通りだ!!」 


 俺は幾枚かの1000円札を握り閉めながら、彩葉の前に(ひざまづ)いた。外も涼しくなった、夕方のことである。


「俺の代わりに蒼太(そうた)と夕飯の食材の買い出しに行ってくれ! 俺、彩葉が作るカレーは絶品だと思うんだ! 米は俺が準備するから!」


 「な、なな……ななんでっ!? 作るのはいいけどっ、買い物は悟が行ってよ!」


 彩葉に頼りっぱなしで本ッ当に悪く思っている。だがしかし! 蒼太と仲良くなるこれとない機会(チャンス)だ。荒療治。いや、谷底に子を落すライオンの如く。いや、可愛い子には旅をさせろ! もうどれでもいい、仲良くなれ!! 


 結局、彩葉は蒼太に促されながら出かけて行った。


「いい仕事をしたな」


 二人を見送った俺はリビングに戻った。するとそこには、風呂上がりの珊瑚(さんご)が、ちょこんと座っていた。

 リビングには石鹸の香りがふわりと香り、彼女の上気した頬が色っぽい。髪は少し濡れていたが、脚を入念に拭いたのであろう、白くほっそりとした足が見えた。


 彩葉たちの事ばかり考えて、気付かなかった。つまり、俺も珊瑚と二人きりになってしまう。


 ――夢の中の俺、この子に『好き』って言われたんだよな。……バカッ! あれは夢なんだ!! この子には婚約者がァ!!


 悶々としていると、一反(いったん)が顔の近くで執拗に泳ぎ始めた。一反のせいで珊瑚が見えない。俺は手で一反を振り払った。


「その子、悟君にとても懐いてますね。かわいい」

「え!? 見えるの?」

「はい、その子も私と同じあやかしです。一反木綿(いったんもめん)さんですね」


 ――当たってた!? これが一反木綿!?


 超神秘存在が目の前に居る。一反木綿はアニメで有名な妖怪だ。俺は両手で優しく一反木綿に触れた。


「一反、お前は一反木綿なのか?」


 一反は長い体を使い、空中でくるくると弧を描く。『(マル)』ってことか。疑問が腑に落ちて感心していると、珊瑚が俺達を見て笑う。マズイ、はしゃぎ過ぎた。


「悟くんは、昔から妖怪が見えるのですか?」

「いや、今日家に戻って来てから見えるようになった」


 俺の返事を聞いた珊瑚は目を丸くして、直ぐに困った顔をする。


「……それ、私の所為(せい)です」

「珊瑚ちゃんのせい?」

「私と接触した影響です。彩葉ちゃんや蒼太君も見えるのですか?」

「いや、二人は見えてない」


 その答えを聞いて彼女はほっと胸を撫で下ろした。そして申し訳なさそうに告げたのだ。


「悟君は、私の妖力を接触した時に取り込んでしまったようです」

「妖力? 接触??」


 俺はキョトンとして珊瑚の隣に座る。


「あやかしの血肉と魂には、妖力が満ちています。妖力は、あやかしが能力を使う際に必要な原動力です。でも、人間が妖力を取り込むと体に異変を来します。例えば……人魚の肉を食べると、不老不死になってしまうとか」


 不老不死と聞いてドキッとした。思わず夢を思い出す。


「肉は妖力が濃すぎて、人間の細胞レベルで強く作用します。血や体液も肉程ではありませんが、多少の影響を与えます。悟君があやかしを視えるようになったのは、そのせいでしょう」


「ま、まってくれ! 俺は珊瑚ちゃんの事、食べたりなんて……」


 彼女は白魚のような指を、さくら色の唇に添えた。そして、申し訳なさそうに言うのだ。


「口づけて、助けてくれましたよね? きっとその時、私の体液にも触れてしまったのでしょう。でも、あの時はありがとうございました」


 ――ええ!? く、口づけ!?


 俺は自身の行動を逆再生しながら思い出す。そんな大胆な事……あっ。人工呼吸!! 俺は慌て彼女から後ずさった。


「ごめん! あの時は必死で!! 純粋に人命救助で!!」


 慌てふためく俺に対して、彼女もオロオロしながら俺を(なだ)めた。


「誤解させてすみません! も、もちろん知っています! やましい気持ちが無い事も。人間の体には、一秒でも早く酸素を供給する必要が有る事も!!……私も昔、同じ方法で人間の子供を助けた覚えがありますから」


 ――よ、良かった!


「で、でも安心してください。少量でしたら一時的です。他に体に異変は有りますか?」


 ――俺の情緒がくちゃくちゃです!


「だ、ダイジョーブ。今の所無い。……でも、残念だな。妖怪は好きだからずっと見えていいのに」


 見たくても見えない存在。最初は困惑したが、珊瑚から一時的と言われ寂しさを覚えた。しょぼんとした俺を、珊瑚と一反が励ましてくれる。彼女の優しい笑顔が心に沁みる。


「少しの間ですが、また沢山のあやかしと仲良くなれるといいですね」


 ――……また?


 その時、風呂場の方から「カタン!」と大きな音がなった。何か落ちたのだろうか? 俺は風呂場へ確認へ向かった。浴室の電気を付けて確かめると……


 洗い場に何か居た。


 40cm程の緑色の丸いフォルムに、小さい手足が生えている。円らな瞳と目が合った。なんなんだコイツ。可愛い(ツラ)して……――と思った矢先、そいつはべろんと大きな舌を出して浴槽を舐めた。


「ひぃぃぃ!」


 叫ぶ俺の隣に、珊瑚がひょっこりと現れた。


「わぁ! 『垢舐(あかな)め』さんですね? めずらしい。最近、お風呂屋さんも少ないし、みんな綺麗好きだから、なかなか会えないんですよ?」


 垢舐め……なるほど。こいつも日本に古くからいる妖怪だ。垢舐めなら仕方がない。だが誰の垢を舐めている。俺は先ほどまで風呂に入っていた珊瑚を見た。


 当の珊瑚はネコでも見るかのように垢舐めを愛でていた。垢舐めは食事に夢中だ。俺は浴室の端に置いてあった、浴槽掃除用のスポンジと洗剤を手にした。


「え? 追い払っちゃうんですか? 可哀そう」


 う……ぐっ……


「分かった。掃除は後にする」


 俺は静かに浴室の扉を閉めた。


 みんなで夕食のカレーを作って食べた後、俺が速攻で風呂掃除をしたのは言うまでもない。

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