第8話:忘れられた魔法学園と、“失われた弟子”の名
王都から東へ一日。
朽ちた丘陵の先に、かつて“叡智の塔”と称された学び舎があった。
それは、ルシアがまだ王家の魔導師として過ごしていた頃に教鞭を執っていた、王立魔法学園。
「ここは、私が魔法の未来を託した場所。
弟子たちと共に、新しい魔術体系を研究していた……はずだったのに」
崩れたアーチ門をくぐると、そこには灰に沈んだ校舎と、折れた塔、そして雑草に埋もれた中庭が広がっていた。
「……誰もいないの?」
リオンが辺りを見渡す。生気はない。魔力の気配も薄い。
「いいえ。感じるわ。わずかに残された《魔素残響》……この中に、“私の弟子の記憶”が刻まれている」
ルシアは杖を掲げ、地面に古い呪文を詠唱する。
「《回帰せよ、時の断層》」
次の瞬間、空間が反転したかのように、目の前に“過去の情景”が映し出される。
――それは千年前。教室の中で、生徒たちが楽しげに語らい、魔法陣の計算を議論していた日常だった。
その中心にいたのは、ひとりの黒髪の少年。
透き通った蒼の瞳と、繊細な魔術操作。彼の名は──
「……ユーリ・アーデン」
ルシアがその名を呟くと、映像の中の少年が、まるで反応するかのように振り返った。
リオンはその姿を見て、目を見開いた。
「……え? あの人……どこかで……」
「彼は、私が育てた最後の弟子。
才気に満ち、そして……私の“死”をきっかけに消息を絶った」
リオンの脳裏に、ふとある記憶がよぎる。
祖父の部屋の奥にしまわれていた、古い肖像画。
その中に描かれていた“若き日の大魔導師”の顔と、今の少年の姿が……重なる。
「ルシアさん……もしかして……」
「そう。おそらく彼は、あなたの家系に何かを託していた。
リオン、あなたの祖先は、“私を処刑した家系”だけではないかもしれない」
リオンは混乱しながらも、胸の奥に湧き上がる奇妙な感覚に気づいていた。
――懐かしさ。
――悲しみ。
――そして、誰かを守ろうとする祈りのような感情。
「ねぇ、ルシアさん。俺、ユーリさんのこと、もっと知りたい。
俺、自分のルーツをちゃんと見つめ直したいんだ」
ルシアは静かに頷く。
「その意思があるのなら、あなたに“彼の最後の研究”を見せる資格があるわ」
彼女が案内したのは、崩れかけた図書塔の地下。
そこには強固な封印があり、ルシアの手でしか解けない構造になっていた。
「彼はこの場所に、“未来への魔法”を残していたの。
それが、いずれ世界を再びつなぐ“鍵”になると信じて」
封印が解かれたその奥にあったのは――
一本の杖と、一冊の魔導ノート。
そこには震えるような筆致で、こう書かれていた。
> 『ルシア師へ。
> あなたが戻ってくる日を、私は信じて待っています。
> 魔法はまだ、終わってなどいません。
> “時間を超えて届く魔法”は、必ず世界を変えるから──』
リオンは、その筆跡を見つめ、そっと胸に手を当てた。
「……俺がやらなきゃ。
この世界に、魔法をもう一度……」