第6話:“滅びを喰らう森”と、最初の精霊接触
魔法文明が滅びたあとの世界には、「立ち入ってはならない場所」がいくつも存在する。
かつて聖域と呼ばれた森は、いまや《滅びを喰らう森(デシメアの森)》として人々に恐れられていた。
それは、かつて“魔力の源”とされた精霊域が、理の崩壊とともに反転した結果だった。
「この森は、魔法が息づいていた時代の痕跡そのものよ。
いまでは魔力が暴走して“呪域”と化しているけれど──」
ルシアはマントを翻し、入り口の結界を破って中へと足を踏み入れる。
リオンも、少しおびえながらもその背に従っていた。
「なにか、空気が……重い」
「それが、“魔法の密度”というもの。千年ぶりに生きた魔力に触れたのだから当然ね」
空間は濃霧に覆われ、木々は脈動するように呼吸し、地面すらうごめいている。
常人ならすぐに精神を削られるこの空間で、ルシアだけが凛とした姿勢を崩さない。
「この森の奥には、かつて私が接触した精霊“セリエ・ルア”の契約石が眠っているはず。
そこに、再び触れれば……精霊との接触が可能になる」
「精霊……って、本当にいるの?」
「ええ。彼らは“理”そのもの。
人の心や意志では動かず、ただ世界の均衡を保つ存在。
そして、魔法の起源でもあるわ」
霧が裂け、前方に青白く光る円環が浮かび上がった。
それは、半ば崩れた石碑とともに眠っていた──精霊の契約場。
「ここに……!」
ルシアが手を差し出した瞬間、空気が一変した。
空がひび割れ、重力が反転するかのような浮遊感に包まれる。
そして――現れたのは、半透明の存在。
その姿は人とも獣ともつかず、長い髪のようなものが風にたゆたっていた。
『……久しいな、アルセリアの継承者』
その声は、頭の中に直接響く。
「セリエ・ルア……!」
リオンは思わず後ずさる。
「精霊が……話してる……!」
ルシアは静かに膝をつき、礼を示す。
「私は千年を超えて戻りました。この世界に魔法の理を、もう一度灯すために」
『お前が成したかった世界は、いまだ灰の中。
だが、再び契約を結ぶ意思があるのなら、代償を問おう』
「代償……?」
精霊はゆっくりとリオンの方を見やる。
『“命を持たぬ者”が魔法を取り戻すには、未来に何かを差し出す必要がある。
この少年は、お前の鍵となる。――その覚悟はあるか?』
「リオンに何をさせるつもりなの?」
ルシアの声に、リオンが割り込むように口を開いた。
「俺、やるよ。……俺、決めたんだ。
魔法を取り戻すって。ルシアさんと一緒に、世界を変えるって」
その言葉に、ルシアの目が見開かれた。
そして、精霊の波動が静かに変わる。
『ならば授けよう。“再起の印”を』
リオンの胸元に、淡い光の紋章が刻まれる。
それは、精霊の加護――古の契約者の証だった。
「これが……!」
『契約は果たされた。いずれ、お前たちは“失われた七柱”と相対するだろう。
その時が、すべての審判となる』
精霊の姿は霧とともに消えていく。
そして、世界が再び沈黙を取り戻した。
「これで……ようやく、“第一歩”が踏み出せたわね」
ルシアの声に、リオンはしっかりと頷いた。
魔法の理を取り戻すための、最初の契約。
少年と悪役令嬢は、共に滅びを超えて、未来を選び直す。