第5話:魔法を消した者たちと、“大罪の契約”
空中に浮かぶ記録映像――
それは、千年前。ルシアが処刑される数日前の王国最高議会の風景だった。
中央に座すのは王、そして側近たち。周囲を取り囲むように、将軍、神官、学士、貴族の長たち。
その全てが“王族の威光”を前に沈黙している。
『──よって、本日付で【魔法廃絶令】を王国法典に追加する。
これ以後、魔導研究、実践行為、術式記録の保有はすべて異端と見なす』
ルシアは映像の端に、手錠をかけられた状態で立っていた。
それはまさに、彼女が“異端者”として裁かれた日の、記憶の再生だった。
「……やっぱり」
ルシアは、映像に映る数人の顔をじっと見つめた。
「彼らが、私を罠に嵌めた者たち。魔法を葬ることで“神の力”にすがった連中……」
そのなかの一人、司教長が掲げたのは、黒く歪んだ契約書だった。
『魔法は、人の手には余る。ならば、神々の力にすべてを委ねるのが正義である』
『我らは契約する――“大罪の神”に、魔法文明の終焉を差し出すことで、永劫の安寧を得ると』
映像の色が変わる。
司教が契約書に血で署名した瞬間、空が割れ、黒き霧が会場を覆った。
その中から現れたのは、禍々しい影――“大罪の神”と呼ばれる異界の存在。
「……神を騙った、“世界喰らい”の眷属。まさか、本当に現れていたとは」
ルシアの目が冷たく細まる。
魔法を捨てた代償として、この世界は“別の理”に支配された。
それが、千年後のこの荒廃へとつながったのだ。
映像が終わり、塔の記録盤は沈黙する。
「つまり、魔法が消えたのは、誰かが“神に差し出した”から……?」
リオンの声が震える。
「ええ。そして問題は、その契約がまだ“生きている”こと」
ルシアは鍵をしまいながら、リオンを見下ろした。
「今なお、この世界の“魔法の死”は進行している。
空気は薄れ、大地は枯れ、知識は朽ちていく――まるで、時間そのものが腐っていくように」
その言葉に、リオンは拳を握りしめた。
「だったら、取り戻そうよ。魔法を。ルシアさんの……その世界を」
ルシアは目を見開き、やがて――微笑んだ。
「……あなたは、本当にセルグレア家の血を継いでいるのかしらね。
あの冷血な将軍の孫が、こんなにも“希望”を語るなんて」
リオンは照れたように笑い、肩をすくめた。
「だって、こんな世界、嫌だから。魔法が嘘だって言われて、何も知らずに生きるなんて、俺はもう耐えられない」
それを聞いたルシアは、ゆっくりと頷いた。
「いいわ。私が新しい魔法理式《アルセリア式》を再構築する。
あなたは、その“証明者”となりなさい」
リオンの顔がぱっと明るくなる。
「うん! 俺、絶対に覚える! 魔法って、本当に……すごいから!」
その姿に、かつての弟子の面影が重なる。
――まだ王族であった頃、禁術の研究に明け暮れたルシアの元にいた、ひとりの少年。
“もう一度誰かに教えることになるとは思わなかったわね”
千年を超えて、滅びの上に芽吹く希望。
それは、小さな少年と、かつて処刑された悪役令嬢の、たった二人から始まる物語だった。