第2話:「滅びの街で拾った少年、かつての処刑者の末裔でした」
王都──いや、かつて王都だった場所を歩くのは、想像以上に骨が折れた。
建物は倒壊し、道は瓦礫に埋まり、空には灰のような塵が舞っている。
魔法文明の象徴だったはずの浮遊塔も、いまや地に墜ち、巨大な墓標のように黒くそびえ立っていた。
「この世界、誰が守ったのかしら。誰も、何も、残っていないようだけれど」
ルシアは皮肉混じりに呟く。
それでも、かすかに聞こえた助けを求める声だけが、彼女をこの街に引きとめていた。
そして、ようやくそれを見つけた。
瓦礫の隙間、小さな噴水広場の隅で――
少年がひとり、半ば意識を失いかけて倒れていた。
「あなた、まだ生きているのね」
年の頃は十歳前後。
服は破れ、腕には浅い傷。だが何より目を引いたのは、その瞳の色だった。
「……緋の瞳、そして白銀の髪……これは――」
ルシアの記憶が、千年の帳を超えて甦る。
この特徴。彼女の一族――アルセリア王家の血族に極めて近い。
だがその瞳は、ほんのわずかに“青”を帯びていた。
王家と、別の血が混ざっている証。
「まさか、王家の末裔……?」
そのとき、少年がうっすらと瞼を開いた。
「……お、お姉さん……?」
「お姉さん、ね……ふふ。よしとしましょう」
ルシアは静かに少年に手を伸ばす。
体温は下がっているが、致命傷ではない。
「痛みますよ。でも、耐えなさい」
そう言うと、ルシアは自身の魔力を掌に集め、小さな“再生術”を放つ。
光が少年の傷に触れ、赤く腫れた皮膚がゆっくりと修復されていく。
「……これ、魔法……? 本物の……?」
「偽物だったら、あなたの腕は燃えていたでしょうね。安心なさい、私は専門家よ」
少年はまだ朦朧としていたが、驚きと安堵の入り混じった表情で彼女を見上げた。
「あなたの名前は?」
「……リオン。リオン・セルグレア……です」
――セルグレア。
ルシアの脳裏に、強烈な記憶が閃く。
かつて、彼女を火刑に処すことを宣言した王国軍最高司令、セルグレア将軍。
その一族が、目の前の少年の姓と一致している。
「……皮肉ね。私を殺した家系の子孫を、私が救うことになるなんて」
だが不思議と、憎しみは湧いてこなかった。
目の前の少年は、怯え、傷つき、命をつなぐことだけを必死に願っている“ただの子ども”だった。
「いいわ、リオン。あなたを少しの間、預かることにしましょう」
「……え?」
「その代わり、教えてほしいの。
この世界が、どうしてこんな風になったのか。魔法は、どうして消えたのか。
あなたが知るすべてを、話してちょうだい」
リオンは戸惑いながらも、小さくうなずいた。
「うん……わかった。
……でも、俺、魔法なんて“ただの昔話”だって教わってきた。
空に浮かぶ塔も、呪文も、ぜんぶ……本当は、嘘だったって……」
それを聞いたルシアの眉が、ゆっくりと動いた。
「――いいわ。だったら、私がその嘘を“現実”に戻してあげる」
彼女は静かに立ち上がり、少年に手を差し伸べる。
「ついてらっしゃい、リオン。
今から、あなたは“この世界の真実”と“かつての罪”を知ることになる」
そう、これは始まりに過ぎない。
魔法が嘘となり、記憶が封じられた千年後の世界。
その封を、今まさに解こうとしている――処刑されたはずの、悪役令嬢の手によって。
――そしてそれは、やがて新たな文明の灯火となる。