第1話:「滅びの王国で目覚めた悪役令嬢」
土と埃にまみれた暗い空間のなかで、淡く金色の光が脈打っていた。
それは、石の棺。
千年前、魔導王国の最深部に隠された“時封の眠り”から、少女が目を覚ます瞬間だった。
「……ここは……?」
赤い瞳が、まばたきと共に開かれる。
長く、美しく手入れされた銀糸の髪が、ぱさりと肩を撫でた。
彼女の名は――ルシア=アルセリア。
かつて魔導王国に生き、王女でありながら「魔法の異端者」として火刑に処された悪役令嬢。
「……成功したのね、“時封の魔法”……」
彼女はゆっくりと身を起こし、周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、かつての王城の崩壊した姿だった。
壁は崩れ、天井からは空がのぞいている。魔法を支えたルーン刻印は風化し、読めないものばかり。
「……まさか、ここまで朽ち果てているとは」
千年の眠り――
その間に王国は滅び、魔法文明はまるごと消え失せていた。
あれほど整然と積み重ねてきた知識と法則が、瓦礫の下に埋もれている。
人の声も、魔力の気配もない。
「……ふふ。ようやく“私の番”ね」
ルシアは立ち上がり、地を踏みしめた。
崩れた柱の下から、壊れかけた杖を拾い上げる。
「王族たちは私を“悪役”に仕立てたけれど――結局、自分たちの手で国を滅ぼしたのね」
かつて、彼女は“魔法の進化”を求めていた。
古き術式の保守を捨て、禁じられた知識にも手を伸ばし、“世界そのものを書き換える魔法”を研究していた。
それが“王国にとって危険”と判断され、王族たちは彼女を罪人に仕立て上げたのだった。
「私を処刑した代償、千年かけて存分に支払ったようで安心しましたわ」
だが、復讐だけが目的ではない。
彼女の本当の目的は――魔法文明の再興。
あのとき完成寸前だった“新理式(アルセリア式)”を、今こそ完全な形に再構築すること。
「まずは……魔力の流れを視る装置と、記録を読める石板を回収しないと。
それと、“生き残った者”がいれば情報も欲しいわね」
彼女は、瓦礫のなかから“封呪のペンダント”を取り出し、軽く振る。
瞬間、ペンダントの中に封じられていた魔力の残滓が空気に広がり、薄く光る式陣が地面に描かれた。
「動作する……ということは、魔力の理はまだ壊れていない。
ならば、まだこの世界に希望はあるということ」
すると――
「……っ、誰か……! 誰か、助けて……!」
遠くから、微かに声が聞こえた。
子どものようなか細い声。
だが、明らかに“生きている人間の声”だった。
「ふふ……まずは、世界の“現状”を知るとしましょうか」
かつて“悪役”と呼ばれた王女は、迷うことなく声の方へと歩き出した。
魔力の杖を握り、紅の瞳に静かに炎を灯しながら。
――千年の時を超え、魔導令嬢が再び歩き出す。
その足取りは、滅びた世界に“新たな魔法の理”をもたらすものとなる。