第16話:“色欲”の誘惑と、揺らぐ心の灯
七柱の試練――最後の柱、《色欲》。
それは最も甘く、最も深く、そして最も危うい感情。
「リオン。ここからは……私も一緒には入れない」
ルシアがそう言ったのは、試練が“個の内面”に深く踏み込むためだった。
他者の干渉があれば、その心は偽りに傾く。だからこそ、最後の試練は“完全に孤独”で行われる。
「……行ってきます」
リオンは一歩を踏み出し、光柱の中へと身を投じた。
目を開けると、そこは白いベッドの上だった。
目の前には、柔らかな微笑みを浮かべたルシアが座っていた。
「おかえりなさい。もう全部終わったわよ、リオン。
七柱の試練はすべて乗り越えた。魔法も、文明も、あなたが取り戻してくれたの」
静かな安らぎ。触れれば溶けてしまいそうな幸福。
この世界では、戦いも痛みも、もう存在しない。
「ねぇ、リオン。このままずっと、一緒にここで暮らしましょう?
もう何も考えなくていい。あなたのためだけに生きるわ」
ルシアが微笑む。
それは優しさでも、愛でもなく――依存だった。
「ルシアさん……それって、本当にあなたですか?」
リオンは立ち上がり、静かに彼女を見る。
「あなたはそんな人じゃない。“守られる”側じゃなくて、“前に進む”人だ」
目の前のルシアの姿が揺れ、崩れはじめる。
「リオン……行かないで……そばにいて……私だけを見て……」
リオンはゆっくりと彼女の手を取る――そして、そっと手を離した。
「俺はあなたを想ってる。
でもそれは、あなたを“所有する”んじゃなくて、“支えたい”って気持ちなんだ」
「愛っていうのは、縛るものじゃない。自由な心を尊重して、共に歩くものだと思うから」
その言葉に、幻影のルシアは微笑み、光に還っていく。
《試練・第七柱“色欲” 克服認定。契約修復進行度100%》
光の柱が砕け、リオンは膝をついて戻ってきた。
彼を迎えたルシアは、彼の手を強く握りしめた。
「ようやく、すべての試練を超えたのね」
リオンはうなずく。
「……俺、やっとわかったんです。
愛とか、想いっていうのは、ただ“誰かを大切にする”だけじゃダメで。
その人の未来を信じることが、本当の“愛”なんだって」
ルシアの目に、静かに涙が浮かんだ。
「ありがとう、リオン。あなたと出会えたこの世界が、私は――とても、愛しい」